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第18話 『半個分隊完成』

「それにしても、随分楽しそうな声が聞こえてきました。何かあったのですか?」


 そのウェンディの言葉を皮切りに、つい先刻のハルナと同じやり取りが再び展開される。

 二回目であるからか、ヤマトとコンゴウによる説明は何ともスムーズに進み、出陣の件が余すことなくウェンディへと伝えられる。


 最初は少し驚いた様子のウェンディであったが、話を聞いているうちに何とも楽しそうな表情へと変化していく。そして補佐官の話題が出ると同時に、それに飛び付いた。


「オッケー!その補佐官として先生も付いて行けば良いのね!」


 何とも軽い調子で、従軍を表明する。

 その言葉を受け、ヤマトは唖然としていたが、コンゴウやヒエイはなんとも落ち着いた様子である。壮年のふたりは、ウェンディのこの反応を予期していたようだ。


「ここのところ腕がなまって仕方なかったの。ヒノモトは平和過ぎるのよね」


 そう言いながら、ウェンディはコキコキと肩を鳴らす。

 彼女は神聖魔法のエキスパートでありながら、優れた格闘術の使い手でもある。戦場へ赴き、ゴブリンやオーガと対峙した経験も一度や二度ではない。その体をほぐす動作には、何とも言えぬ貫禄がある。


「先生におもむいて頂けるのでしたら、安心ですな。推薦状は当方がしたためておきましょう」


 ウェンディの意を受け、コンゴウは積極的に話を前へと進める。

 無理もない。回復魔法と防御魔法を備えた一流の神聖魔法の使い手が、一人息子に同行してくれるのだ。これ以上にないボディガードである。

 例え政府要人であったとしても、ウェンディほどの護衛が付くことはまれであろう。この申し出は、嫡男を戦場に送り出す立場からすれば、歓迎すべきものだ。


「お礼に、先生には特別手当てをお出ししないといけませんな」


 気前のよいコンゴウがそう申し出るが、ウェンディは横方向にかぶりを振る。


「いえいえ。ろくは充分に頂いておりますし、今回は私個人の好意で赴くのでお気遣いは無用です」


 ウェンディ先生は随分と無欲だ。ヤマトはそう感心するが、その父親はそれでは収まらない。


「それでは私の気が済みません。何かご所望のものなどありませんか?」


 コンゴウにそこまで言われて、ウェンディは少し考える。

 そしてしばらくすると、嬉しそうにヒエイの方向を指差しながら答えた。


「そういうことでしたら、いまミスター・ヒエイが手にしているようなウイスキーを、追加で一本お願いできますか?」


「お安い御用です。討伐軍が帰還するまでには、また極上のものを取り寄せておきましょう」


 現在ヒエイが口にしているウイスキーは、無論かなりの高級品ではあるが、それでもボディガードを雇う対価としては破格であろう。

 ウェンディのささやかな要求は、むしろコンゴウへの配慮に近い性質のものだ。

 ヤマトはそのことを敏感に察し、ふたりの大人に内心深く感謝する。


 こうして補佐官の件がほぼまとまり、コンゴウは実に御機嫌である。

 ところがそれとは対照的に、気難し気な表情を隠さないのはヒエイだ。やや胡乱うろんげな視線をウェンディへと向けながら、低めの声で忠告する。


「ウェンディ女史がお力添えくださるのは有難いが、此度こたびのゴブリン退治。どうやら一筋縄で行く案件では無さそうですぞ」


 それはまるで、覚悟を試すかのような物言いである。

 そのヒエイの声には相応の迫力が込められていたが、ウェンディにはまったく気圧けおされた様子はない。むしろ何とも楽しそうに言い放つ。


「私の大事な教え子の身に、何かあったら大変ですからね。万一、家庭教師が廃業なんてことになったら困ります」


 そう言って椅子から立ち上がると、今度は座っているヤマトの上半身を後ろからギュッと抱きしめた。

 そして何とも慣れた動作で、頬擦りをしたり、頭を撫でたりし始める。その様子は、獲物を捕食した肉食動物さながらである。


「せっ、先生。やめてください」


「もーう、可愛いやつだのう。うりうり」


 困ったようなヤマトの声と、喜びに満ちたウェンディの声が交錯しながら部屋中に響く。

 そんなふたりのやり取りを見ていたセルマは急に動揺し、オロオロしはじめる。その目元には微かに涙が浮かんでおり、キュッと唇を結んでいる。

 すると侍女の不安げな表情に気付いたウェンディは、現在の獲物であるヤマトを未練なく手放したかと思うと、今度はセルマに飛びついた。


「心配しなくとも、セルマちゃんも私の大事な教え子だよ。可愛がってあげるからねー♪」


 先程と同じ惨劇が、今度はセルマの身に降り掛かった。同じように頬擦りしたり、頭を撫でたり、果ては脇腹を揉んだりしている。なんともスキンシップの激しい女性である。


「せっ、先生。そういうことでは……」


 困惑したセルマがあえぎに近い声を上げるが、ウェンディの手は止まらない。むしろその嬌声染みた声を受けて、更に興奮の度合いを上げたかのようにも見える。

 セルマの懸念は明らかに違うところにあったのだが、この聖職者はそれをまったく察していないようだ。


「十七歳でこのボリュームは反則よね。先生に少し分けて貰えないかしら」


 そう言いながら、今度はセルマの胸を揉みしだき始める。

 小さな体躯相応の、ウェンディの小さなてのひらでは、セルマのその大きな胸を収めることはできない。そのため、小さな手が胸の上を這いまわるような格好となる。


「あっ、あっ……先生、そこは……」


 セルマは北欧出身の少女で、暑さがとても苦手なため、春夏の時期は露出の高いメイド服を着ている。しかも布地が密着するタイプの服装をしているため、強く胸を揉みしだかれると、危うくこぼれ落ちそうに見える。


「ウ、ウェンディ……先生。か……堪忍してください……」


 侍女は、ハァハァと激しい息遣いをしながら許しを請う。

 その声や仕草が何とも蠱惑的こわくてきで、ヤマトはその光景を直視することができない。つい目線を逸らしてしまう。


 このダイニングルームに、何とも言えない空気が漂い始める。

 一言で表すのであれば、混沌カオスだ。ヤマトもコンゴウも、どのように場を収めるべきか困惑してしまう。


 すると突然。


 ヒエイが自分の膝をピシャリと叩いたかと思うと、豪快な声で笑いだした。


「いやはや愉快愉快!ヤマトは本当に周囲の人間から愛されておるな」


 部屋中に響き渡る、ヒエイの痛快な笑い声に、その場にいる全員がつられて笑いだす。ウェンディも流石にその行動を一旦自重し、一緒に笑い始めた。


「よくわかった。ウェンディ女史。セルマ殿。此度の出陣、共に宜しく御頼み申しますぞ」


 ヒエイの朗々たる言葉に、ウェンディは恭しく一礼してみせる。つい先刻まで侍女の胸を揉みしだいていた女性と、同一人物とは思えないほど粛然とした表情だ。


「……ありがとうございます。微力ながら最善を尽くします」


 セルマも激しい息遣いをかろうじて整えながら、ヒエイに応える。ウェンディの猛攻から解放されたという安堵感も窺えるが、それ以上にヤマトの侍従として認められたのが嬉しかったのであろう。その表情は、恥ずかしさと喜びが混在したようなものとなっている。


「これで補佐官五人、全員が決定したな。いや目出度めでたい」


 コンゴウが嬉しそうにその場をまとめる。

 多分に大人の事情が含まれた会話がダイニングルームを行き交い、ヤマトの意思があまり介在しない形でドンドン話が進んでしまった。しかし、その結果は決して彼にとって悪いものではない。


 甲斐甲斐しく主人を支える、専属侍女のセルマ。

 優れた魔法弓術師で、愛の重過ぎる幼馴染のミユキ。

 機略に富み、卓越した間諜スキルを持つ親友のナガラ。

 神聖魔法と格闘術を修めた、豪放な司教のウェンディ。

 そして憧れの英雄、ヒエイ。


 のちに、ヒノモト外交安全保障のキーマンとして名を馳せる青年。

 カミイズミ・ヤマトとそれを支える勇士たち。

 その数奇にして劇的な物語の第一歩が、ここから始まるのである。

 これでパーティメンバーが全員揃いました。登場人物紹介も一段落です。

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