かすかな証拠
佐久間は、藤堂政宗の白骨死体が科警研から科捜研に戻ってきたと聞き、第二化学科にいる氏原の元を訪ねていた。
無論、白骨死体ではなく身に付けている衣服に何か特徴や証拠が隠れていないか確認するためである。
佐久間は、氏原に衣服についた繊維やポケットの中まで念入りに調査するよう依頼しており、氏原もまた佐久間の性格を熟知しているだけあって、対応は早かった。
「よう、来る頃だと思っていたよ。ドンピシャだ」
「その顔は手掛かりが見つかったな?」
「これを見てくれ」
氏原は、佐久間にほんの数センチだろうか?革の切れ端を見せる。
「・・・これは?」
佐久間は実際に手に持って観察するとある物に気がつく。
「これは・・・。あまり良い物ではないな」
「察しの通り、偽ブランド品の革切れだ」
「可能性は低いと思っていたが、これを藤堂政宗が持っていたということは、息子の商売か本ボシの手掛かりだろう。死ぬ間際、咄嗟に隠したに違いない。氏原、詳しいデータはとれたか?」
「ああ。これはグッチかヴィトンだ。 七年前といっても、藤堂政宗はすでに五十七歳。パソコンに疎くネットでは捌けまい。つまり、息子が商社を隠れ蓑にして、ネットで売りさばいていた可能性があるよ」
「わかった。捜査二課経由でどこのプロバイダー経由かとサイトを割り出そう。管理者権限があるかは不明だが、足取りを追えるかもしれない」
氏原は一つだけ佐久間に進言する。
「なあ、佐久間。仮に藤堂要が偽ブランド品の販売をしていたという証拠があるとしたら、国内でなく中国を経由していたり、国内なら何重にもサーバーにトラップを仕掛けているかもしれない。組織ぐるみと思え。ヤクザやマフィアが裏にいるとしたら、非常に厄介なヤマになると思うぞ。大手商社では、間違っても社内パソコンからは足がつくから、やっていないだろう。都内のネットカフェか自宅の線が強い」
「そうだな。単独犯としては荷が勝ちすぎる。ひょっとすると藤堂千秋もかんでいるかもしれないが、あまり自宅に帰っていなかったみたいだから、藤堂千秋が嘘をついているか、ネットカフェが濃厚かなぁ」
「慎重にな。ネット犯罪は逃げられやすいからな」
「ああ、ありがとう。肝に命じておくよ」
佐久間は氏原から報告データを貰うと捜査二課で、知能犯捜査として捜査協力を得るため課長の片寄に相談した。
「・・・ほう?七年前の証拠が見つかったのか?協力は惜しまんが、少し時間的な猶予が欲しい。どのような答えを期待する?」
「出来れば、偽ブランド品を藤堂要がどのサイトを経由して売りさばいていたのかを把握したいと思います。当然、売りさばくには単独では難しいでしょう。仕入れ役などを考慮すると複数の関係者が出てくると思います」
「なるほど。この報告書からすると、藤堂要は大手商社勤めか。中国か台湾か外国で安く製造させたものを日本で売りさばくには、商社で培ったノウハウが必要なのかもしれん。当たれるだけ、当たろう」
「・・・お願いします」
「なぁに、お前には以前、うちの吉村や田中が迷惑を掛けたからな。きちんと協力するさ」
佐久間は片寄に頭を下げて捜査二課を後にした。
(これで捜査が一歩前進するだろう)
捜査二課へ捜査協力をした佐久間は、庁舎を出て、大手町の商社に向かう。
受付の橘は、佐久間をよく覚えていたようで佐久間が受付をお願いする前に内線で橋爪を呼んでくれたのだ。
「すみませんね、橘さん。助かりますよ」
「とんでもございません。直ぐに橋爪は参るそうです。ご案内いたします」
「いや、今日は店外で話を伺いたいので、ここで待っていますよ」
橘は、ニコッと笑顔でうなづく。
橘が話した通り、橋爪は直ぐにやって来た。
「どうしました、警部さん?」
「藤堂要さんのことで、新たな事実が判明したので、ご報告をと思いまして。・・・出来れば店外の喫茶店で如何ですか?」
「わかりました。では、美味しいコーヒーがある店を案内しましょう。ついて来てください。橘さん、私は三十分程打ち合わせで外出したと課に連絡しておいてくれるかな?」
「はい、かしこまりました。伝えておきます。いってらっしゃいませ」
橘に挨拶しながら、橋爪について行く。
「いつ見ても、彼女の対応は感じが良いですね。仕事も出来るでしょう?」
「やはり、わかりますか?あの子は受付で入社したんですが、時々ウチの課で仕事を任しています。その内、受付でなくなりますよ。商社営業が天職となるかもしれません。あっ、ここです」
「この店は入ったこと、まだないな?」
橋爪オススメの喫茶店は、レトロ造りの味わい深い建物内にあった。
座席数は二十程で、客席仕切りに観葉植物がよく考えられた置き方で違和感がなく、ちょうど良い音量でクラシックが流れている。
「橋爪さん、この店のオススメは何でしょうか?」
「ブルーマウンテンも美味しいですが、ウインナーコーヒーが抜群に美味いです」
「そうですか。ではウインナーコーヒーを。今日は私がご馳走しますよ。捜査協力として出させてください。マスター、ウインナーコーヒー二つください」
コーヒーを待つ間、佐久間は橋爪と他愛もない会話をし、場を繋ぐと橋爪もそれを察して藤堂要の話題は避けた。
ウインナーコーヒーが届き、一口飲んだ佐久間は、キレのある美味さに心底驚愕する。
「これは、美味い。捜査で全国回るんですがウインナーコーヒーがここまで美味い所は初めてです。これだけでも、本日来た甲斐がありましたよ。これは、お代わりですな」
「・・・良かったです。そろそろ、お聴かせ頂けますか?」
佐久間は、ウインナーコーヒーをもう一杯お代わりを橋爪の分まで注文してから、話始める。
「あまり、大きな声で言えませんが藤堂要さんは副業で偽ブランド品を転売していた疑いがあります。・・・父親の遺体ポケットから偽ブランド品の革部分が出て来ましてね」
「ーーーー!藤堂要の父親が見つかったんですか?」
「ええ。台風三号で決壊した護岸から白骨死体が見つかり、科警研でDNA鑑定した結果、藤堂政宗であることがわかりました」
「科警研?・・・テレビではよく科捜研が放映されていますが、架空の団体なんですか?」
佐久間は微笑しながら、答える。
「いえ、ちゃんと実在します。殺人事件などで鑑識官が捜査するんですが、その場で判断つかないものは、科捜研で鑑定します。科捜研でも判断つかないものは科警研に送られ継続鑑定を行います」
「はあ、そういうものなんですか」
「ところで、私は藤堂要について先ほど偽ブランド品について話しました。あなたは、偽ブランド品転売よりも、藤堂政宗の発見を驚かれた。・・・藤堂要の偽ブランド品転売について何か知ってるのですか?」
橋爪は、佐久間の読みに感心する。
「さすがに百戦錬磨の警部さんです。ええ、少しだけ私も藤堂要の偽ブランド品転売について知っていると言うより、疑っていました。会社メールでのことです。一度だけ、藤堂要が送信先を誤り私に送ってきたことがあったんです」
「ほう。なかなかしないミスですね」
橋爪は静かにうなづく。
「はい。初歩の初歩です。そのメールには当社で取り扱いのないブランド品転売情報がありました。それを見た私は一目で、偽ブランド品と見抜きましたよ。見て見ぬフリをしてやりましたが」
「そこだけが腑に落ちません。気付いて何故止めないんでしょうか?」
「・・・我々商社も綺麗事だけでは商社が成り立ちません。時には顧客の契約をライバル会社に取られぬ為に、法スレスレのことだってやる。偽ブランド品転売も顧客価値の為に少しだけお手伝いしたと解釈しました。・・・見て見ぬフリも時には必要なんです。我々民間が生き残るためにね」
「そうですか。民間はやはり大変なんですね。ちなみに当時のデータは残っておりますか?」
「いえ。その場で完全にデリートしましたから残っておりません。申し訳ありませんが」
「わかりました。失礼を承知でお尋ねしますが、組織的に行われたと思いますか?組織的にというのは、あなた方の商社という意味でなく、転売が複数人で行われたかどうかという意味でです」
橋爪は、質問を自分の身に置きかえ考えてから、回答する。
「私が藤堂要であれば、最低国内に一人同志を置いて商売します。もちろん、モノは中国で生産します。国内では足がつくし、何と言っても物価や賃金が高く採算が取れないからです。つまり、この手のノウハウがあれば、僅か二名の日本人とパソコンで商売が出来るという結論になります。・・・無論、ノウハウこそが一般人には無理なんですが」
「・・・明快な回答感謝します。参考になりました。藤堂要が偽ブランド品転売に手を染めていたとしても、あなたの言うとおり顧客価値を高めるものだったかもしれません。しかし、そこから解決の糸口がわかるかもしれません。いつもそうですが、雲を掴むような状況から少しずつパーツを揃えて、証拠とし、やがて本ボシに辿りつく。それが、捜査なんです」
「・・・我々商社には、商社の者でしかわからない苦悩と葛藤があります。警部さんも同じだと良くわかりました。・・・藤堂要のパソコンを提供しましょう。役に立つかわかりませんが」
「・・・申し訳ない」
「一言だけお願いがあります」
佐久間はうなづく。
「あなたの好意を仇で返すつもりはありません。商社の名前は出しませんよ」
「・・・つくづく、あなたと同じ舞台で仕事をしてみたいですよ。藤堂の仇を、どうかお願いします」
「はい。わかりました」
こうして佐久間は、藤堂要のパソコン入手に成功し、捜査二課に追加解析を依頼することにしたのである。