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潮騒のうた 〜佐久間警部の抵抗〜  作者: 佐久間元三
古き記憶
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学生たちの謳歌

 七月八日。


 佐久間と氏原は、千葉県柏市柏の葉にある科学警察研究所を訪れた。


 科捜研第二医科法医第二係では、最先端のDNA鑑定が出来ないため、捜査一課長経由で、最速で行うよう依頼したのだ。


 国道十六号若柴交差点を、流山方面へ入り再開発エリアを進んだ区域に入ると佐久間は渋滞を抜けたことに安堵の息をついた。


「しかし、柏の葉は混むんだね。まるで都内と一緒じゃないか。柏インターから五キロメートルも離れていないのに、こんなに渋滞するとは夢にも思わなかったよ」


「柏市はいつも混んでいるよ。千葉県の中では大きな街だからな。戸建ても中々高いと聞くぜ。さっき通った住宅展示場なんかは五千万円台だったよ」


「都内と変わらんじゃないか?」


「ああ。科警研もリッチな所にあるもんだよ。科警研の最先端技術が我が科捜研にもあればな。わざわざ警視庁から出張しなくても事足りるんだが」


 佐久間は微笑した。


「なんでも科捜研で出来てしまえば、科警研の存在意味がなくなってしまうよ。まあ組織あっての我々だ」


「そうだな。そろそろ着くぞ、科警研だ」


 緑豊かな地に囲まれ、独特な雰囲気を持つ建物が科警研である。


 科捜研から科警研へ今回依頼するものは、藤堂要と白骨死体がDNA鑑定で親子か否かである点と藤堂要の詳細解剖である。


「まず生物第二研究室に行って白骨死体の個別識別を依頼した後に生物第四研究室でSTR型検査とミトコンドリアDNA検査を依頼する。三週間ほどでわかると思うよ」


 氏原はやや緊張しながら、小声で佐久間に検査の説明をしながら廊下を歩いて案内し、生物第二研究室のドアの前に来ると歩を止めて、深呼吸する。


「すぅーーはぁーー。・・・よし行こう」


「お世話になります。科捜研です」


 独特な雰囲気を醸し出す空間に佐久間たちは入った。


 薬品の匂いは、科捜研と同じであるが知らない空間のせいか、酷く気が落ち着かない。


「科捜研さん?警視庁捜査一課長さんから話は伺ってますよ。このクソ忙しい時に割り込みで検査依頼とは、よほどの事件か裁判で使用するかですか?・・・まぁ良いですが、検体は?」


 全身白衣の男は、ぶっきらぼうな態度で氏原から検体を受け取ると、クルリと背を向け、早速検査の段取りを開始。


「よろしくお願いします。結果は科捜研氏原までお願いします」


「・・・わかってますよ。説明不要」


 氏原は少しカチンときたが、軽く頭を下げると佐久間を連れ、そそくさと研究室を後にした。


「なっ?佐久間。俺があまりここに来たくない理由わかるだろう?あんなんばかりじゃあないんだぜ?・・・いつも奴に当たるんだよな。好き嫌いで仕事しちゃいかんが、奴だけは好かんよ」


「・・・ああ。彼には捜査一課として、お礼言うのを忘れたよ。言ってきた方が良いかな?」


 氏原はクビを横に振る。


「やめておけ。奴は研究の邪魔をされることが嫌いだ。ただ黙って任せておけば良いさ」


「全体でものを見れば同じ組織なのにな。少し寂しい気がするよ」


「政治の世界と同じだよ。どの党も他党の足を引っ張ることしかしない。もう、いがみ合っている時代じゃない。良いものは良い、悪いものは悪いと素直に国会開催時に認めてみろってんだ。他党を互いに認めて存在価値高めてみろ?国家は盛り上がるし、国民ももっと意見を言うし、マスコミも世論をあげるってもんだ。そうなれば、国の行く末は明るい。世界だってそうだ。自分たちの国益だけじゃなく、本気で損得なしに全世界で温暖化対策しないと、次生まれ変わった時に地上に住めない環境かもしれん」


「・・・随分と話が飛躍したが、言いたいことはよくわかるよ。・・・例えばだ。今日本が、拉致問題など恨みを忘れ、北朝鮮に対して究極の支援を行い飢餓を救い、国を助ける姿勢を見せた時、北朝鮮問題は一気に態度を軟化して解決するんじゃないか?社会主義と民主主義の点で大きな思想問題は出るがだ。・・・しかし、世論がそれを許さないから政治家は口にすることはしないがな」


「ああ。それくらい大胆な発想が世を救うことになるかもしれない。佐久間、お前政治家にならないか?少なくても、俺と千春ちゃんは投票するぜ?」


「やめてくれ。私にはそんなチカラはないよ。・・・でも江戸幕府から明治政府に変わろうとする時代、維新の志士たちは、志がみんな高かったんだろうな。くだらない駆け引き抜きで、この国を正義で守ろうとした。せめて我々だけでも後輩たちに誇れるように襟を正さなければね」


「・・・そんな真面目な答弁、今の政治家に聴かせてやりたいな。お前たちより、この国の行く末を案じている一国家公務員がここにいるとね?」


「やめてくれ。帰ろう、東京へ」


 二人は足早に科警研を後にすることにしたのであった。



 〜 東京、明智大学 〜


 東京都港区白金台。


 高輪地区総合支所管内に属する地域であり有名な私立大学が多いこの地には、地名に憧れ住む若者も多い。


 臨海地区や新宿、原宿などへのアクセスにも優れ芸能人も活動拠点にすることも見受けられる。


 都会の真ん中で豊かな自然と融合した由緒ある大学に入学した学生たちは誇りを持って母校と呼ぶだろう。


 そんな環境下で、日常を送る学生たちを世間は羨望の眼差しで見がちであるが、実際の学生はそれ程でもなさそうだ。


 十時四十五分。


「おはよう。もしかして、第二限は休講?」


 大友一平は、ボサボサ頭を掻きながらエントランスの掲示板を見ている三谷公平と津田香織に声を掛けた。


「おはよう。東教授、体調不良で急遽休講だそうよ。・・・あら、随分とラフね?こんなに暑いのに重ね着?」


「ん?・・・いけね。下はパジャマだ。はぁぁーーあ。夜中遅くまでゲームして、気がついたら九時過ぎてた。慌てて来たのに!休講なら昼まで眠れたじゃん!」


「相変わらず、無精だな」


「同棲カップルに言われたくないね。お前たちはイチャイチャして、朝から運動か?お風呂も一緒。違うか?コンチクショウめ」


「・・・お前な?」


「あら、よくわかるわね?」


 大友一平は、あっけらかんな津田香織の明快な即答に逆に顔が真っ赤になってしまう。


「朝からご馳走さま。なぁ、二限目休講なら早めに学食行かないか?腹減ったよ」


「ああ。いいよ、香織は?」


「この時間なら、A定食混んでないから良いかもね。行くわ」


「そうこなくっちゃ!」


 三人は、石畳みで出来た通路を歩き、レンガ造りの学生食堂に入った。


 十一時前だというのに、既に食券販売機には六人程、列を成している。


「どこへ行っても並ぶのね。いつになったら人口減るのかしら?」


「大袈裟すぎないか?忍耐力をこの学び舎で覚えたまえ」


「やめてよ」


「一平。香織のやつな、この前東京ディズニーランドに行った時に、スペースマウンテンで九十分待ちで乗ったところまでは良かったんだけれど、その後スプラッシュでまた九十分待ちと知った途端、不機嫌になって帰るって言い出したんだぜ?」


「それで、もしかして?」


「ああ。・・・見事に帰りました。たった一つだぜ、乗ったの。入場料高かったのにさ。バイト料が儚く消えたよ」


「何よ!その分、夜はサービスしたわ!」


「そんな話は、一平にしなくても」


「はいはい。夫婦ケンカは何ちゃらね。ほれ、食券販売機空いたぞ」


 三人で、A定食を頼み他の学生たちと同じテーブルで食べることは避けて、暑かったが外の席を選んだ。


 一つだけ、木陰の席が空いたので三谷公平は津田香織の機嫌を取るべくエスコートし、そのやり取りを大友一平は呆れた様子でぼんやりと眺めていた。


「ん?どうした?」


「いや、君たちの将来を垣間見てた」


「ヤダ、将来?・・・どんな?」


「・・・子供をあやす香織。そんな香織に気遣う公平。時にはミルク、時にはオムツ、時には夜通しの抱っこ。しかも子供は中々眠ってくれず、抱っこのし過ぎで右手が腱鞘炎にかかってる」


「凄えリア充だな?っていうか発想力半端ねぇよ、一平は?」


「当たってるかもよ?まぁ、公平が私に見捨てられない限りはね?」


 三谷公平は、思わず目が泳いだ。


「・・・まさか、コンパ行ってないよね?」


「・・・多分。なっ、一平?」


「ああ。行ってませんよ。公平さん」


「あんたら!・・・まぁ良いわ、食べましょうよ」


 三人は、いつもこんな調子で構内にいる時は過ごしている。


「あと四ヶ月かぁ。どのゼミ入る?なるべく楽な卒論選びたいんだけどさ。・・・でも、何でウチの大学は卒論時期早いのかね?普通、四年になる頃か、四年になってからじゃないのかね?」


 大友一平は不平を口にする。


「就職活動とダブるからよ。そんなこと一々気にしない。私と公平は、勿論、秋山先生の心理学。愛をテーマにするの。どうしたら人は愛を継続させることが出来るかってね」


(ぐへぇーー)


 三谷公平は無表情で、定食を食べる。


「嫌なの?・・・愛を追求したくない顔ね?あなた、私の身体だけが目的だったのね?ああ、そうですか?・・・今夜してやんないから」


「いやいや、香織ちゃん違いますよ。ほら、男と女は同じ心理学でも答えは違うから。難しいテーマにするんだなって」


 大友一平はクールな名言を放つ。


「人の心理はわかるようでわからない。大衆心理はある程度はわかる。しかし、本質はやはり図りかねない、それが心理学。または、わからないということがわかるのが心理学」


 三谷公平と津田香織は顔を見合わせた。


「何か凄いな!らしく聴こえたよ」


「一平も心理学専攻するの?」


「秋山先生、オッパイ大きいからね」


「はぁーー?あんた、それだけで専攻する気?・・・呆れた」


「何とでも言え。人は何がきっかけで得意分野を開拓するかわからんのだよ」


「・・・確かに。大きいもんな」


「もう。男って、本当に馬鹿ね」


「・・・ロマンだ」


「そう、ロマン。香織、お前は既に二つ持っているからわからんのだよ。ある奴にはない奴の心理はわからん。これも、心理学」


「もう。二人とも真面目に卒論しなさいよ。それより、来年就職活動どうするの?」


「まだ決めてない」


「俺も。・・・ユーチューバーかな?」


「何ヒカキンみたいなこと言ってるのよ?彼らの日常見たことないの?芸能人ばりに大変なのよ?現実を見なさい」


「いや、現実ってそんなに社会まだ知らないから。そんな香織はどうするの?」


「・・・花嫁修行・・かな?」


 さすがに三谷公平は、これを拒否。


「いやいや香織さん。就職はしようね?」


「どういう意味よ」


「まだプロポーズしてないし、結婚はあと五年以上ないと思うし?」


「誰が公平とすぐに結婚するって言ったのよ?」


「・・・違うの?」


「花嫁修行って言ってもね、色々あるのよ?料理教室に通うだけじゃないわ。私はね結婚しながら出来る職を選び、お金を稼ぎながら将来のプランも立てるの。深いんだから」


「参りました。さすが香織さん」


 三谷公平と大友一平は、頭を下げる。


「わかればよろしい」


 人生で一番、学生生活を謳歌する三人であったが、数ヶ月後、人生が激変し、捜査一課の佐久間と出会うことなど、この時点では誰も知る由がなかった。

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