七夕の夜 2
七月七日、二十時。
科捜研から、警視庁安置室に藤堂要の遺体は搬送され、佐久間から連絡を受けた藤堂千秋は変わり果てた旦那と約四日ぶりに対面した。
藤堂千秋は、取り乱すことなく藤堂要の顔を両手で撫でると一言だけ言葉をかける。
「短い人生でしたが・・・本当にお疲れ様でした」
あまりにも堂々とした締めの言葉に佐久間もどう声をかけて良いか正直わからない。
「刑事さん。お世話になりました。ウチの人、結婚しても仕事、仕事でほとんど家に帰ってきませんでしたのよ。私は短大出たての二十歳でこの人と一緒になりました。でも、お義父さんが行方不明になるまで、はじめの三年はお義父さんの面倒ばかりみてました。ちょうど七年前のこの日、お義父さんは行方不明になり、それからはほとんど私一人の孤独な生活です。・・・子供は当然出来ないし何で私この人と結婚したのかしら?・・・あまりにも、この人との思い出がないんです。・・・正直、刑事さんから連絡貰っても悲しみがこみ上げてこないんです」
言葉がない。
「ウチの人は、やはり殺されたんですか?」
「はい。大雨の中、事故に見せかけた他殺に間違いないと思います。あまりご主人は帰宅されないようでしたが、何か思い当たる節はありませんでしょうか?お義父さまとの関連でも結構です」
藤堂千秋は、七年前のことを少しだけ口にする。
「七年前、当時の刑事さんにもお話していますが、商社に勤めている主人は仕事の関係上、常に誰かと裁判で争ったり、恨みを買ったり、危害を受けていました。義父は、主人が当時、誰かに危害を受けるのを阻止しようと弁護士に相談していたんです。ですが、七夕の夜、打ち合わせに行くと街へ出たきり弁護士と姿を消してしまったんです」
「弁護士と二人失踪したと?」
「・・・はい。当時、利害関係者の仕業と警視庁は判断し、思い当たるところは全て当たってくれましたが証拠不十分で捜査は進展せず、迷宮化となっています」
「そうですか。お義父さまが行方不明になってから、ご主人は苦労されていましたか?」
「それが、義父が行方不明になった日から危害もピタッとやみました。・・・義父が、あまり考えたくなかったのですが、全部清算して、あの世に行ったと勝手に思ってます」
「ご主人とはその話をしましたか?」
「はい。主人は自分の手で必ず父親を見つけ出し、犯人を粛正してやると息巻いていました。でも、こんな事になるなんて」
「当時、どんな人物と接触していたか何かわかるものは?」
「探してみますが出てくるかわかりません。見つけ出したら提供しますわ」
藤堂千秋は、もう自分の人生は終わったものと佐久間に告げると静かに去っていく。
自分の未来が見えなくなったのか?
それとも、旦那の死は楽しくもない人生を生きてきての延長なのか?
死人のごとく、旦那の死に動揺しない姿は、何か裏があるのかと疑わざるを得ない。
(商社にとってライバル関係の者が犯行に及んだ?・・・しかし、それでは足がすぐについてしまう。今回の犯行と父親の事件、両方で一つの事件かもしれないな)
「谷後。しばらく藤堂千秋の動向をチェックしていてくれ。藤堂要の死によって、彼女がどんな行動を取るか把握するんだ」
「わかりました」