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迷宮神獣Ⅰ~汚染獣襲来~  作者: J
終わりの始まり
102/106

勇者召喚・上

 ――ベリアノス大帝国

 

 アグィネス教を国教とする西の大国だ。

 かつて大陸の半分近くを支配していたが、英雄王ガッシュ率いる反乱軍により国土の3分の1を奪われた。今から206年前の話である。

 だがそれでも尚、竜王国ドラグニルと並ぶ広大な国土を有しており、現在でも西部統一を目指して獣王国リーンハルトへ攻め入っている。

 

 ラスティノーゼ大陸において西部諸国と一括りにされる国は全部で6カ国――獣王国リーンハルト、迷宮王国カサンドラ、フォルテカ公国、シリカ騎士王国、アンセルム王国、そしてベリアノス大帝国――だ。

 

 最西端には獣王国リーンハルト。

 この国の北部に荒野が広がり、その西の端にカサンドラ迷宮王国がある。荒野に沿って東に進めばフォルテカ公国へ、さらにその先には原魔の森が東北諸国まで続いている。フォルテカは世界危険地域のツートップである荒野と原魔の森の2か所と接している唯一の国である。

 更にフォルテカは東部にアンセルム、南部にシリカ、西部にリーンハルトと国境を接し、この内シリカとリーンハルトと軍事同盟を結んでいる。

 

 ベリアノスと隣接する国は3つ。


 リーンハルト、シリカ、アンセルムだ。

 ベリアノスは西部諸国の東側に位置する横に長い大国で、その国土の広さは西部随一。他の5か国を足して尚ベリアノスの方が広いと言えば、その巨大さが分かるだろうか。


 位置関係を簡潔に述べれば、西にリーンハルト、東にベリアノス。この2国の北部に挟まれるように小国であるフォルテカ、シリカ、アンセルムが存在しているのだ。カサンドラは……荒野にポツンとあるだけなので、国家間の争いとは無縁である。 

 この内、アンセルムだけはアグィネス教を国教としており、ベリアノスの友好国となる。


 立地的に中部諸国へ行こうと思えば必ず原魔の森かベリアノスを通る必要があり、リーンハルトを始めとする多種族国家は孤立している状態だ。まあ、船の行き来があるので完全にとは言い難いが、流通が制限されているのは確実だろう。  

 

 以上が西部諸国の大まかな情勢となる。 

 








 時はルーファが家出した頃にまで遡る。


 ここはベリアノスの防衛都市ガイアス。

 アンセルムに程近いベリアノス北部にある軍事拠点の1つだ。ただし、アンセルムに対して防衛しているのではなく原魔の森の魔物に対しての防衛都市である。


 ガイアスは防衛都市の名に相応しく、見るからに頑丈な石造りの城壁を持つ城郭都市だ。ガイアス城を中心に4重の防護壁に囲まれ、1の壁――最奥の壁――の内側には軍事施設が立ち並び、民間人はおろか鼠一匹通さぬほど厳重な警戒が敷かれている。

 内側の壁に近いほど身分が高い者が住み、外に行くにつれ貧しい者が多くなるのが特徴だと言えるだろう。





 ガイアス城の転移の間にて。


 転移陣が輝きを帯びると同時に、豪奢な服を着た男が現れる。

 壮年……と呼ぶには年のいった男だ。白髪の混じる茶色い髪をかっちりと固め、その眼光は鋭く冷たい。

 蓄えられた口髭はきれいに整えられており、真一文字に結ばれた口は気難しそうな印象を与える。弛みを帯び始めた腹は年相応。だが、それさえ醸し出される威厳と貫禄にプラスされ、むしろ支配者然とした男に良く似合っている。いや、事実その男は支配者なのだ。


 彼こそジャイヴァロック・ネオ・ギリス・エターナ・ベリアノス。

  

 ベリアノス大帝国を統べる皇帝である。

 転移陣の外へと足を踏み出したジャイヴァロックの後方には、付き従う3人の男女の姿があった。


 1人は女性……否、少女。

 滑らかな金糸と見紛うばかりに輝く髪を結いあげ、淡い緑の瞳は無邪気に輝いている。愛らしい、正にこの言葉に相応しい少女だ。


「お父様」 


 ジャイヴァロックを父と呼ぶ少女はベリアノス大帝国第4王女、マリアンヌ・ネオ・ギリス・エターナ・ベリアノス。ジャイヴァロックの末の娘である。


「どうしたマリアンヌ」


 その声音は冷徹な皇帝として君臨するジャイヴァロックとは思えぬほど柔らかい。孫と言ってもおかしくない年齢のマリアンヌを彼は一等可愛がっていた。


「ふふっ、楽しみだなって思いまして。だって、ようやく勇者召喚が見れるんですよ!」


 興奮したように目を輝かせたマリアンヌに、ジャイヴァロックは渋面を作り出して見せる。


「マリアンヌ、分かっているかとは思うが」

「大丈夫ですよ、お父様」


 ジャイヴァロックの言葉を遮り、マリアンヌは歌うように続ける。


「おぉ、勇者様どうかこの国をお助けください」


 そう言ってくるりとターンすれば、ふわりと広がった淡い色のドレスがまるで一輪の花のようである。

 その様子にさしものジャイヴァロックも渋面を維持できずに苦笑した。


「大役だぞ。しっかり励みなさい」


 口ではそうは言ったものの、ジャイヴァロックはマリアンヌが勇者召喚に参加することには反対なのだ。完全に安全だとは言い切れないためだ。

 

 ジャイヴァロックには6男4女の子供がいるのだが……昔から物怖じせずに彼に甘えてくるマリアンヌには大層弱かった。他の子供たちは彼に対し怯えを抱き、親と子というよりも皇帝と道具といった冷え切った関係であるから尚更に。

 今回の参加もマリアンヌに押し切られた形だ。


「お任せ下さい、お父様」


 そう言ってマリアンヌは優雅にお辞儀をして見せる……が、それも一瞬のこと。


「ところで、お父様にお願いがあるんです」


 祈るように手を組み、上目遣いでジャイヴァロックを見つめるマリアンヌに、彼は器用に片眉をピクリとあげた。彼女が無理難題を言って来る時にはよく見られる光景だ。


「……言ってみなさい」

「もし、勇者がたくさんいたなら、()()欲しいんです。飼ってはダメですか?」


「駄目だ」


 いくら可愛い娘の頼みでも、さすがにそれは許可できない。勇者はいずれ汚染獣に変わるのだから。例え、汚染獣の()()()()が発見されたとしても。


「分かりましたわ」


 マリアンヌは残念気な顔を見せるも、それ程期待はしていなかったのか素直に引き下がった。 



 ごほん



 咳払いが聞こえ、付き従っていた残り2人の内の1人、初老の男が口を開く。ベリアノス宰相、ドロテオ・パーシーだ。


「陛下、そろそろ」


 そう言って、彼らが来る前から跪き部屋に控えていた男二人を目で指し示す。


 文官然としているのが直轄地であるガイアスの代官ディラン・トゥルーバー男爵。小太りの男だ。そして、明らかに武人といった短く髪を刈りこんだ壮年の男がガイアス守護の要であり、ベリアノス十将の1人でもある、ジェネリコ・イーストマーチである。


「マリアンヌ」


 今までの温かみのあるものとは違う冷たい声が無機質な部屋に響く。


「ふふっ、わたくしはお庭でも見せていただきますね。誰か案内をお願いできますか」


 心得ています、と言わんばかりにマリアンヌが優雅に歩きだし、彼女を守るように数人の騎士が付き従う。



 結局最後まで口を開かなかった最後の1人が、ベリアノスの帝都グリンバルに派遣されてきたアグィネス教団枢機卿、サントス・ブルーネット。その顔にはいつも柔和な笑みが浮かび、今も笑顔でマリアンヌを見送っている。

 だが人好きのする笑顔とは裏腹に、糸の様に細いその目からは感情を読み取ることはできなかった。 






 5人は貴賓室へと場所を移し、盗聴防止のため結界の魔道具を起動させる。武人らしくジェネリコは立ったまま辺りを警戒している。

 ディラン自らがワインを注ぎ、皇帝を持て成す。ジャイヴァロックがガイアスを訪れたことは極秘となっているため、メイドすらも立ち入りを禁止しているのだ。

 

 しばしの沈黙の後、口火を切ったのはジャイヴァロックだ。

 

「勇者の様子はどうだ?」

「はっ、8名とも中々の仕上がり具合でございます。さすがは異世界人と言ったところでしょう」


 勇者の戦闘訓練を一任されているジェネリコの顔に初めて笑みが浮かぶ。

 ベリアノスは既に2度勇者召喚に成功しており、此度で3度目の試みとなる。 


「それは上々。我らが猊下もお喜びになられるでしょう。全員隷属できたのは僥倖と言えます。()()()隷属できるとよいのですが。」 


 そう不安気に続けるサントスの表情は、終始張り付けたかのような笑顔である。


「それは問題ないだろ。いざとなれば、勇者共に殺させればいい。それに、召喚したばかりは力が定着しておらんからな。騎士でも十分に対処可能だ」


「その役、このジェネリコにお任せ下さい。必ずや期待に沿って御覧に入れましょう!」


 殺すのは最終手段なのだが……目を輝かせた戦闘狂(ジェネリコ)の姿にジャイヴァロックは「いざという時は頼むぞ」とだけ口にした。


「生贄は問題ないか?」

「問題ありませんぞ陛下、今回も前回と同じ3万人の亜人を用意しております」


 そう言ってドロテオはディランに目配せする。

 ディランは元は魔術研究を生業にしていた研究者だ。生贄と言う言葉にも忌避することなく……いや、嬉々として説明を始めた。 


「はっ、すでに搬入を終え、順次魔法陣に取り込ませております。現在6割強を魔力へと変換済みです。完全に作業が終わるまで後2時間と言ったところでしょうか」


「おお、素晴らしい。さすがは陛下。我ら人族の役に立つことにより亜人も救われることでしょう」


 大仰な仕草でサントスは至高神アグィネスに祈りを捧げた。




「サントス、あの腕輪はどのくらい信用できる」


「何も心配はいりません陛下。我々が初めて勇者召喚を行ったのが今から20年前。その間、数多の勇者を召喚いたしましたが、あの腕輪が誤作動を起こしたことはございません。あの腕輪が黒く染まらぬ限り、勇者が汚染獣に変わることはないでしょう。もし、黒い部分が8割を越えればご連絡を。こちらで引き取りますので」


「……本当に汚染獣を制御できるのだな。その方法は……いや、何でもない忘れてくれ」


「御心のままに、陛下」


 恭しく頭を下げるサントスに、内心舌打ちをするジャイヴァロック。


(教える気など更々ないであろうに。それとも、法外な要求でもするつもりか)


 この男は信用できない……だが、利用はできる。何しろ勇者召喚を――新たなる力をベリアノスにもたらしてくれたのだから。


 我らから国土を奪い、のうのうとのさばる盗人……いや、ゴミ虫共。人ですらない害虫の分際で人族(われら)に歯向かう愚か者共に、滅びを与える力を!!

 もうすぐだ、もうすぐ我らの悲願がかなう。 


 待っていろ、ガッシュ・リーンハルトよ!!!




 

 憎しみの炎を燃やすジャイヴァロックをサントスは静かに観察する。


(どうやら旨くいきそうですね)


 このまま行けば、ベリアノスは上手に踊ってくれるだろう。()()が整うまでは、ナスタージア(われら)に目を向けられる訳にはいかないのだから。勇者召喚陣をこの男に渡したのもそれが理由。

 気づかれてはならない――あの男に。アグィネス教(われら)が宿敵……

 

 ――竜王ヴィルヘルムに。




 彼らは各々の思惑を胸に杯をかかげる。


 「我らの友情に」


 「勇者召喚に」


 「「「乾杯」」」


 

 


 


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