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迷宮神獣Ⅰ~汚染獣襲来~  作者: J
終わりの始まり
101/106

迷宮神獣ルーファスセレミィ

 ザナンザは空を見上げていた。


 その視線の先には天から絶え間なく降り注ぐ炎雷。


 本来であれば逃げ出さねばならないところだが、彼がそこを動くことはない。彼は理解しているのだ。その炎雷はヴィルヘルムの力であると。ならば逃げても仕方なし。仮にこの炎雷で死ぬようなことがあれば、それ即ち自分が断罪されたという事なのだから。

 

「美しいですね」


 その言葉に振り返れば3人いる彼の副官の1人、ココナ・ミルキスが手に2つコップを持って佇んでいた。その1つを受け取り、ザナンザは礼を言うと再び空を見上げた。


「そうだな。美しくもあり、恐ろしくもある」


 炎雷は汚染獣へと降り注ぎ、自分達人種には1撃たりとも届かない。だが……もし、道を誤ればこの炎雷は躊躇(ちゅうちょ)なく自分たちの上へと降り注ぐのだろう。


「ふふっ。心配いりませんよ。陛下がいらっしゃる限り、何も恐れることは有りません」


 そう語るココナの目は純粋なる敬愛の心に輝いていた。


 ザナンザがガッシュを凄いと思うのはこういうところだ。リーンハルトの民はガッシュを信仰している。ガッシュが絶対であり、その決断が間違うことなど無いと信じているのだ。

 それは一体どれほどの重圧だろうか。自分であれば決して耐えることが出来ないだろう。


 ガッシュは200年以上、この信頼に応え続けてきたのだ。

 ただ前を見つめ歩み続けるその背を、ザナンザは尊敬と共に追いかけている。他の者よりガッシュとの距離が近いため、彼はガッシュが悩み、悲しみ、怒り……苦渋を飲みながら国を、民を導いていることを知っている。それ故の尊敬なのだ。


 紅茶を一気に飲み干したザナンザはココナに声を掛ける。


「行くぞ。そろそろ陛下がお戻りになるかもしれん。出迎えの準備をしなくてはな」

「はいっ!!」


 彼らはガッシュが生きていることを微塵も疑ってはいない。ガッシュは今までどんな困難な状況でも道を切り開き、生き残ってきた。それが彼らの“英雄王”なのだから。





 負傷した兵を除き、彼らは王を迎えるための準備を完璧に整えた。


 防壁の上には等間隔に並んだ兵が旗を掲げ、大門の前には要塞へと続く道を挟むように兵が整列している。その列の前方には軍楽隊の姿が見え、門の正面にはザナンザを始め主だった者が並んでいる……のだが、一体何があったのだろうか。彼らの顔は緊張で強張り、心なしか蒼褪めて見える。


 その答えは頭上を旋回する紅き竜――竜王ヴィルヘルムにあった。


 彼らはヴィルヘルムとガッシュが連れだって帰ってくるなど、欠片も思っていなかったのである。相手は神話の竜。汚染獣を滅ぼしたらそのまま去って行くものとばかり思っていた次第だ。


「りゅ、竜王様の御食事の準備は……」

「碌な食べ物がありません!!」


 転移陣が使えない現在、食料を満足に運ぶことも出来ず、日々粗食となっている。更に食料が減っているのに対し兵は増えているのだ。その結果、栄養価の高い日持ちのする食材が主食となり、その味は……言わずとも分かるだろう。


「それより、いつまでもお待たせするわけには……」

「軍楽隊はどうしますか?」

「陛下はまさか……竜王様に騎乗しておられるのでしょうか?」


「落ち着け!取り敢えず竜王様が降りられる場所をあけろ!軍楽隊は歓迎の曲を!」


 ザナンザの命で慌ただしく動き出した兵たちを無視し、ヴィルヘルムが下降を始めた。「このままいくと踏み潰されるのでは!?」と固まる彼らの目の前で、その巨体が消える。


 彼らの前に現れるは1人の美しき偉丈夫。


 漆黒の髪は下にいくにつれ深紅へと変わり、金色の竜眼が唯一彼が竜であったことを証明している。その手に大切そうに抱きかかえられいるのは、小さな白銀色の子狐。隣には彼らが王・ガッシュが並び立つ。


 全員が命じられるまでもなく拝跪する。それ以外の選択肢など彼らにはないのだから。


「シュピルス!」

「ハッ!!」


 ガッシュの言葉に1人の男が飛び上がった。

 現在はザナンザの指揮下に入っているが、本来は彼――シュピルス・ウラジミール――がメイゼンターグの最高司令官となる。


「オレの部屋は使えるか?」

「ハッ!いつでも使用可能でしゅ!」


 ヴィルヘルムの眼前で噛むという有り得ぬ失態に、顔を赤らめ恥じらうシュピルスを見なかったことにしてガッシュは続ける。大の男が恥じらっても可愛くもなんともないのである。


「今日からしばらくの間、ヴィルヘルムがそこを使う。オレの荷物を大至急隣の部屋に移せ」

「畏まりましたぁぁぁぁ!!」


 部下を連れ慌ただしく走り去るシュピルスに、あんなに落ち着きがない男だっただろうか、とガッシュは首を傾げた。


「ガッシュ、先に冒険者ギルドへ。ルーファがそろそろ限界だ」


 シパシパと瞬きし、必至に目を開けようとしているルーファに目を落としたガッシュは頷いた。

 

 冒険者ギルドに行く理由は、迷宮を設置するためだ。

 ガッシュがカサンドラの民の無事を知ったのはつい先ほどである。まさか迷宮ごと移動してきているとは思わず、彼らの生存は絶望的だと諦めていただけに、その喜びは筆舌に尽くしがたいものがある。


 ヴィルヘルムは先にルーファを休ませようとしたのだが、どうしてもカサンドラの皆にメイゼンターグへ到着したことを知らせたい、というルーファの願いを優先した結果だ。


「ザナンザ、魔導テレビの撮影機はこっちにあるか?」

「はっ!一機持ってきております」


「後で使う。用意しておけ」

「畏まりました」


 時間が惜しいのか、ガッシュとヴィルヘルムはそのまま〈飛翔〉で飛んで行った。


 2人を見送り終わると同時に、ザナンザは鬼気迫る様子で動き出す。ヴィルヘルムを迎えるのは建国以降初めてのことだ。事はリーンハルトの威信に関わるだろう。半端な真似はできない。


 ガッシュの部屋はこの要塞の中で最も格式の高い部屋になっているのだが……如何せん、中に置いてある家具はガッシュの好みを反映している。つまり、頑丈なだけが取り柄の質素なものだ。まだザナンザが使用している家具の方が豪奢だと言えるだろう。


(……竜王様が御戻りになる前に何としても入れ替えねば!!)

  

 矢継ぎ早に指示を出すザナンザの目は血走り、その姿はまるで般若のようであった。







「……ファ、ルーファ」


 ヴィルヘルムに優しく揺り起こされたルーファは、中々離れようとしない(まぶた)を無理矢理こじ開ける。どうやら冒険者ギルドへ着いたようである。周りを見渡せば修練場のようで、ただっ広い空間が広がっていた。


『ここに出していいの?』

「頼む」


 ルーファの問いに短く答えたガッシュは、(ねぎら)いを込めてふわふわの頭を撫でる。その手の心地よさに思わず目を細めたルーファは……そのまま眠りの園へと旅立った。


「ガッシュ……」

「すまん……」


 冷たい金の目に睨まれ、手を引っ込めたガッシュは所在投げに佇む。もう一度揺り起こされたルーファは今度こそ地面へと降り立つ。



 べしゃり



 着地に失敗しそのまま地面に倒れたルーファにヴィルヘルムが手を貸そうとするが、それを断ってヨロヨロと立ち上がる。


 何となく1匹で……いや、最後まで2匹でやりたかったのだ。


 ルーファは感慨深げに周りを見渡す。

 そして(ようや)く自分がメイゼンターグまで辿り着いたのだという実感が湧いた。本来なら2匹で来るはずだったこの場所に……立っているのはルーファだけ。


『フェン……フェンのお陰でここまで辿り着けた。フェンはオレの英雄(ヒーロー)なんだぞ』


 ルーファの迷宮核が輝きを増し、目の前の空間が歪む。何もなかった空間に巨大な門が口を開ける。迷宮への入口だ。


 様々な感情がルーファの胸から堰を切ったかのように溢れ出し、藤色の目から涙が零れる。それは安堵の涙か、悲しみの涙か……最早ルーファにも分からない。


『フェ……ン、約束、守った、よ。ちゃんと、生きて、みん、なを、メイゼンターグ、へ……』


 そのまま意識を失ったルーファを抱え上げたヴィルヘルムは、しばらく迷宮門を見つめてた後一言呟く。


「感謝する、フェンよ。……よくぞルーファを守り抜いてくれた」


 そのまま(きびす)を返すヴィルヘルムにガッシュは声を掛ける。


「ヴィルヘルム!案内を……」

「構わん、そなたは為すべきことを為せ」


 そのまま歩を進めたヴィルヘルムの足が止まり、今一度ガッシュを振り返る。


「後で部屋に来い。そなたには聞かねばならぬことがある」


 その眼光はルーファの前では決して見せることのない冷徹な光を宿していた。









 リーンハルト全域で緊急放送のサイレンが鳴り響く。

 魔導テレビが次々に起動し、そこに映るは英雄王ガッシュ・リーンハルト。


 ガッシュの元気な姿に民の間から安堵の声が上がる……が、ガッシュが話し始めた途端、水を打ったように静まり返る。


【今この時を以て、荒野から始まった汚染獣の大氾濫の終息を宣言する。まずは皆に謝罪を。汚染獣の氾濫という未曽有の危機に国を留守にしたことを詫びよう。すまなかった】


 民に向かい頭を下げるガッシュに、魔導テレビに群がる人々は驚愕する。そもそも彼らはガッシュがリーンハルトを離れていた事実を知らなかったのだ。


【今回の件で確認された汚染獣の数は80万体以上だと推測される。〈大災厄〉の再来、そう言っても過言ではない数だった。だがそれも竜王様の御力で沈めることが出来た。国を代表して()の御方に深い感謝を捧げる】

    

 80万体という途方もない数に彼らは恐怖し、それを殲滅せしめたヴィルヘルムの力に畏敬の念を抱く。そこにいる全ての民が手を組み、感謝の祈りを捧げる。


【メイゼンターグにも100体近い汚染獣が押し寄せ、戦闘は苛烈を極めた。国を守るために散っていった勇猛なる207名の兵と飛竜25体に哀悼(あいとう)の意を捧げん。黙祷(もくとう)……】


 兵の犠牲の大多数は漆黒の汚染獣が放った衝撃波による犠牲者だ。

 汚染獣との戦いでの死者は飛竜を除けば驚くほど少ない。もし、ヴィルヘルムの到着が少しでも遅れていたら、この数十倍の犠牲……否、全滅していてもおかしくはなかっただろう。


 黙祷を捧げた後、ガッシュはしばし迷う。何から話すべきか……そして何を話さぬべきか。


 知恵ある汚染獣についてはまだ話すべき時ではない。対策も何もできない現状で情報を公開しても、(いたずら)に民を不安にさせるだけだからだ。

 

 一呼吸おいてガッシュは話を続ける。


【オレがその時何処にいたか……疑問に思う者もいるだろう。だが、その前にカサンドラについて語ろう。先日起きた魔物暴走(スタンピード)は皆の記憶にも新しいと思う。それが何故起きたか……その理由を知っているか?迷宮の主が変わったのだ。先代迷宮の主は魔物暴走(スタンピード)が起こらぬように抑えてくれていた。その主が力を失い魔物暴走(スタンピード)へと発展したのだ】


 初めて聞く驚愕の事実に人々は騒めく。


 冒険者の中には納得の表情を浮かべる者も多い。彼らは常々疑問に思っていたのだから。未だに100階層すら攻略できていない迷宮の深部では魔物が増え続けているはずである。だがカサンドラは1度たりとも魔物暴走(スタンピード)が起きたことが無いのだ。その謎が今解かれた。


【だが……新たな迷宮の主がそれを見事治めてみせた。その主こそ、神獣ルーファスセレミィ様である】


「神獣様!?」

「まさか……西部に神獣様が!?」


 驚きの声がそこかしこで上がり、興奮すると同時に彼らは気付く。汚染獣はカサンドラへ向かっていたということを。カサンドラの存亡は絶望的である。

 蒼褪め沈痛な面持ちで顔を伏せる人々に、ガッシュの声が届く。


【オレが何処にいたか……これがその答えだ】  


 その言葉に人々は弾かれた様に顔を上げる。

 彼らは思い出したのだ。どんな絶望的な状況であろうと打ち破る、彼らが王の存在を!


【喜べ!ルーファスセレミィ様は無事メイゼンターグに辿り付かれた!!】


 その瞬間、割れんばかりの歓声が各地で巻き起こった。隣の人と肩をたたき合い涙する光景が至る所で繰り広げられた。


【だが!犠牲はあった!】


 続けられたガッシュの言葉に、再び人々は真剣に耳を傾ける。


【ルーファスセレミィ様をカサンドラから護衛したのはSランク冒険者、天空のフェン殿だ。彼がこの戦い最大の功労者だ。彼はルーファスセレミィ様を守りながら単身で汚染獣の群れの中を切り進んだのだ!!彼は己の命と引き換えに、オレのもとまでルーファスセレミィ様を送り届けた!!そして……】


 ガッシュは一旦言葉を切って横を向く。そこに佇むは1人の男。


【私はカサンドラ国王ガウディ・ベラ・カサンドラ。ルーファスセレミィ様の御力により迷宮ごとメイゼンターグへやって来た。カサンドラの民は誰1人欠けることなく生きている。この奇跡を(もたら)した神獣ルーファスセレミィ様と英雄フェン殿に最大限の感謝を捧げたい。ありがとう!!】  


 感極まったのかガウディの目からは涙が溢れ、それを隠すようにガッシュが抱きしめる。ガッシュなりの配慮である。


「おおおおおお!!英雄フェン!ありがとおおおおお!!!神獣様万歳!!!」


 一人を皮切りに人々が叫び始める。


「神獣様の2つ名はどうする!?」

「決まってる!迷宮神獣様さ!!カサンドラ大迷宮の支配者だぞ!!」


「「「迷宮神獣様万歳!!」」」

「「「英雄フェンに感謝を!!」」」



 

 こうして汚染獣の大氾濫は幕を閉じた。


 己が命と引き換えに、神獣ルーファスセレミィとカサンドラの民を救った英雄フェンの名は、永遠に語り継がれることとなる。


 余談だが、ガッシュの締めの言葉は歓声に埋もれ、誰1人聞いてはいなかったという……








 





  



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