捜査の壁と松田権造
佐久間が藤堂要のパソコンを捜査二課に預けること、二ヶ月が過ぎ、朧気ながら着実に証拠が出始めた。
国本明美がバイヤーとして浮上し、藤堂要と共同で運営しているサイトも判明するとともに、サイトで得た収益は暴力団組織に流しているところまで浮き彫りとなってきた。
捜査一課の意見も取り入れた捜査二課は裁判所から国本明美の家宅捜査令状を取り寄せ、いよいよ明朝五時にガサ入れしようと、一同を介した捜査会議を行なっていた。
「・・・が現状である。何としても国本明美のパソコンや現物を押収して、裏で操っている暴力団組織まで捜査着手したい。明日は、国本明美のアパートを正面と背面を約二十名で取り囲み、・・・」
捜査二課の捜査会議を傍聴するため佐久間と山川は一番後方の席に座っていた。
山川は、小声で佐久間に話掛ける。
「警部、しかし何ですな?我々一課の捜査を二課に横取りされた感が否めませんが・・・」
「仕方がないよ、山さん。殺人そのものの強行犯捜査は一課の範疇だが、知能犯分野は彼等の範疇だ。ここは二課のやり方に黙って協力しようじゃないか?」
その時である。
「役人が、コソコソ小物を狙っているようだな?」
捜査会議室のドアが開き、二課長の片寄の背後に、七十歳は超えているであろうか?老人が部下を引き連れ、姿を現わす。
「誰だよ、あんた!捜査会議中だぞ」
田中が、席を立ち上がり無礼な発言をする老人にぶっきらぼうな返事をした。
片寄は仕切りに目でウインクするが、田中には通じないようだ。
「警部、あれは、もしや前に話した都議会議員の松田権造では?」
「ああ。片寄課長に案内させられることが出来るのは、議員だろう。ということは、一番後ろの男は公設秘書か?」
松田権造は、片寄課長の肩に手を置くと片寄の前に立ち、田中にこう告げる。
「お前のような頭の悪いガキは、儂の権限でクビだ。ましてや、儂のことを知らんようでは、都の治安は守ることなど出来まい。辞表を書くか、懲戒免職が良いか好きな方を、せめて選ばせてやるぞ?」
田中は、激怒した。
「な、何を寝言ほざいてやがる爺さん?それとも、ボケているのか?課長、誰ですか?寝言ほざいてやがる爺さんは?」
片寄は松田権造の顔色を確認しながら、全員に対して説明する。
「こちらに居られるのは、都議会議員の松田権造議員だ。我々捜査二課の会議を傍聴されたいと要望がありお連れしたという訳だ」
それを聞いた田中は、自分の失言の重さにようやく気がつき、ガタガタと震え下を見たまま、着席しようと右手でイスを持った時、松田権造は追い打ちをかける。
「おい、小僧。誰が座って良いと言った。お前はクビだよ?速やかに会議から離脱しなさい。それとも課長に迷惑を掛けるつもりか?」
片寄は、黙っている。
田中は、片寄に助けを求めたが目を合わせない。
他の同僚も下を向いて顔を上げず、その場が嫌な重たい空気で満ちている。
「議員、余興はその辺で勘弁してあげてください。捜査会議中です。捜査官に対する罷免権限は都議会議員にはありませんよ」
全員が声の出どころに注目する。
「誰だ、貴様は?」
「捜査一課の佐久間と申します。議員の活躍とお力は十分ご理解したうえでの発言です」
「ほう?儂の何を知っている。場合によってはお前もクビだぞ?」
全員が佐久間に注目。
「平成元年に区議員初当選。平成五年より都議会議員へとランクアップされ、次回からは国政に討って出られる期待の政治家です。議員の山谷改革論や新宿歌舞伎町の健全化論は刮目いたしました。なかでも著書の『列島富国強兵』は中々考えさせられますよ。田中角栄元首相の列島改革をベースに発展した文化と構造物は軒並み、若者の利用価値意識変革に伴い、考えを正す必要があることを説き、新たな構造物を作るよりも既存のものを大事にいかにコストを抑えて修繕していくかについてまで言及している。日本の存在価値を高めてくれるバイブルとなるでしょう」
松田権造の表情が一変した。
「ほう!儂の著書をそこまで細かく読破したのか?こんなところに儂のファンが。公務員の鏡じゃな、片寄くん。奴は?」
「捜査一課の佐久間警部です。警視庁切っての敏腕刑事です」
「だろうな?周りの者と空気や存在感が全く違うわ。儂に対する発言や言葉の重さも違う。佐久間警部と言ったな?何か儂に言いたいことがあるのか?」
佐久間は起立すると、課員たちにカーテンを開け、部屋を明るくするよう仕草をした。
会議室は、一瞬で陽の光を取り込み、先ほどの淀んだ空気が、少し明るい空気へと変わる。
「松田議員。松田議員に取って、小物と思われる者の逮捕がやがて大きな成果となり得るかもしれません。一つの犯罪でも多く解決することが、国家公務員の責務です。政治家がその気になれば一日で済む超法規的処置も我々にはその権限がないため、何ヶ月も掛かり、見た目歯がゆく思えるかもしれませんが、ご理解頂きたい。また、我々を率先し導いてくださる政治家を知らぬとは都内で勤務する公務員としては失格です。徹底的に再教育しますので、今日のところはご勘弁ください」
松田権造は公設秘書の顔を一瞬見て、公設秘書は目で松田権造と会話した。
「ならんと言ったら?」
「最大規模の抵抗をします」
「どんな?」
「知識には知識。言葉には言葉。力には力。権限には権限を使用する方策を取るということです。それしか、自分の身が守れません」
十秒間、松田権造と佐久間は互いに無言のまま、見つめ合う。
「フッ、佐久間と言ったな。面白い奴だ。お前は見どころがある。警部が嫌ならいつでも、儂のところまで来い。一流の政治家にしてやるぞ。それと、他にも儂の著書は販売されているから、見ておくが良い。・・・不謹慎な小僧の教育は任せよう」
「・・・はっ、承知しました。スグに読ませて頂きます」
「片寄課長。捜査会議の邪魔をしてすまなかったな」
「いえ。お越しくださり恐縮です」
松田権造は笑いながら去っていった。
念のため、松田権造が庁舎から出るまで誰も発言は控えていたが、庁舎から去る姿を確認すると、ドッと会議室内の空気が和んだ。
片寄は、田中の頭を軽くこつく。
「田中、お前は空気読めよ。普通、私の背後に爺さんがいたら、私の立場より上が来たと思うもんだ。佐久間警部のフォローがなければ、本当にクビだったかもしれん」
田中は、佐久間に深く頭を下げた。
片寄も、佐久間に謝罪する。
「またしても、一課に借りが出来たな。お前さんの立場まで危うくしたこと、課としても申し訳ない。・・・許せ」
「課長、お世話になっているのは、一課も一緒ですよ。それに、私が止めなければ課長が止めてくれたはずです。少々出過ぎました。申し訳ありません」
その後、捜査会議は無事に終了し、明朝に備え解散となった。
「警部、松田権造は何をしに捜査会議に来たんでしょうか?」
「・・・藤堂親子に関係していると踏んだか、我々捜査情報がどこからか漏れたのかも知れない。それか、白骨死体をニュースで知って、捜査の手が自分にまで届くのか探りを入れに来たのかも知れないな」
「とりあえず、明日は捜査二課のお手並み拝見としますか?」
「そうだね。拝見することとしよう」