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第19話 『理想主義者とは不合理の塊である』

「それにしても今回の討伐行、兵数一〇〇〇は心許こころもとなく感じるな」


 ヒエイは軍の編成を見直しながら、改めて呟く。

 敵四〇〇に対して味方が一〇〇〇であれば、一見十分のようにも見えるが、この歴戦の猛者はそう考えていないようだ。


「派兵数については、当方からも具申してあるのです。しかしながら、これ以上の都合は付かないようです」


 ヤマトは愛洲アイス教官とのやり取りを詳細に報告する。今回編成された兵のうち、正規兵が一割。一般兵が七割。そして残り二割が防衛大学所属の学徒兵となっている。

 防衛高等学校所属の学徒兵は、ヤマトの半個分隊のメンバーを含め極少数であり、ナラシノ防衛高等学校からの従軍に至ってはヤマトたちだけだ。


「単なる人手不足というよりは、動員、割り当ての問題だな。恐らくオキナワ方面に多く人手をとられてしまっているのだろう」


 現役中将のコンゴウがそう分析する。

 ヒノモトのほぼ最南端に位置する島・オキナワは、現在もっとも外国からの侵略に怯えているエリアである。

 世界最強の同盟国・メアリー合衆国の基地が存在するため、今のところ直接的な戦闘こそ起こっていないが、間接的な侵略はかなり進んでいる。隣国のチャイカ、そして南北アリコの影響力が極めて大きいのだ。


「それにしても、自称オキナワ市民たちによる乱暴狼藉は何とかならないのですか。いくら言論の自由という建前をもってしても酷過ぎます」


 ヤマトは年長者に対し、小さな声で苦言を呈する。現在オキナワでは県内に設置されたメアリー合衆国軍基地に反対し、その撤退を求める運動が盛んになっている。反対派の自称市民たちがオキナワに集い、大暴れしているのだ。


 反対の理由は色々とある。

 メアリー合衆国軍人による事件や事故が起これば、当然周辺住民から反発も起きるだろう。かつてメアリー海兵隊員による少女暴行事件が起きたときは、外交、政治、社会各方面に影響を及ぼす大問題となった。

 そうした事実を踏まえれば、合衆国軍に反感を持つ人間がいること自体はまったく不思議ではない。


 ほかにも基地の存在がオキナワにとって負担になっているなど、被害者染みた論理も展開されているが、しかし何よりもアンチの原動力となっているのは、やはりヒノモトを蝕む独自の病原ともいえる軍事アレルギーであろう。


 基地があるから、軍人がいるから争いになる、という独自の理屈が展開されるのだ。

 ドアに施錠するから、警備会社と契約するから泥棒に狙われる、という超理論である。

 もちろん軍隊がなければ戦闘は起こらないだろう。しかし、その結果待っているのは一方的な蹂躙じゅうりんなのだ。


「ヒノモトは言論や思想の自由が許されている。だから、あまり無碍な取り締まりは出来ぬのだが……」


 コンゴウはそう苦々しく吐き捨てる。確かにヒノモトは自由の保証された国である。軍事を嫌う権利もあるし、基地を忌避する権利もあるだろう。

 とはいえ自称市民らの横暴が目に余るレベルに達しているのも事実だ。とても平和や非暴力を建前にしている人間とは思えない振る舞いなのである。


 オキナワの基地反対派は、平和と言論の自由を建前に、法を蔑ろにした様々な抗議活動を展開している。

 道路交通法を無視した座り込み。

 傷害罪が適用されるべき暴行。

 基地関係者に浴びせられる、暴言の数々。

 そのような野蛮な行為を平気で行うのである。


 もちろんオキナワの問題はそれだけではない。日々繰り返されるチャイカによる領海侵犯も深刻となっている。国の外辺部というのは、それでなくとも難事が多いのである。

 こうした外圧に加え、自称平和主義者たちによるオキナワでの蛮行に対処するため、防衛軍は多くの人手を取られてしまっているのだ。


「それにしても、オキナワの基地反対派の人たちは、どうしてあそこまで粗暴なのでしょうか」


 セルマが極めてシンプルな疑問を口にする。

 それに応えたのは、家庭教師のウェンディだった。


「いーい? 平和を標榜する理想主義者リベラリストたちこそ、暴力的に成り易いのよ」


 ウェンディは呆れたような口調でそう毒づく。


「理想主義者たちは、自分たちこそが正しいと思い込んでいる。いえ、正しいと思い込もうとしている。だから正しい自分たちはどんな手段を用いても許されると考えるの」 


 ありがちな話だ。

 革命派、反体制派の人間にも多く見られる傾向であろう。


 武力は悪。権力は悪。

 その悪に反対している自分たちは正義。

 極めて単純な論理ロジックだ。


 自分たちこそが正義。

 自分たちこそが賢者。


 だから目的のためには何をしても許される。

 権力者は勿論、体制に唯唯諾諾いいだくだくと従う愚か者どもの意見など耳に入れる必要はないと考えるのだ。


 理想主義を掲げるはずの彼らは、いつの間にかある種の選民思想に囚われ、己の行動の二重規範ダブルスタンダードに疑問を抱かぬようになる。それこそが現在、ヒノモトに蔓延はびこる、典型的な反戦活動の姿でもある。


「理想主義者というのは、存在自体がある種の矛盾なのよ」


 ウェンディの口調は厳しい。

 しかし全くの事実ではある。


 理想主義者リベラリストは、あらゆる問題を対話で解決せよという。

 現実主義者リアリストは、あらゆる問題を解決するために、力を必要とするときもあるという。

 両者の言い分は、激突する以前に勝敗は決しているのだ。


「理想主義者たちが、真っ先に対話して説得すべきなのは、国内の現実主義者なのよ。それが出来ていない時点で、彼らの主張は破綻するの」


 容赦のない理屈だが、確かにその通りであろう。国内の現実主義者すら説き伏せられないのに、どうして外国の、ましてや敵国の人間を説得できるというのであろうか。


「理想主義の人たちは、自分たちに反対する人たちのことをすぐ馬鹿にするでしょう?」


「そうですね。自分たちの意に沿わない人間のことを『右翼』だの『反平和主義者』だのといったレッテルを貼って見下しますね」


 ウェンディとヤマトの会話は相変わらず苛烈であるが、これもまた事実だ。

 理想主義者は自らが信じる『正義』を脅かす人間が嫌いなのだ。そうであるからこそ、彼らは相容れぬ現実主義者たちをくだらない人間であると蔑視し、自らを正当化するのだ。

 平等を掲げているはずの理想主義者たちは、己の信念を守るために、自らが嫌う差別主義者と成り果てるのである。これこそが、彼らの抱える最大の不合理なのだ。


「ヒノモト敗戦後の最大の不幸は、こうした歪んだ理想主義者リベラリストをたくさん生み出してしまったことね」


 その言葉を戦勝国側の人間が言うのは、本来あまりに無遠慮ではあるのだが、ウェンディが親ヒノモト派の人間であることは、この場にいる全員が知っている。

 この場、このときにおいて、彼女であるからこそ、この物言いが許されるのかもしれない。

 そしてウェンディの辛辣な言葉はなおも続く。


「なまじ勉強が出来たり、高学歴だったりすると、そうしたおかしな理想主義リベラリズムに騙され易いのよね」


 そう語るウェンディの口調は、自戒の込もった醒めたもののように聞こえる。


「先生と呼ばれる職業の人たち……言論人、作家、教師、法律家、その他諸々も要注意ね。彼らは自分たちが博学で、高潔な人間であるという自負があるから、理想主義をこじらせると余計にややこしいの」


 そんな司教の言葉を受けて、今までじっと聞き入るだけであったヒエイが呆然と呟く。 


「そういえばマスコミも、教育機関も、法曹界も、そんな理想主義者で溢れかえっておるなあ……」


 恐らく思い当たる節が多々あるのだろう。彼の言葉には実感がこもっている。


 現在のヒノモトは、あまりに現実主義者の肩身が狭い。綺麗事ばかりがまかり通り、現実を口にするものは蚊帳の外へと追いやられる。

 そして多くの国民は現実に相対することを好まず、ひたすら目を背け続けるのだ。

 理想主義者たちの行き過ぎた幻想論は、そんな事なかれ主義と、彼ら自身の選民思想により肥え太り続けている。平和主義を掲げる国家の内情など、こんなものなのだ。




「それにしても、オキナワ基地反対派の方々は阿保あほうなのですか?」


 セルマがあまりに遠慮のない物言いをするので、ヤマトは一瞬ギョッとする。元外国人であるために、ボキャブラリーに齟齬が生じたのだろうか。それともヒノモト人と国際人における感性の差異であろうか。

 いや、元外国人の視点からでは『あほう』としか表現出来なかった、というほうが適切なのかもしれない。


「つい近年、ピリフィンのスービック基地で、似たような事例があったばかりではないですか。歴史から何も学ばないのは、あまりにも愚かに思えます」


 セルマの指摘は、事実に基づく適切なものだ。

 かつて、東南アジアにある共和制国家『ピリフィン』にも、メアリー合衆国の軍事基地が存在した。しかしピリフィン国内の基地反対派により、クラーク基地・スービック基地からメアリー軍が撤退してしまったのである。

 そしてメアリー軍がいなくなった途端、チャイカは待ってましたとばかりに侵略を開始。ピリフィンが領有を主張していたミスチーフ礁に軍事施設を建設し、国際的な大問題に発展したのだ。

 ピリフィン政府は、慌ててメアリー軍の再誘致を模索したが、もはや後の祭り。結果としてスプラトリー諸島周辺に、チャイカの強引な介入を許してしまった。


「仮にチャイカ軍の横暴を許した直接的な理由が、メアリー軍の撤退ではなかったとしても、チャイカに対しては軍事的空白を作らない、というのは世界の常識だと思うのです」


 チャイカの侵攻を許してしまった国家……チベート、ウィグル、モンゴールの運命は凄惨なものだ。

 国土も、財産も、そして人間の尊厳すら蹂躙され、現在も過酷な弾圧を受け続けている。

 そうした事情を鑑みれば、やみくもにメアリー軍基地に反対し、防衛に関する対案を出さない姿勢は無責任のそしりを免れ得ないであろう。


「ま、基地反対派の人たちは、少なくとも阿呆あほうではないと思うわよ。なぜなら……」


 ウェンディはふと苦笑してから、吐き捨てる。


「基地反対運動を背後で支援しているのは、チャイカなのだから」

 次話より、ヒノモトを取り囲む状況を地政学的に解説する話が始まります。

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