七夕の夜 1
七月七日の午後。
昨日から身元不明の捜査を開始していたが、台風三号と重なったせいもあり、どこの所管も災害の後始末に労力を割かれ、中々身元特定となる有効な情報筋に辿り着けていなかった。
朝一から都営地下鉄東大島駅に防犯カメラ映像を確認しに行った日下、小川コンビからは、まだ何の連絡もない。
捜索願については、七件所轄署と警視庁で受付ており、うち三件について対象かどうか照合確認するため、山川たちが手分けして、当事者に会いに行った。
「プルル、プルル、プルル」
(内線か?)
佐久間が安藤と打ち合わせしている時に総務課経由で捜査一課に外線が入った模様である。
課員が電話をとり、対応していたが受話器に手を当て、声が相手に漏れないようにしたうえで、佐久間に話しかける。
「警部、ある企業からなんですがガイシャについて特徴が酷似する部分があります」
「場所はどこだ?」
「千代田区大手町です」
「近所じゃないか?・・・私が行こう。相手方に十五分前後に伺いますと伝えてくれ。それと、落ち合う場所も聴いておいてくれ」
「わかりました」
「佐久間警部、どう見る?今回の犯行」
「そうですね、台風・鈍器・薬物・遺棄。これらを同日に重ねて見るか、遺棄のタイミングが実は数日前なのかで判断したいと思います。計画的に殺害後、遺棄するタイミングを台風に合わせたのか?それとも突発的に殺害し遺棄したか?だけでも本ボシの焦りの度合いや性格が垣間見えるかもしれません。科捜研氏原の話ですと、インスリン量がかなり過剰投与されているようでしたので、確実に殺す為に本ボシが使用していたとすれば、プロの仕業かもしれません」
「・・・どちらにせよ、厄介か」
「はい。課長、電話が終わったようです。では大手町に聞き込みに行ってきます」
「よろしく頼む。ヒットすればいいな」
「はい。朗報だと良いですが」
連絡を受けた場所は、同区大手町一丁目にあるタワービルに入っている大手の商社である。
(二十三階だったな)
エレベーターで、二十三階に登ると目の前に受付があり、先へは進めない構造のようだ。
「いらっしゃいませ。当社へようこそ」
「こんにちは。警視庁捜査一課の佐久間と申します。総合取引指導課の橋爪さまをお願いいたします」
「総合取引指導課橋爪ですね。少々お待ちください」
受付嬢は、テキパキと受付メモから内線番号を確認し、内線を入れる。
「受付の橘です。今、橋爪さん宛てに警視庁捜査一課の佐久間さまが、お見えになりました。・・・はい。承知いたしました」
橘は、内線を切ると心地よい凜とした姿勢で佐久間を誘導する。
「橋爪は五分程で参るとのことです。こちらへどうぞ、ご案内いたします」
橘は佐久間を二十メートル進んだ商談ルームCに通すと、コーヒーをそっと提供し、お辞儀したうえで、静かに受付に戻っていった。
(さすがは、大手の商社といったところだ。受付は会社の顔だからな。これだけでも会社の規模や指導力、接客力量がわかる。官と民の質が開くのを感じるな)
コーヒーを半ば飲みながら、壁に展示してある商業理念を読みかけていたところに橋爪が現れた。
「来ていただいたのに、お待たせして申し訳ありません。電話を入れた橋爪です」
「警視庁捜査一課の佐久間です。情報提供感謝します。捜査に関わる事項ですので、飛んできました」
佐久間は早速、ポケットから遺体写真を取り出し橋爪に提示した。
橋爪は営業スマイルがみるみる険しい表情へと変わり、佐久間は表情が変わる様を注視しながら、写真の男性が情報提供者であることを確信した。
「・・・やはり間違いないようですね」
「・・・ええ。うちのエースですよ。一番の腕利き社員です」
「お名前は?」
「藤堂要。年齢は確か三十四歳です。住所は、・・・少しお待ちを」
橋爪は社員住所が記載された資料を確認する。
資料を探す指先が同僚の死に動揺し、かすかに震えているのが印象的である。
「・・・ありました。住所は、都内港区赤坂八丁目の乃木神社近くです」
「藤堂要さんはご家族は?」
「確か、七年前までは親父さんと奥さんと三人暮らしでした」
「七年前?では、今は二人で暮らしているということですね」
「はい。そのはずです。・・・しかし、奥さんが不憫で堪りません。何せ、七年前義理の父親が行方不明で、今度は亭主を無くしたんだから」
「行方不明?藤堂要さんの父親がですか?」
「はい。七年前の確かちょうど七夕ですよ。・・・皮肉と言うか運命というか」
「父親の名前はお分かりに?」
「はい。藤堂政宗さんです。伊達政宗と同じ名前でしたから、ハッキリ覚えています」
橋爪は、相次ぐ藤堂家の訃報に胸が痛いようである。
佐久間は、心の片隅にある疑問を橋爪にぶつけてみた。
「少しだけ不思議なんですが?」
「何でしょう?」
「商社の方も、何日も仕事が多忙で自宅には戻らないんでしょうか?」
「ええ。私や藤堂は業務量が半端ないですから。三日に一度帰れば御の字です。刑事さんだって、テレビや小説見る限り、同じニオイを感じますが?」
佐久間と橋爪は微笑した。
「その通りです。全く互いに因果な商売を選んだようです。・・・なりほど、それでご家族からは捜索願が来ないはずだ。・・・しかし、逆にどうして捜索願を出されたのですか?」
橋爪はすっと表情が戻った。
「実は、台風の前日に顧客開拓に行くと商社を出たきり、初めて無断欠勤したんです。誰よりも社会的ルールに厳格でコンプライアンスも徹底している男がです。自宅には連絡を入れましたが、戻ってきていないようでした。三日経過しても本人と連絡がつかないため、警察の方に相談を入れたということです」
「どちらに向かわれたか、ご存知ですか?」
「多摩ニュータウンに行くと行っていましたね?」
「多摩ニュータウン?遺体は江戸川区小松川で見つかりました。念のため、教えて頂きたい。御社の取引で江戸川区方面はありますか?」
「いいえ。江戸川区はないですね」
(やはり、別の場所で殺害されて遺棄された可能性が高いな)
「身元確認が取れ、家族構成や事件前後の背景も朧げながら見えました。何度か藤堂要さんのことで、取引先や商談相手情報など、改めてお伺いするかもしれませんが、よろしくお願いいたします」
「あの、奥さんには当社から?」
「いえ。警視庁から連絡入れます。連絡先と奥さまの名前をひかえても?」
「はい、どうぞ」
「電話番号は、・・・。奥さまは、千秋さんと。ありがとうございます。では、本日はこれで。情報提供ありがとうございました」
深々と頭を下げ挨拶を済ますと、急ぎ捜査一課に戻り、山川たちに連絡を入れた佐久間は、全員揃ったところで身元特定が出来た点、職場環境、父親のことをホワイトボードに書き説明することにした。
捜査会議には、科捜研から氏原も招集されたのである。
「みんな、お疲れ様。これからガイシャについて、現時点でわかったことを説明する。捜査方針はそれから話す」
○対象者 藤堂要、三十四歳
住所 東京都港区赤坂八丁目十二番
乃木神社付近の戸建て
妻、藤堂千秋(三十歳)
父、藤堂政宗(当時五十七歳)
七年前より、失踪(現在、行方不明)
○勤務先 東京都千代田区大手町一番
大手商社で生え抜きエリート
○七月四日より、顧客開拓で多摩方面へ
遺体発見区域は営業管轄外
「以上が、現在わかった事項だ。まず、日下と小川はガイシャの遺体発見区域を重点的に当たってくれ。東大手駅はもちろん、河川上流に位置する駅も地図から割り出し、防犯カメラ映像を確認。また、大島・小松川公園を中心に半径二キロメートルの主要道路、施設、コンビニ、商店街などの防犯カメラ映像もチェックするんだ」
「はい。城東警察署の刑事課にも協力してもらい対応します」
「山さんは、馬淵を連れて多摩ニュータウン方面を当たって頂きたい。念のため商社から藤堂要が開拓する予定であった多摩ニュータウン範囲地図を貰っておいたので、重点的に頼みます」
「わかりました」
「科捜研氏原は、私と行動をお願いしたい」
「佐久間警部、もしかして?」
「ああ。偶然にも別の場所で同時期に見つかった白骨死体は経年数からも藤堂要の父親である藤堂政宗ではないかと思ってね。・・・根拠はないが刑事の勘かな?二人のDNA鑑定も追加で依頼したい」
氏原は立ち上がり、佐久間に説明する。
「佐久間警部、なおさら科捜研じゃ無理だ。STR型検査やミトコンドリアDNA検査になるはずだから、科警研の生物第四研究室になるだろう。正直、相手が悪い。ウチの科と疎遠だからな」
「大丈夫だ。ウチの課長からあちらの所長に緊急案件として打診をしてもらう。よろしくお願いいたします、安藤課長」
安藤は、無言だが笑顔で右手を挙げた。
「わかりました。捜査一課で出張ってくれるなら科捜研としては問題ありません」
「では、科警研へは明日同行するのでよろしくお願いします」
「了解です」
「課長、藤堂千秋さんに藤堂要の事を連絡し今夜任意で事情を伺いたいと思います。科捜研からウチの安置室に一度戻しても?」
「氏原くん、佐久間警部がこのように申しているが、科捜研で家族と対面が良いか?それとも手間でもこちらに搬送するか?どちらが科捜研としては良いかな?」
「・・・手間でもこちらに搬送しましょう。明日からまた解剖しなければならないし、しばらく対面出来ないと思いますから。戻り次第段取りしてみます」
安藤と佐久間は、氏原に頭を下げる。
「よろしく頼みます。氏原くん」
こうして、藤堂要と藤堂政宗に関する捜査が始まる。