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第20話 『ヒノモトとチャイカが相容れぬ理由』

「基地反対運動を背後で支援しているのは、チャイカなのだから」


 そうドヤ顔で告げるウェンディに対し、その場にいるヒノモト人たちの反応は実に平然としている。


「まぁ、そうですよね」

「まぁ、そうでしょうね」

「まぁ、そうであろうなあ」


 特に驚いた様子もなく、さもありなんと頷いている。


「オキナワからメアリー軍が撤退して、誰が一番得をするのかと考えれば、チャイカが黒幕という結論に辿り着くのは自然です」


 セルマは極めて合理的な結論を導きだす。とはいえ、これは多くの識者の間で共通する見解であろう。

 ヒノモト国内における反軍事、反ヒノモト活動の裏側には、高い確率でチャイカや南北アリコの影が垣間見える。特にオキナワは多くの工作員が入り乱れる激戦区だ。反基地運動を主導しているのが、チャイカであってもなんら不思議ではないのだ。


「オキナワ独立運動を主導している団体のトップは、チャイカの友連会……チャイカ国際友好連絡会との深い繋がりがあるわ。他にも内通者を含めて、数えきれないぐらいの工作員がオキナワに紛れ込んでいるわね」


 国際友好連絡会などと、気味の悪いほど清らかな名前が付いてはいるが、その実態がチャイカ人民解放軍の工作機関であることは、軍関係者の間では常識である。

 ウェンディの説明はなおも続く。


「ヒノモトとチャイカの関係は、地政学的に言うと『不倶戴天の敵』ね。永遠の敵国は存在しない……とは言うけれど、この二国間においてはその限りではない、と思えてしまうほどよ」


 ウェンディの表情は苦々しげだ。

 それを見たセルマは少し意外そうに問う。


「チャイカはそれほどヒノモトを憎んでいるのですか?」


 セルマの質問に、ウェンディは二度ほど軽く相槌を打ってから言葉を続ける。


「チャイカにとってヒノモトは、いわば目の上のタンコブね。……邪魔、目障り、疎ましい、そんな存在かしら」


 ここにいるヒノモト人たちは、無論チャイカを快く思ってはいない。両国の関係が良好であるはずもないことを知っている。

 とはいえ、チャイカがそこまで憎悪をたぎらせているとまでは思わなかったのであろう。ウェンディの言葉に、ややひるんだ様子の者も見受けられる。


「地政学的に、チャイカはヒノモトが邪魔で仕方がないの。その理由は、世界地図を西側を下にして見ればわかると思うわ」


 家庭教師の言葉を受けたヤマトが、部屋の壁に掛かっていた地図を取り外し、言われた通り西を下にして眺めてみる。


挿絵(By みてみん)


「なるほど、これは判り易いな」


「そうですね、ヒノモトが如何にチャイカの邪魔者であるのかが良く分かります」


 ヒエイとセルマは感心したような声を出す。西側を下にして、チャイカ側の視点に立ってみると、ウェンディの意図するところが良く判る。

 ヒノモト列島は、チャイカ大陸にまるでふたをするかのように覆い被さっているのだ。


「チャイカにとって、ヒノモトは太平洋進出を阻む最大の障害物よ。チャイカの海洋権益を損なう、最悪の敵国といったところね」


 ウェンディの言葉は、その皮肉な現実を端的に表している。仮にチャイカの側にヒノモト列島が存在しなければ、チャイカはそれこそ、我が物顔で太平洋を航行していたであろう。漁業権、海底資源など経済水域を独占できたに違いないのだ。

 この点において、ヒノモトが目の上のタンコブとは、あまりに的確な表現であろう。ヒノモトは存在するだけで、チャイカにとっては邪魔以外のナニモノでもないのだ。


「チャイカはそれこそ長きに渡ってヒノモトを疎ましく思って来たのでしょう。ヒノモトを勢力下に治めることは彼らにとって悲願であるはずよ」


 恐ろしい事実だが、これもまた然りであろう。地政学的にいう『隣国は敵』という概念がここまで顕著な例は、そうはないはずだ。


「でも、その割には歴史的にチャイカがヒノモトに侵攻した回数は多くはないですよね?」


 セルマが素朴な疑問をぶつける。

 ウェンディは、可愛い生徒から質問があったことを喜ぶような表情になって答える。


「航行技術の問題でしょうね。ヒノモト海は相応に広いし、水深もある。何よりツシマ海流をはじめとした潮の流れや、季節風が驚異なのよ」


 ヒノモトは海で囲まれているのみならず、いくつもの強い海流によっても守られている。

 これに加えて偏西風や季節風モンスーン、更には暴風雨などのリスクを考慮すると、チャイカからヒノモトを侵略するのは、なかなか容易ではないのだ。


「以前、地政学の授業にありましたね。海や河川は存在するだけで防衛力を持つと」


 家庭教師の言葉に応じて、ヤマトも口を開く。


「そうね。例えばドーバーのような狭い海峡でも、イリギス歩兵一〇〇万相当の防衛力をもったと言われているの。それこそヒノモト海の持つ防衛のポテンシャルは想像に難くないでしょう?」


 島国に住んでいると忘れてしまいがちなのだが、海に囲まれていることは、それ自体が防衛上極めて有利なことなのだ。

 沿岸警備もけっして楽ではないが、それでも陸続きの国境警備と比較すれば、遥かに容易なのである。


「そうですね。それこそイリギスやヒノモトが、地政学的な強国と言われる所以ゆえんです」


 セルマの言葉には実感がこもっている。

 地政学的な防衛力の高い国は、それだけ余剰の兵力を他に回すことが出来る。かつてイリギス帝国が世界に覇を唱えることが出来たのも、こうした要因が大きい。技術力、経済力、そして相応の規模を兼ね備えた島国は、世界における脅威なのだ。


 そんなヒノモトが偽りの平和憲法で縛られ、軍事力を行使できない現状は、世界全体にとって都合が良いのである。仮にヒノモトが世界の覇権へと野望を抱くようなことがあれば、世界地図が大きく塗り替わる可能性があるのだ。


「本気を出したヒノモトは想像するだけでも怖いわ。高い経済力に高度な技術もあるのだから、その気になれば高度な禁断魔導兵器を配備することも可能でしょう」


 ウェンディはおどけたように言うが、それを聞くヒノモト人たちにはまったく実感がない。


 対外的に交戦権すら許されていない。D級クラス以上の魔導兵器すら、個人所有が禁じられている国なのだ。

 牙が抜け、爪も剥がれ落ちた、こんな平和ボケの国家が……世界の脅威になり得ると言われても飲み込めるはずがない。


「ヒノモトの不幸は、恐らく多くの国民が、ヒノモトという大国のスタンスを良く理解していないことです」


 そう言うセルマの声は、静かながらも複雑な感情がこもっている。


「大国には大国のもつ責任や、果たすべき役割があるのです」


 ウェンディやセルマがいうように、ヒノモトは世界において有数の強国である。

 現在は経済力と軍事力のバランスが著しく崩れ、自国だけでは安全保障すら確立できない、歪んだ大国になってしまってはいるが、それでも世界へと与える影響力は極めて大きい。

 自国のことを過大評価するのは良くないが、過小評価するのも愚かなことだ。正しく己の力量を知ることが大切なのである。


「そうね。例えば現在のスプラトリー海域におけるチャイカの横暴も、ヒノモトであれば対抗できるかもしれないの」


 ウェンディは大袈裟に溜め息をついて、現状を憂う。


「東南アジアの小さな国々が、個別にチャイカに苦言を伝えても門前払いでしょう。でもヒノモトのような大国が中心となって、ピリフィン、レマーシア、ヴェトナンといった東南諸国をとりまとめられればあるいは……」


「……チャイカに対抗できる」


 ウェンディが飲み込んだ最後の一言を、ヤマトが力強く吐き出す。

 それを聞いたセルマは、少しだけ嬉しそうに話を続ける。

 

「そうですね。本来、大国がなさねばならない役割というのはそういうものです」


 小国が声を大にしても、その効果は薄い。連合を呼びかけるにしても同じだ。

 スプラトリー海域における、対チャイカへの共闘を提案するとしても、ある程度力を持つものが発起しない限り、その連合は強い求心力を持たない。交渉力を裏付けるのは軍事力であり、経済力であり、そして総合的な国力なのだ。


 逆説的に言えば、強国は己の信じる正義のために力を行使する必要があるのかもしれない。国際問題を解決するための求心力を乞われているのであれば、それに応えることも大国の責務なのだろう。


「ヒノモトは他国の顔色を窺う側ではないの。常に色々な国から、顔色を窺われている立場であることをよく理解することね」


 ウェンディはそう力強く断言すると、空になったグラスをテーブルに置く。

 彼女の講義はまだまだ続くようだ。

 次の話は、ヒノモトとメアリー合衆国の関係を地政学的に解説します。

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