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第17話 『碧眼の豪放なる司教』

「たっだいまー!今日のディナーはなーにかなー?」


 底抜けに明るい声と共に、ダイニングルームへと飛び込んできたのは、ダークブロンドの髪をした女性であった。

 透き通るような白い肌に金髪・碧眼という特徴から、ヒノモト人でないのは一目でわかる。

 パッチリと開かれた眼には自信が満ち溢れており、小さいながらも高い鼻は綺麗に形が整っている。

 纏う法衣には、世界最大の信者数を誇る『ステイン教』を象徴する十字架が飾られている。


 ウェンディ・エクルストン。

 ステイン教・プロステントの司教で、下総上泉家に雇われた住み込みの家庭教師である。ヤマトにとっては国際関係論や地政学の先生であり、また神聖魔法や格闘術の師でもある。


 ヤマトが中学一年生の頃にメアリー合衆国から招かれ、ヒノモトに滞在して既に五年となる。

 上泉館に立派な一室を与えられ、高給かつ好待遇で迎えられており、当人はこの生活をとても気に入っているようだ。

 現在ではすっかり下総上泉家に溶け込み、食事をするのも、旅行に行くのも一緒。もはや家族同然の生活をしている。

 とにかく明朗快活な女性で、周囲からは主に『ウェンディ先生』と呼ばれ、親しまれている。


 わざわざ遠方より招聘された司教だけに、座学に秀でているのは勿論のこと、見聞も広く世界情勢に通じている。

 これは幼少の頃より、敬虔なステイン教徒の両親に付き従い、世界各地を巡礼した経験によるものであろう。

 さらに神聖魔法や格闘術の技量も一流の域に達しており、家庭教師としてはこの上ない逸材である。


 身の丈は百五十センチに満たず、その体躯は極めて小柄。くわえてあどけない童顔という特徴から、女学生に間違われやすいのだが、実は三十路を超えているとの噂もある。

 もっとも彼女の前で年齢の話はタブーであるため、事実確認は出来ていない。雇い主であるコンゴウだけは実年齢を把握しているようだが、それを漏らすことは絶対にないであろう。


「あら、今日はゲストがおられたのですね。ご無沙汰しております、ミスター・ヒエイ」


「久し振りだな、ウェンディ女史。お元気そうで何よりだ」


 そんな挨拶もそこそこに、ウェンディは食卓に用意された自分の席へと落ち着く。そして食前に神への祈りを捧げると、用意された料理へと遠慮なく手を伸ばす。


「今日のミサも億劫おっくうだったわー。どうしてヒノモトに来てまで、こんなことをしなければならないのかしらね」


 食事をしながら、そう愚痴る。

 彼女は基本的に、下総上泉家の家庭教師という立場ではあるのだが、時折ステイン教会の支部にて説教を任せられることがある。今日もトウキョウ都内にある支部に招かれ、先程帰宅したばかりだ。


「定期的なミサとか、一体誰が始めたのかしら。本当に面倒くさいわ」


 なんとも聖職者にあるまじき発言をする。

 しかしこれは、彼女にとっては日常なのだ。ウェンディは司教でありながら、常々疑問を口にするのである。


 宗教のあり方について。

 信仰のあり方について。

 そして、神の存在について。

 どこまでもドライに突き詰めるのだ。


「そもそも、どうして皆で集まる必要があるのか謎よね。神様は個々ここじんで敬えば良いモノなのに」


 なんともくたびれた表情のまま、しれっと持論を述べる。

 その発言は一面の真実を捉えてはいるが、聞く者が聞けばいきどおるであろう。解釈次第では、教会の存在意義を否定しかねない言葉である。


「まぁ私の説教なんかで喜んでくれる人がいるなら、それはそれで良いのだけどね」


 そう言って、僅かに顔をほころばせる。彼女が凡庸な無精者とは異なる所以ゆえんだ。


 実はウェンディの説教は非常に評判が良いのである。ヒノモト人が飲み込みやすいよう、聖書のエピソードをユニークにローカライズしたり、訓話には時事ニュースや世間の話題を巧みに取り込んだりして、面白おかしく教義を説くのである。

 彼女の説教を聞きたいがため、ステイン教信者でもないのに、わざわざ遠くから足を運ぶ者もいるようなのだ。


 かつてヤマトは、そんな彼女を茶化して言ったことがある。

 それほど説教が面倒なのであれば、もっと適当にやれば良いのではないかと。そうすれば今のように、頻繁ひんぱんに招かれることも無くなるのではないかと。

 ところが、彼女からの返答はこうだった。


「お説教をぞんざいにやってしまったら、せっかく来てくれた人に申し訳が立たないでしょう?」


 教会へ行くのも、説教をするのも好きではない。

 しかし、引き受けてしまったからには全力を尽くす。ウェンディとはそういう人間なのだ。


 形式的な儀式を誰よりも忌避し、宗教の世俗的な側面を誰よりも嫌う。仮に神が存在するのだとしても、個人個人が質素に敬えば良い。大勢で集まって崇め奉るようなものではない。


 そのような考えを抱いてはいても、上辺うわべだけはキチンと体裁を取りつくろう。そうした事情もあって、ウェンディの世間的な評判は極めて高い。

 加えて皮肉なことに、彼女は誰よりも組織運用や儀式の仕切りが上手かった。そのため本人がまるで望まぬ形で、早々に司教にまで昇格してしまったのだ。


 こうした経緯を踏まえると、ウェンディという人物には不合理な面が多い。彼女は恐らく、聖職者になるべきではなかった。しかし敬虔な信者である両親の手前、自ら道を逸脱することが許されなかった。

 そんな矛盾を数多く内包してきた人間……とでも言うべきであろうか。


 ウェンディが、ヒノモトという遠い外国の家庭教師を喜んで引き受け、母国メアリー合衆国と距離を置いたのも、そんな複雑な事情が後押ししている。その事実を、ヤマトはウェンディ当人から聞かされて知っていた。そんな彼女の境遇を思うと、ヤマトとしても色々と複雑なのである。


 しかし彼女は、そんな若者の心情に構わず、明るい声で問うのだ。


「随分楽しそうな声が聞こえてきました。何かあったのですか?」と。

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