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迷宮神獣Ⅰ~汚染獣襲来~  作者: J
終わりの始まり
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戦いの結末

 変化は劇的であった。


 一体の汚染獣が身を翻す。それを皮切りに全ての汚染獣が遁走(とんそう)を開始した。


 彼らは本当に強者なのか。

 怯え、錯乱するその姿は、まるで追い詰められた小動物。

 脇目も振らずひた走るその姿は、まるで逃げ惑う虫けら。


 大いなる災厄(ヴィルヘルム)を前に逃げる術しか持たぬ弱者にして、その怒りを鎮めるための哀れなる生贄。


 一体どこへ逃げるというのか……〈神竜ノ眼〉は既に彼らを捉えているというのに。


 彼らの未来はただ1つ――終焉だ。


 竜王の逆鱗(ルーファ)に触れたのだから。







 〈神竜ノ眼〉、それは森羅万象を見通すことが出来る眼だ。次元を越えた遥か彼方でさえ例外ではない。 


 ヴィルヘルムがルーファを発見したのは、王都リィンへ転移してすぐの事。

 彼が見たのはフェンを追って、ルーファが漆黒の汚染獣の口の中へ飛び込んだ瞬間。


 憤怒、焦燥……そして、ルーファを失うかもしれないという激しい恐怖がヴィルヘルムを襲い、それに突き動かされるように彼は飛翔する。


 彼はずっと視ていた。否、視ていることしか出来なかった。何故なら遠方から漆黒の汚染獣を殺す威力の攻撃を放てば、ルーファをも巻き込んでしまうのだから。せめてもっと距離が近ければ、他にやりようがあっただろうに。


 ヴィルヘルムは只々(ただただ)視続ける。

 

 ガッシュがルーファを助けた瞬間を。

 ルーファが漆黒の汚染獣に向かって行く瞬間を。

 そして……殺される瞬間を。



 目の前が真っ赤に染まる。



 再生し生き返ったルーファを抱きとめるガッシュ。

 ガッシュとルーファを喰らわんと巨大な口を開ける漆黒の汚染獣……



 ――その瞬間、彼はキレた。











 


 ガアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!



 凄まじい咆哮が大気を震わせ、神竜呼気(ラグナブレス)がその口より放たれる。


 紅と金、二つの色が螺旋(らせん)を描く。

 それはまるで光の洪水。ただし、触れた存在(モノ)に終焉を与える美しき死の運河だ。


 光が触れた瞬間、漆黒の汚染獣が跡形もなく消し飛んだ。いや、それだけではない。それは勢いを落とすことなく()()()()()

 それは谷だ。いや、崖と言った方が相応しいか。その幅は対岸が見えぬほど広く、底が見通せぬほど深い。亀裂はやがて海を越え、遥か先まで繋がって行く。


 僅か一撃。それで勝負がついた。

 呆気ない、実に呆気ない幕切れだ。

 

 これが竜王ヴィルヘルム・セイ・ドラグニル


 世界最強の男だ。





 ヴィルヘルムが音もなく降り立ち、その力がルーファとガッシュを守るように包み込んだ。



 その時ガッシュが感じたのは深い安堵だ。

 ヴィルヘルムが瘴気を払ったせいか、飢餓の本能が抑えられ理性が戻ったのだ。彼が声を掛けようとした矢先、更なる魔力の高まりを感じ取る。


 それは先程の比ではない、圧倒的なまでの魔力。

 ヴィルヘルムの怒りは……未だ鎮まることなく煮えたぎっていた。それはまるで溶岩、出口を求め荒れ狂う灼熱の怒りだ。


 その怒りに呼応した大地がひび割れ、その破片が重力を無視するかの如く浮かび上がる。風が恐れたように動きを止め、大気が歪む。それは灼熱の陽炎か、それとも時空の歪みなのか……


 不思議と近くにいるガッシュとルーファには何の影響も与えはしない。彼らはこの世で最も安全な場所にいるのだから。




(不味い!不味い!不味い!)


 ガッシュは正確に理解した。

 もし、この力が解き放たれたなら荒野は……リーンハルトは跡形もなく消し飛ぶだろう、と。だがそれが分かっていようとも、限界を超えた彼の身体はピクリとも動かない。焦る彼を嘲笑うかの如く、荒れ狂わんばかりの神の怒りが解き放たれ……



『ヴィ……?ヴィー?』


  

 小さな小さな声が大気を震わす。

 藤色の目が開かれ、ヴィルヘルムを求めて左右に動いた。


 その瞬間、魔力が……霧散する。

 マグマの如き激しい怒りも、凍土の如き冷たき殺気も……跡形もなく掻き消えた。


 残されたのは1人の男。

 漆黒と深紅の髪を靡かせ、その金色の目には狂おしいばかりの激情が渦巻いている。


「ルーファ!」

『ヴィー!ヴィー!』


 自分を呼ぶ懐かしい声に、ルーファはガッシュの腕を飛び出した。ヴィルヘルムの腕が小さな身体を抱き止め、泣きじゃくるルーファにキスをする。



 この日、ルーファの長い旅が終わりを告げた。


 ルーファは帰って来たのだ。強く温かいヴィルヘルムの(かいな)へと――。

  



   

  


 


 遥か上空にその様子を見つめる三対の目があった。

 赤い眼だ。縦3つ横2列に並んだその目は、白目の部分まで真っ赤に染まり、血の如きソレがニンマリと細められる。


 その目に浮かぶは――愉悦


 ソレの興奮を表すかのように、頭の周りから垂れ下がった幾本もの触手がヒュンヒュンと音を立てて暴れている。


 

 ギチギチギチギチ



 いったい何の音だろうか。


 その音は巨大な口の中から聞こえる。いや、正確にはその口から垂れ下がった太い舌だ。舌の先端がクパアっと音を立てて開かれ、その中に見えるは(おぞ)ましき歯、歯、歯。

 奥までギッシリと並んだソレが擦られ、そこからギチギチという音が絶え間なく聞こえているのだ――まるで獲物を求めるかのように。

 

 

(……見ィつけたァ)









 ルーファを愛おしそうに見つめていたヴィルヘルムの目が突如鋭く細められ、上空へと向けられる。 



 ――轟!!


 

 紅い翼が風を切り、大空へと舞い上がったヴィルヘルムは周囲を警戒するように見渡した。

 

(……気のせいか?)


 薄気味悪い視線を感じたヴィルヘルムだったが……〈神竜ノ眼〉をもってすら何も読み取れない現状に、首を傾げる。


『ヴィー?どうしたの?』


 グズグズと鼻を啜りながらヴィルヘルムを見上げるルーファに、「何でもない」とその頭を撫でる。

 腕の中にいる温かな竜玉(ルーファ)に、ヴィルヘルムは自分がどれほど冷静さを欠いていたかを実感した。どうやら神経過敏になっていたようだ。


 彼は静かに上空から荒野を見渡す。


 そこには未だに数十万もの汚染獣が蠢いているのが見て取れる。普段であれば即座に滅ぼしてしまうのだが……ヴィルヘルムはルーファの額に輝く迷宮核に目を落とす。

 〈神竜ノ眼〉は正確にルーファの現状を読み解く。この力は解析の力も内包しているのだ。


 ルーファはカサンドラ大迷宮の主となった。ならば、瘴気はルーファの(ごはん)である。


 愛しいルーファの(ごはん)を消滅させるわけにはいかない。

 この瞬間、ヴィルヘルムにとって憎き害虫であったはずの汚染獣が、栄養価の高いルーファの(ごはん)にクラスチェンジした。とは言っても、ルーファが食べるのは瘴気であって汚染獣ではないため、殺すことは確定事項なのだが……問題は最大限の瘴気を吐き出させつつ殺すことだ。


 全てを消し去る〈終焉ノ神〉は使えない。ヴィルヘルムが選んだのは〈自然ノ化身〉。

 凝縮された炎と雷の塊――炎雷――がヴィルヘルムを中心にその場を埋め尽くす。その数は……荒野にいる汚染獣と同数。


「行け」


 ヴィルヘルムが無造作に手を振るうと全てが意志を持つかの如く、バラバラに飛翔していく。結果を確認することすらしない。彼にとって汚染獣とはその程度のモノ――踏めば砕ける害虫――でしかないのだから。


 次いで彼が行うのは瘴気への干渉。


 これも〈自然ノ化身〉の権能で対処可能だ。瘴気も魔力も自然の一部に他ならないのだから。折角の瘴気(エサ)をこのまま放っておけば、すぐに汚染獣へと変わってしまうだろう。ルーファが食べるまではこのまま維持するのが望ましい。


 彼は(こご)らぬように瘴気を満遍なく広げ、攪拌(かくはん)する。力を維持し続けねばならないが、彼にとっては造作もないこと。ただし、余りここから離れなければという条件付きだが。





『すごーい、綺麗』


 飛んで行く炎雷にルーファは感嘆の声を上げた。

 実はヴィルヘルムが戦ったところを見たことがないルーファである。そもそもヴィルヘルムに喧嘩を売る魔物は存在しないし、超絶過保護な彼が汚染獣の駆除にルーファを連れて行くことなど有り得ないのだから。  


 目を輝かしてその様子を見つめるルーファに、ヴィルヘルムは再び炎雷を創る。それは先程までとは違い彼の力で割れないようにコーティングしてある代物だ。見た目は小さなボールである。


「ほら、ルーファ」


 手の平に乗った炎雷をルーファに差し出すヴィルヘルム。


『わ~、ありがとう』


 ルーファは前足で炎雷(ボール)を突き、ガジガジと噛みつく。こうやってルーファの危機管理能力は常にマイナスをひた走っているのだが……2人(匹)はその事実に全くと言っていいほど気づいてはいない。



 ポロリ……



 ルーファの口から炎雷(ボール)が零れ落ちる――真下にいるガッシュへと向かって。



 ちゅどーん!!



 大爆発が起き、土砂が空高くまで舞い上がった。ただしヴィルヘルムがいる限り、ルーファに砂ぼこり1つかかることはないが。

 ルーファの狐耳はぺしゃんと伏せられ、ブルブルと身体を震わせている。


『ガ、ガッシュが……』

 

 救いを求めるかのようにヴィルヘルムを仰ぎ見るルーファ。その大きな目からは今にも涙が零れ落ちそうである。ルーファとは裏腹に一片の動揺も見られないヴィルヘルムは優しく微笑んだ。


「あれも超越種。この程度で死ぬ事はない。心配であればルーファが癒すとよい」


 泰然とした様子のヴィルヘルムにルーファは安心し、地に倒れ伏す焦げた塊に向かって癒しの力を送った。

 



 その様子をヴィルヘルムはつぶさに見つめる。

 ルーファが使ったのは〈豊穣ノ化身〉。〈浄化ノ光〉しか使えなかったルーファの成長にヴィルヘルムは満足気に目を細める。次いで彼が視るのはガッシュ。あと僅かでも瘴気を吸収していたのなら……確実に汚染獣へと変わっていただろう。


 ガッシュの内に巣くう瘴気が完全に晴れたのを確認し、ヴィルヘルムはゆっくりと下降していく。 







 ガッシュはスッキリとした目覚めを迎えていた。


 その直前に、身体に激しい痛みが走ったような気がしたのだが……気のせいだろう、と起き上がる。身体の具合を確かめるようにグッとこぶしを握り締めては開く。問題ないようだ。

 

「久しいなガッシュ・リーンハルト」


 横合いからかけられた声にガッシュは懐かしさを覚える。200年以上昔に一度聞いただけだというのに、不思議と彼は鮮明に覚えている。


「竜王様、助けていただき感謝します」

「ヴィルヘルムで良いと前にも申したであろう。敬語も不要だ」


 もしここにヴィルヘルムを知る者がいれば驚嘆したことだろう。

 普段の彼は他者に対し非常に冷淡だ。冷たい声音に僅かたりとも動くことのない表情、感情を感じさせない金色の目……。


 だがガッシュに対する口調は柔らかく、その顔には笑みさえ浮かんでいる。これは彼がガッシュを気に入っているからに他ならない。もし他の者がヴィルヘルムの名を呼べば……この世に永遠の別れを告げることとなるだろう。



『ガッシュ大丈夫?』


 心配そうなルーファの声音に、ガッシュは「大丈夫」と答えようとしてハッと気づく。そう……彼は現在、(ルーファの所為で)素っ裸である。当然のことながら、収納の腕輪も全て塵と化しているため替えの服もない。ガッシュはルーファの人化した姿を思い出す。美しい少女の姿を。


 動揺するガッシュにルーファはそっと白い服を差し出した。


『ごめんなさい。ガッシュの服をダメにしてしまったんだぞ。代わりにお気に入りの服をあげるんだぞ。ちゃんと〈調整〉もかかってるから』


 そこはかとない嫌な予感を胸にガッシュは服を広げる――膝丈の白いワンピースを。 


 ガッシュは想像する。多くの兵が待つメイゼンターグへ白いワンピース(※しかもノーパン)で凱旋する自分の姿を――。


 ダメだ!色々と終わってしまう!ハッキリ言って……否、ハッキリ言わなくても変態である。


 次いで取り出された麦わら帽子がふぁさり、とガッシュの頭に載せられた。白いワンピースと合わせれば非常によく似合う事だろう。それがムキムキの男(ガッシュ)でなければ。


「気持ちは有難いんだが、流石にこれは……」

「〈魔装〉を使えばよいだろう」


 断りの言葉を口にしようとしたガッシュに被せるかのようにヴィルヘルムが口を出す。

 そこで(ようや)く自分が〈魔装〉を使えることを思い出したガッシュは、大急ぎで服を(まと)う。だがその服はサイズが合っていないのかヘソが丸見えで、ズボンも(すね)までしかない。ルーファほどではないが彼も演算能力に難があるようだ。


 1つため息を吐いたヴィルヘルムが指を鳴らすと、そこにはいつもと変わらぬ服装のガッシュが佇んでいた。だが、その服が内包する魔力は桁違いだ。今ならば漆黒の汚染獣の攻撃すら跳ね返すことだろう。


「この服はルーファが着てくれ。その方が似合う」


 そう言ってガッシュはワンピースと帽子をルーファに返却する。ルーファはどこか残念そうである。渋々服を〈亜空間〉へと仕舞ったルーファは2人を見つめる。



『行こう。メイゼンターグへ』

 

 


 

 ルーファが落とした炎雷が爆発したのはヴィルヘルムの仕業です(笑)本来なら落としただけでは爆発しません。

 

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