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第14話 『サディスティックな侍女とノンビリ屋の侍女』

 ヤマトとミユキの視線が自分に集まってしまったことで、観念したのだろうか。扉の隙間から中を伺っていた人物が、静々と入室してきた。

 そして、わざとらしく驚いた表情をつくってからボソボソと呟く。


「見てしまいました。メイドは見てしまいましたのでございます」


 誰あろう、その人物こそがミユキの専属侍女を務める由布白雪ユフ・シラユキである。

 恐らくこの世界において、ミユキがまったく頭の上がらない、数少ない人間の一人だ。彼女はニコニコとした笑顔を浮かべると、自分の主人へと詰め寄る。


「ミユキお嬢様は未来の旦那様に、そうやってあまえになるのでございますね。まるで幼子おさなごのようでございます」


 長いツインテールの髪をピョコピョコと揺らしながら、そうミユキをからかう。


 シラユキは、彼らと同じ防衛高等学校の二年生で、年齢もミユキと同い年の十六歳である。

 青色の大きなリボンに束ねられた黒髪は艶々(つやつや)として美しく、そして頭部を飾る純白のヘッドドレスは、彼女がメイドであることを強く主張している。

 小さく形の良い鼻に可憐な唇。きめ細やかな白い肌を備えた、外見はとても可愛らしい少女……なのだが。

 その天使のような容姿とは裏腹に、どことなく大人びた、何とも捉えどころのない性格をしている。


「幼子プレイなど、婚前からあまりマニアックな方向に走らないで欲しいのでございます。専属メイドとして反応に困るのでございます」


 そう言って、ジトッとした視線で二人を貫く。

 俗にいう『ジト目』が彼女ほど似合う人間も、そうはいないのではあるまいか。そう思えてしまうほどの見事なジト目っぷりである。


「もう少し、お二方には健全な交際をお願いしたいのでございます。とりあえず、この件は皆様には内密にしておくのでございます」


 また新たな弱みを握ったとでも言いたげに、そうのたまう。この慇懃無礼いんぎんぶれいな物言いこそが、シラユキの本領なのだ。


「シラユキさん。あまりミユキをいじめないでやってください」


 真っ赤な顔をして戦慄わなないているミユキに代わって、ヤマトがフォローを試みる。

 ヤマトとしてもミユキの気持ちはわかる。同じ専属侍女を抱える立場として、共通の認識が存在するのである。


 専属で身の回りの世話をしてくれる人間というのは、当然ながらその主人のことを深く理解しているものだ。

 あらゆる種類のプライバシーが筒抜けになっているといっても過言ではない。


 ヤマトがいくら生真面目な青年とはいえ、彼も木石ぼくせきではない。セルマには見られたくない所持品のひとつやふたつはあるものだ。


 その隠し場所に苦心するというのも、この若者の立場ならではの悩みかもしれない。専属メイドが部屋を隅々まで掃除してくれるというのは、ありがたい反面、困った側面も存在するのだ。


「未来のご主人様がそうおっしゃるのでしたら、この辺にするのでございます」


 シラユキは何とも楽しげな表情でそう言うと、ひとまず攻勢を収める。

 少しばかり嗜虐心しぎゃくしんの強そうなこのメイドも、その家事能力の高さや聡明さではセルマに引けを取らない。そしてこれでも、実は心優しい少女であることをヤマトは知っている。


「ありがとう、シラユキさん。恩に着るよ」


 シラユキはミユキの保護者役としては、超一流だ。これまでも、ヤマトに対する感情を爆発させそうになったミユキを幾度も制御してきている。


 しかしこれらは、ヤマトを思ってのことではない。あくまでミユキのための行動であることを、ヤマトは知っている。


「ミユキお嬢様は、旦那様に愛されていらっしゃるのでございます。何も焦る必要はないのでございます」


 ミユキが愛情をこじらせ奇行に走ることで、ヤマトに愛想をつかされるかもしれないボーダーというものを良く心得ている。

 一般的な感性の持ち主であれば、嫌悪を催しかねないような暴走行為に対し、それを制御する機微きびを弁えているのだ。


 ……実のところ、ミユキがどのように暴走しても、ヤマトがこの幼馴染を見捨てるという事態は想定し難いのだが、それでも配慮を怠るべきではない、と考えているようである。


「ミユキお嬢様、そろそろ夕食ゆうげのお時間でございます。遅くならないうちに戻るのでございます」


 頭を撫でてもらえる、せっかくの機会をつぶされたミユキは不満そうな表情を浮かべるが、それでもシラユキの言葉にはおとなしく従う。このような出来事の後では、分が悪いと踏んだのだろう。


「それでは旦那様。ワタクシはこれでおいとま致しますが、何かあればまた遠慮なくご相談くださいませ」


 ミユキは名残惜しそうに、僅かに優雅さに欠ける挨拶をすると、スゴスゴと客間を退室していく。ヤマトはその後ろ姿を見送ると、ホッと小さく溜め息をついた。




「さてと……で、ございます」


 ところが今度は、シラユキが急にその目を輝かせはじめる。一難去ってまた一難、といったところだろうか。


 シラユキは、ミユキが部屋から退出したのを確認してから慎重に扉を閉め、何食わぬ顔でヤマトに密着してくる。そして囁くような声で若者に語り掛ける。


「それでですね、未来のご主人様。例の『幸せ計画』についてはご決断くださったのでございますか?」


 そうヤマトに問いかける。

 このシラユキの言う『幸せ計画』とは、ヤマトが防衛高等学校に入学した二年以上も前から、彼女が彼に提案してきたものだ。

 具体的には、ヤマトが婚姻という形式に拠らず、セルマの気持ちも、ミユキの気持ちも受け止めてしまおうという、何とも破天荒な計画のことである。

 シラユキは『別名、ハーレム計画』などと嬉しそうにのたまっているが、ヤマトとしては勘弁してもらいたいところである。


「ミユキお嬢様はワタシにとっての大切なご主人様でございますし、セルマちゃんはワタシにとってのメイド友達、つまりメイゆうでございます。どちらにも幸せになって頂きたいのでございます」


 このシラユキという少女も、時折突飛なことを言い出すのだが、この提案もそんなひとつだ。若者としては、何とも困惑せざるを得ない。


「シラユキさん、僕はまだまだ若輩者だ。自分のこともままならないのに、他の人まで幸せにできる自信はないよ」


 ヤマトは何とも頼りない言葉を吐くが、シラユキにはまるでそれを意に介した様子がない。いつものジト目をより細くしながら、愉快そうに言葉を続ける。


「そんなに難しく考える必要はないのでございます。お二方とも、一方的に幸せにして貰いたいなどと考えている訳がないのでございます」


 確かに、その理屈は判る。

 ふたりとも一方的に男性に依存するタイプの人間ではない。相互に幸せになるための努力ができる女性だ。


 それに何よりセルマは言っていた。

 幸せになりたいから、付いて行くのではないと。

 不幸になっても良いから、共に歩みたいのだと。


 それはわかっている。

 わかっているのだ。

 しかし、彼の懸念はそこではない。


「未来のご主人様は、お二方の気持ちが分からないほど、オタンチンではないのでございましょう?」


 勿論、セルマやミユキからの好意は感じている。そして女性にとって、想い人と添い遂げることが幸福であることも理解できる。

 だが、彼はどうしても自信が持てないのだ。


 風采の上がらない自分と結ばれることが、本当に彼女たちにとっての幸せなのだろうか、と。

 中途半端な才幹しか持ち合わせない、こんな自分と共にあることが幸せなのだろうか、と。


「未来のご主人様が何をお考えでいらっしゃるのか、おおむね察しはついてございます。未来のご主人様はもっとご自分に自信を持って良いのでございます」


 なんとも見透かしたような言葉をつむぐシラユキを、ヤマトは真正面から見据えることができない。そうは言われても、自信の根拠になるものが何もないのだ。


「今回のゴブリン討伐が終わる頃には、恐らく色々と状況が変わっているのでございます。そのとき改めて考え直して頂ければ問題ないのでございます」


 彼女はうそぶくような調子で、まるで予言めいたことを言う。そして彼を捉え続けたシラユキのジト目が、急に穏やかな光を湛えたかと思うと、さらにトンでもないことを言い放った。


「もしも『幸せ計画』に乗って頂けるのでしたら、そのハーレムに漏れなくワタシもついてくるのでございます。とてもお得なのでございます」


 思わぬシラユキの言葉に、ヤマトはついき込む。予想だにしないことを言われたのだから、無理からぬことであろう。

 そんなヤマトの様子を見て、シラユキはさぞ満足そうに微笑む。


「それと今夜あたり、きっと楽しいことが待っているのでございます。心待ちになされると良いのでございます」


 悪戯っぽい表情を浮かべ、そう楽しそうにささやく。

 シラユキは、一方的に会話の主導権を握って、一方的に満足するだけしゃべり終えると、軽くウィンクをしてから客間からそそくさと退室していく。そしてそのまま、先に退出したミユキの後を追って行った。


 毎度毎度、彼の意表を突いてくるシラユキだが、今日は一段と絶好調であった気がする。ヤマトは幾分疲れた体をゆっくりと起こしてから、既に客のいなくなった客間を後にした。




「……今夜あたり、楽しいこと?」


 彼女の言葉の意味するところを、まるで察することが出来ない。色々と考えてはみるのだが、思い当たる節がまるでない。


 そんなことを思案しながら廊下を進んでいくと、不意に彼の専属侍女と出くわした。

 シラユキたちを見送った後なのであろうか。玄関の方角から、調理室方面へとゆっくり廊下を歩んでいる。


「セル……?」


 ところがセルマは、何やら上の空といった感じで、目の前のヤマトの存在にまるで気付いていない。そして、いつになく落ち着きのない様子で、足元もフラフラと何だか覚束おぼつかない。

 何事かあったのかと、ヤマトは侍女を呼び止めようと試みた。


「セル、どうかした……?」


「ひゃあっ!……ヤ、ヤマト様!」


 肩を叩かれたセルマは、突拍子もない声を上げ、ピョコンと小さく飛び上がると、何故か半歩ほど後退あとずさる。いつもとは明らかに様子の違う侍女に、ヤマトの心配はより深まる。


「どうしたんだ、セル。顔が真っ赤じゃないか。何かあったのかい?」


 ヤマトの言葉通り、セルマの顔は、まるで熟した林檎のように赤く染まっている。その理由を問われた侍女は、胸の前で両手をモジモジさせながら、何とも形容しがたい表情で慌て始める。


「何でもありません、ヤマト様。私は急いでお夕食の準備に向かわなければならないので、これにて失礼いたします」


 言うが早いか、たどたどしい足取りで、廊下を駆け始める。

 途中『びったーん』と豪快に転倒するが、すぐさま起き上がると、もの凄いスピードで調理室へと駆け込んでいってしまった。


「……一体、何があったのだろう」


 若者は取りつく島もなかった侍女のことを気に掛けるが、いま追いかけても恐らく良い結果にはならないだろう。そう判断した彼は一旦自室へと戻り、部屋着へと着替えることにした。

 シラユキも作中でわりと重要な位置を占めるキャラクターです。立ち絵を用意することはできませんでしたが、よろしければ覚えておいてあげてください。

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