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第10話 『親友との距離』

「……そうか、監軍か。そいつはお前にピッタリだと思うぞ。上層部も意外と生徒の適性を見ているのだな。少しだけ見直した」


 ヤマトの説明に、ナガラは深く頷く。

 そして、教官たちの判断を高く評価する。


 その物言いは、教官たちに対していささか不敬ではあるのだが、彼にも思うところがあるのだろう。ヤマトはその点について、この場での言及を避けた。


「それで監軍補佐として、俺に来て欲しいということか」


「そういうことなんだ。すまないな、こんな大事なことを頼めるのはナガラしかいなくてね」


 そう言うヤマトの表情は冴えない。

 友人が少なく、補佐を頼める人間が少ないという事実は恥ずべきことである。ナガラはそんな親友を気遣いながら、明るい声で返答する。


「まぁそんな顔をするな。大丈夫、俺が力を貸してやる。手柄を挙げる良い機会だし、正直なところこの話は俺にとって有難いぐらいだ」


 そうキッパリと言い放つナガラは、何とも楽しそうだ。そして少しだけ意地悪な表情をして話を続ける。


「本来こういうことはもっと勿体ぶって、相手に恩を着せるのが定石なのだが……お前みたいに馬鹿正直な人間相手にそれをやると罪悪感が湧くからな」


 ナガラはそう言って、さぞ可笑おかしそうに笑う。

 確かにこういうときは『面倒だけれども引き受けてやる』というていにしたほうが、相手に貸しを作れるだろう。しかし彼は、ヤマトとの間において、そういうやり取りを忌避したのだ。


「それに立場が逆であったら、俺もお前ぐらいしか頼れる相手はいないからな。持ちつ持たれつ、さ」


 そのナガラの言葉に、ヤマトは小さな違和感を覚える。自分と異なり、ナガラには多くの友人がいるように認識していたからだ。彼がその疑問を言葉にすると、やや自嘲気味にナガラは答える。


「そりゃ話したり、適当につるんだりする仲間は沢山いるけどな。でもこうした大事なことを頼める人間となると、お前ぐらいしかいないぞ?」


 表向きは仲が良さそうに見えても、案外そういうものなのだろうか。

 ヤマト自身には、そうした適当に話したり、つるんだりできる仲間がそもそもいないので、どうにもその辺りの感覚は掴みづらい。


「表面的に仲が良くても、腹を割って話せる訳ではないからな。お前今日は口臭いんじゃね、とか鼻毛出てっぞ、とか。そんなつまらん事柄すら口にするのははばかられる関係でしかない」


 伝えてあげたほうが、間違いなく当人のためになるにも関わらず、それを気軽に指摘できる相手というのは存外少ない。

 そうしたことを、相手に恥をかかせぬよう、そっと伝えてあげられるのは、大抵の場合身内であったり、気の置けない間柄であったりする。


 そしてヤマトは、普段からナガラ相手に歯にきぬせず話しているという自覚がある。

 逆説的に言うと、つまらぬ気遣いを必要とする仲間というものに価値を見いだせないからこそ、ヤマトは友人が少ないのかもしれない。


「それにしても、お前がセルマちゃんを連れて行く決心をしたとはな。二人の仲は着実に進展しつつあるということか」


 急に話を振られたセルマは、頬を赤くし、上目遣いでヤマトを見つめ、少し恥ずかしそうにしている。

 それを見たナガラは茶化すように、ヤマトの脇腹をつつく。


「大切なものは仕舞っておくだけじゃ駄目ってことだ。セルマちゃんの気持ちも大事にしてあげなきゃな」


 何とも知った風な口を利く。

 ……とは言え、親友の言葉にも一理あるため、ヤマトは反論を控えた。


「それで残りの二枠なのだが、当てはあるのか?」


「……え!?」


 親友の言葉にヤマトは僅かに動揺する。

 そして冷静に残り枠を数える。


「……いや、あと三人なのだが」


 自分の計算に間違いがないか確認をするため、単純な計算ながらも、指折り数えるヤマト。しかし、その様子を見てナガラは大層なあきれ顔だ。


「……あのなあ、ヤマト。お前のことだから本気でそう言っているのかもしれないが、少しは状況を考えてみろ」


 ナガラが呆れている原因に、ヤマトはまったく思い至らない。セルマはどうやら察しているようだが、あえてそれを口にしようとはしない。


「今回、補佐として俺とセルマちゃんを連れて行くのだろう。それでミユキの奴を連れて行かないなんてことになったら、冗談抜きで血の雨が降るぞ」


 親友の警告に、ヤマトはいささひるむ。言わんとしていることは分からなくもないが、それにしても血の雨が降る……とは、あまりに大仰過ぎるのではあるまいか。


「でもミユキにも都合があるだろうし……。まだ当人の意思確認も取れていないから、現段階で頭数に組み入れるのはまずいんじゃないのかな」


 ヤマトが慎重論を述べるが、ナガラはそれに畳みかけるように反論する。


「ミユキにとって、お前のことを補佐する以上に優先度の高い事柄がある訳ないだろう。仮に親の葬式を差し置いてでも、お前についてくるぞ」


 ナガラの物言いはイチイチ大袈裟ではあるのだが、頭ごなしに否定できない説得力がある。遠慮のない親友は、なおも言葉による警告を続ける。


「……ひょっとしてだが、ミユキはもうどこからかこの情報を仕入れて、既に上泉邸で待っているかもしれないぞ。心しておけよ」


 そんな馬鹿な……という言葉をヤマトは紙一重で飲み込む。最近のミユキの動向を振り返ると、十分に有り得る事態だと思ったからだ。


「わ、わかったよ。とりあえず残り二人の心当たりを考えてみよう」


 少しばかり青い顔をしながら、ヤマトは話を前へと進める。

 ただ、それに関してもナガラは既に回答を用意していたようだった。


「それなのだが……。ウチのイスズと、お前のところのシナノちゃんで問題ないだろう。これで総勢五人だ」


 ナガラの言葉に迷いはない。

 なるほど、身近なメンバーで手っ取り早く固めてしまうにはそれが一番良いだろう。少しばかり安直な気もするが、割と自然な構成のような気もする。


「イスズなら喜んで来るだろうし、シナノちゃんもツンツンしているけど意外と兄ラブだしな。何の問題もない」


 兄ラブ、という聞き慣れない単語が飛び出し、どうにもその言葉の意味は解さないが、まぁ確かにシナノは何やかんや言いながらも付いてきてくれそうな気はする。


「ただなぁ……。下級生の女の子、しかも妹コンビを戦場に連れて行くのはどうにも気が引けるな……」


 ヤマトが内心を吐露とろすると、それを聞いたナガラは小さく溜め息をつく。親友の性格は把握しているつもりではあるが、それでも呆れたと言った風情だ。


「お前、その考え方はあまりに古風で偏屈だぞ」


 ナガラは少しばかり説教染みた口調となる。確かに今のヤマトの言葉は、あまりに偏狭であったかもしれない。


「イスズは個人戦闘力だけなら校内トップクラス。恐らく俺たちの中でも一番強い。シナノちゃんだって、防御寄りの戦闘スタイルだから目立たないだけで、総合的な白兵戦能力は高いはずだ」


 この辺りの分析は実に的確である。ナガラは情報将校を目指しているというだけあって、その情報収集能力、分析能力は極めて高い。


 今も適当に補佐候補の名を挙げているように見えて、案外練られたうえでの意見なのかもしれない。想定した六人の構成を考量すると、わりと絶妙なパーティバランスに仕上がっている気がするのだ。


「そうだね、僕が間違っていた。ふたりにお願いしてみよう」


 親友の言葉を素直に受け入れ、すぐに考えを改めることができるのは、ヤマトの長所かもしれない。


 さておき、難しいと思われていた五人の補佐官集めに、概ねの目鼻が付いてきたことに安堵する。

 いや、協力者を集めるのが難しいと考えていた、最初の認識がそもそも誤っていたのかもしれない。彼は自分自身が思っていたよりもずっと、人間関係に恵まれていたらしい。


「イスズには俺から話をしておくこともできるが、どうする?」


「いや、明日僕からイスズちゃんに直接お願いしてみるよ。頼む側としては、そうするのが筋だろう」


 そう力強く言い放つヤマトに、もう迷いはない。迫る出陣に向けての心構えも整った気がする。


「ナガラ、色々と有難う。真っ先にここへ来て良かったよ」


 ヤマトは親友に心から礼を言うと、藤林屋敷を去るべく立ち上がる。ナガラも席を立つと、ヤマトに握手を求めてきた。


「まあ、今後ともよろしく頼むわ。色々とイレギュラーの多い案件だが、俺たちなら何とかなるさ」


 何とも気軽に言ってのけるナガラの表情は、上機嫌なことこの上ない。

 この不遜な親友は此度の討伐行を、手柄を挙げる良い機会としか考えていない節がある。戦場に赴く不安など、微塵も感じさせない。


「あれ、ヤマト。どこに行くんだ?」


 帰宅しようと玄関へと向かうヤマトに向かって、ナガラは不思議そうな様子で訊ねる。ヤマト当人も、親友の言葉の意図が掴めず、首をかしげて振り返る。


「何って、自宅に帰るんだけど。玄関はこっちで良かっただろう?」


 そのヤマトの言葉を受けて、ナガラは愉快そうな表情でプッと吹き出す。


「お前、まさか真正面から来たのか? どうりでセルマちゃんに濡れた痕跡があった訳だ」


 さぞ可笑しいと言った様子でナガラは笑いだす。


「そういや面白いかと思って、お前には伝えていなかったな。勝手口を通って、裏門から出ればトラップは一切ないぞ。家族もそこしか通らん」


「…………」


 ナガラの言葉を聞いたヤマトは、鞘の付いたままの脇差を無言で腰から引き抜くと、ナガラの頭をコツンと叩いた。不意に小突こづかれた悪戯好きの忍者は、大袈裟に患部をさすると僅かに苦笑する。


「痛ぇな、まぁ悪かったけどよ」


「これはセルからの分だから、甘んじて受けておいてくれ」


「そうか、そういうことなら仕方ねえな」


 そんな他愛もない軽口を言い合ってから、ふたりして声を出して笑う。

 この憎めない親友とであれば、今回の討伐行も何とかなるのではないか。ヤマトにはそう思える。


 監軍にとって重要なのは情報収集だ。それを得意とする仲間を得た、という直接的な理由もあるのだろう。今のヤマトは、とても晴れ晴れとした心境を得ることが出来た。

 しかし何より彼を元気付けるのは、本音をさらけ出せる親友が側にいてくれるという事実であるのかもしれない。

 気付いている方も居られると思いますが、現時点でヤマトがナガラのことを想っているほどには、ナガラがヤマトを信頼している訳ではありません。今後、この二人の関係がどのようになっていくのか、楽しみにして頂けますと嬉しいです。

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