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第12話 『愛が重過ぎる幼馴染』

「旦那様、お帰りなさいませ」


 ドアをノックし、静かに客間へと入室したヤマトを出迎えたのは、満面の笑みを浮かべたミユキであった。

 先程まで椅子に腰掛けてお茶を啜っていたようだが、ヤマトの姿を見るなり嬉しそうに立ちあがり、トテトテと彼のもとへとやってくる。


「旦那様、お食事になさいますか? お風呂になさいますか? ……それともワタクシに致します?」


 そんな定番の文句を並びたてながら、上目遣いの何とも悩ましげな表情でヤマトを見つめる。

 ヤマトは微かに苦笑を浮かべるが、この少女のこうした冗談も嫌いではない。幼馴染ゆえに気心が知れている、とでもいうのだろうか。


「夫婦ではないのだから、その挨拶はおかしいよ、ミユキ」


「どうせ数年も経たぬうちに同じことになるのです。予行練習ぐらいしておいても良いではありませんか」


 そう言って楽しそうに笑う。

 明らかに腹に一物を抱えたたぐいの笑いではあるのだが、ヤマトとしてはそれももう慣れっこである。

 こんな笑い方も、これはこれでミユキの魅力のひとつである、と達観するまでに至っている。


 この事例を見るだけでも、ヤマトの感性は一般人のそれと大きく乖離かいりしている。彼のまだ長いとは言えない人生において、一体どのような情操教育が施されてきたのであろうか。第三者であれば、ついそのような疑念を差し挟みたくなるかもしれない。


「ところで、僕の監軍補佐の件はもう知っていたりするのかな?」


 腹の探り合いも面倒なので、ヤマトはストレートに議題を振る。

 その言葉を受けたミユキはにこやかに微笑みながら、鷹揚おうように頷いた。


「大切な旦那様のことでしたら、ワタクシは何でも存じておりますの。愛の力は強いのですわよ」


 当然、と言わんばかりの回答である。

 恐らく昼の教官との会話から目星をつけ、立花家の力を使って調査したのであろう。


 対外案件とは異なり、ゴブリン討伐……つまり災害対応に関する人事情報は、それほど秘匿性が高い訳ではない。軍関係者が相応のパイプを利用すれば、その情報を得ることは然程さほどに難しくはないだろう。


「それで補佐官集めは、今のところどうなっておりますの?」


 何でも知っている、と言ったあとのこの質問に、若者は少しだけ笑いをこらえるが、空気を読んで言及はしない。

 ヤマトは、ナガラとセルマの協力を仰ぐことになっていることを、正直に話す。


「なるほどです。あの腹黒忍者とウシチチ女を連れて行くのですわね」


 同行者としてセルマの名前が挙がったとき、彼女は少しだけ渋い顔を見せるが、それでも反対はしない。

 ミユキがセルマに対抗意識を燃やしているのは間違いないのだが、道理を曲げるまでには至らないのだ。


 監軍という役目をサポートするのに、ナガラの情報収集能力、そしてセルマの明敏な頭脳が一助となる可能性は高い。

 それに反対するということは、ヤマトの職務を妨げかねないと判断したのだろう。


「まぁ旦那様がそうなさりたいのでしたら、ワタクシからは何も申し上げることはありませんけれども」


 そう不満そうに言ってはいるが、ヤマトの決めたことは可能な限り尊重しようとするのが、このミユキという少女なのだ。

 筋道の通らぬことであれば苦言も呈するが、そうでなければ反対はしない。

 夫のやりたいことを支えるのが妻の役目。そんな古風な考え方の持ち主なのだ。


「それで残りの二枠は如何いかがなさるのですか?」


「……あのさ。その前に『残り二枠』という聞き方をするということは、ミユキも来るつもりなの?」


「当たり前ですわ。妻が家で夫の帰りを待つ時代は終わりましたの。これからは夫と共に出陣して、その出世を支える時代ですわ」


 何とも先進的なのか、前時代的なのか判別の難しいことを言う。夫婦揃って出陣するところまではまだしも、その目的があくまで夫を支えるため、という辺りが実にミユキらしい。そう思った若者は、自分でも気づかぬうちに頬が緩む。


「ご両親の承諾は得たのかい? 話はそう単純ではないと思うよ」


 ミユキはヒノモトでも名家の一門・立花家の一人娘だ。士官候補生とはいえ、大事な後継者……何より大切な愛娘まなむすめを戦場に送り出すことに、両親が必ずしも肯定的とは限らないであろう。

 しかしその懸念は杞憂きゆうであったようだ。


「お父様からは『将来の夫を支えるのは妻の役目、しっかりやってこい』と背中を押して貰えましたわ!」


「お母上は……?」


「お母様は『これを機にしっかりとヤマトさんの御心みこころを捕まえて来なさい』とおっしゃっていました!」


 ミユキは目を輝かせ、ヤマトを真っ直ぐに見据えて答える。

 『この親にしてこの子あり』という言葉は、こういう場面で使って良いものだろうか……などと、つまらぬことで若者は少し迷う。

 とはいえ、あの寛大なミユキの両親の顔を思い起こすと、合点も行くのである。


「ワタクシたちは、両親公認の仲なのですから、何も心配には及びませんわ」


 確かに、立花家におけるヤマトの評価は過大とも言える領域に達している。

 しかしながらミユキとその両親の、彼に対する絶大な信頼は、過去のとある出来事によって裏付けされている。

 その事情を知っているからこそ、ヤマトはこの少女の想いを無碍むげには出来ない。


「わかった。何はさておき、ミユキに協力してもらえるのは有難いよ。僕に力を貸してくれ」


 ヤマトはミユキに協力に対する礼を述べ、その手を差し伸べる。

 すると少女は、驚きに目をしばたかせてから、ジッと幼馴染の手を見つめる。それからゆっくりと、幸せそうにヤマトの手を握った。


「驚きました。正直なところを申し上げますと、旦那様はワタクシを連れて行くことを、もっと躊躇ちゅうちょなさると思っておりましたの」


 ……それは確かにその通りである。

 実際、セルマやナガラとのやり取りのあとでなければ、きっと彼はこれほどすんなりと承諾してはいなかったであろう。


 幼馴染のこの少女を戦場に伴うことを。

 ミユキを危険に晒すことを。

 もっと躊躇ためらったに違いない。


 しかしそれはやはり、彼の一方的なエゴなのだ。相手の気持ちをかんがみず、自分の気持ちだけを押し付けているのだと言われてしまえば、返す言葉がない。

 そして自分の考える『危険から遠ざけること』が、相手を大事にしているのかと問われれば、必ずしもそうではないかもしれないのだ。


「旦那様は、いつもシッカリとワタクシのことを考えてくださっているのですね。とても喜ばしく思います」


 ヤマトの心情の変化に、ミユキも気付いたのだろうか。僅かに戸惑いの色を浮かべながらも、そうキッパリと言ってのける。


「そしてワタクシは、旦那様が必要としてくださることが何よりも嬉しいのです」


 その言葉の意味するところは、ややいびつな感情の表明にも思える。

 しかしながら彼女としては、ヤマトが真正面から向き合ってくれたことが嬉しいのだ。そして何より、自分を受け入れてくれた彼の発言が喜ばしかったのかもしれない。


 少女は頬を朱に染め、喜びを押し隠すような表情で、長い横髪を右手で弄っている。それはミユキが、上機嫌なときに行うクセであることをヤマトは知っている。


 ……とはいえ、心境変化の直接的な原因がセルマの発言であったと知れば、少しばかり彼女は気分を害するかもしれない。そう思うと、若者は内心わずかに動揺せざるを得ない。

 そしてこの事実は、このまま墓まで持っていくことにしよう、などとよこしまな考えを脳裏に巡らせる。


「旦那様。ワタクシには何がキッカケであったかなど、関係ないのです。一緒に連れて行ってくださるのでしたら、それで良いのです」


 そう言って、にこやかに笑う少女を前に、ヤマトはスッと背筋に冷たい汗が流れるのを感じる。

 ひょっとするとこの少女は、先刻までのセルマとのやり取りを、概ね見透かしているのではあるまいか。

 勿論その仔細しさいまで知るすべはないが、大体の事情は察しているのかもしれない。そう思えてしまう。


「申し上げましたでしょう? 大切な旦那様のことでしたら、ワタクシは何でも存じておりますの」


 屈託のない笑顔で、再びそうハッキリと言い放つ彼女に、隠し事は無理なのかもしれない。

 若者は何かを諦めたような笑顔を浮かべてから、力なく頷く。そんな若者の様子を見たミユキは、満足そうな笑顔で頷き返した。

 ヤンデレ、という単純な言葉だけでは言い表せない子にしたい、というのがミユキのコンセプトです。個人的にヤンデレは大好きですが。

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