潮騒のうた
子どもの日に起きた一連の騒動から、一週間が経過。
警視庁上層部により、関係した捜査一課、二課、組織犯罪対策本部の課長、佐久間たちの査問会議が秘密裏に開かれていた。
「・・・以上が、結末です」
「安波、安藤、片寄。何故、お前たちが歯止めをせず事もあろうに加担した」
「今回の事案は、一政治家の我々国家公務員の捜査妨害が目に余り、たまに吠えなければならないと感じたからであります」
「・・・間違ってはいないが、警察庁からもお叱りが来ておる。組織に迷惑を掛けると判断出来ないお前たちではあるまい」
「はっ。しかしながら、結果的に学生は救われ、国民も救われ事件早期解決に導きました」
「・・・そんなことは誰だってわかる。しかし、一刑事が全国民にあのような発言は行き過ぎではないのか?なあ、佐久間警部」
「はっ、申し訳ありません。どんな裁量も甘んじて受ける覚悟で臨みました。腹を切れと言われれば切ります」
「腹を切る?」
査問会議場の上層部たちは大笑いした。
「いやいや、腹を切るまでは求めんよ。試しただけだ。これからは、もう少し上層部に相談してくれ。全力でお前たちを守ってやる。正義を行使する者が裁かれてはならない。例え、総理でもだ」
「はい!」
「・・・安藤よ」
「はっ」
「良い部下を育てた。大事にしろよ」
「はっ、ありがとうございます」
「それでは、査問会議はお開きとする。解散!」
~ 四十分後、捜査一課 ~
「警部!大丈夫でしたか!」
山川が佐久間たちの姿を見るなり、走って駆け寄る。
「心配かけたね。とりあえず、厳重注意で終わったよ」
「良かったぁ--!」
「おい、山川。儂の心配はせんのか?」
「こりゃ、課長。申し訳ありません。そんなことないですよ、もちろん。なあ、みんな!」
課内が笑いで包まれた。
佐久間は、身支度を済ませ、課長に挨拶すると帰宅の途につく。
「では、みんな。今日は疲れたから早く上がらせてもらうよ。後を頼んだ」
足早に帰宅する佐久間を見送った山川は安藤に尋ねる。
「課長、本当に査問会議は問題なかったんですか?」
「どういう意味だ?」
「いえ、警部があっさりと帰られたんで」
「他に行くところでもあるんだろう。放っておいてやれ」
「わかりました」
~ 大田区羽田空港一丁目 ~
佐久間は、菊の花を護岸に供えて、藤堂政宗に一部始終を報告をしていた。
(終わりましたよ、藤堂さん。あなたが事切れるであろう前に隠しもってくれた証拠が実を付け、七年掛かりましたが真犯人逮捕に繋がりました。息子さんを守ってあげられなかった事は申し訳ありません。あなたを結果的に裏切ってしまった青木弁護士も悲しい宿命を背負って、これからも生きていくでしょう。どうか、安らかに眠ってください)
立ち上がり、帰ろうとした時、隣にそっと藤堂千秋が花を供える。
「終わったんですね」
「ええ、終わりました。あなたへの悲しい束縛もね」
思わず、藤堂千秋は佐久間を見つめ、ため息をつく。
「知っていたんですか?」
「なんとなくです」
「いつから?」
「遺体安置室であなたと会った時からですよ。あなたは松田権造に弱みを握られ、松田親子を見張る役だ。そうでもないと、藤堂政宗の失踪や藤堂要が奥多摩に行く情報を松田権造が知る由もないからです」
「・・・私も逮捕されるんですか?」
「まさか?あなたは、脅されて二人の行動を裏で松田権造に流しただけです。それ以上でもそれ以下でもない。これからの生き方は自分で決めるんです。でも、決して自分を傷つけることだけはしないでください。私との約束ですよ」
「・・・はい。ありがとうございます」
藤堂千秋はそっと涙を拭う。
「もしかしたら、藤堂政宗さんは、自分が松田権造に殺されるかもしれないことをわかっていたかも知れません」
「え・・・?義父がですか?」
「ええ。白骨死体を見た時に、潮騒のうたに乗って、義父さんの声が聞こえた気がするんです。後はよしなにってね」
「・・・そうですか」
「あなたは、藤堂の姓をこれからも?」
「もちろん。夫婦仲が冷めていたことは事実ですが、私は藤堂の家に入ったんですから。義父とあの人を弔って生きていきます」
「そうですか。では頑張って生きていきましょう」
「はい!」
~ 半年後 ~
七年に及ぶ事件の全容が解明され、それぞれの公判が始まった。
鳥羽秀一と青木哲男は、佐久間たちの奮闘も幸いし、情状酌量が認められ執行猶予が与えられた。
社会的影響が指摘されたが、両名とも松田権造による恐喝によってやむを得ない事由として整理がついたからである。
一方、主犯格の松田権造は殺人教唆、恐喝、死体遺棄容疑などで終身刑が言い渡された。
即日控訴したが、高等裁判所でも一審判決を支持され、棄却。
世論も後押しをして、結局、最高裁判所への上告を取り下げ、罪が確定したのである。
また、風岡と藤森については、殺人、死体遺棄、殺人未遂など合計七つの罪で、それぞれに死刑が言い渡され、刑が執行される前に二人とも刑務所内で身内に暗殺され、短い生涯を終えた。
全ての判決を見届けた佐久間は氏原と自宅で晩酌をした。
「氏原、結局、今回の事件で二人しか救えなかったな」
「仕方がないさ。青木、鳥羽、それに学生たちだけでも救えて良かった」
「そうよ。それに、川上真澄ちゃんの意見がなかったら、あなただって危なかった事件だったしね」
「・・・そうだね。今回もみんなに救われたよ。ありがとう、千春」
「おいおい、俺もだろ?」
「もちろん、氏原の的確なアドバイスがなければ捜査は難航したよ。組織一丸でやっとギリギリ解決できた事件だったよ」
「言っとくけどな、俺はしばらく科警研へは行かんぞ!」
「落ちはそこなのか、氏原!まあ、いい。乾杯しよう」
「何に乾杯だ?」
「・・・千春と私のために」
氏原が、ポカンと殴る。
「千春ちゃん、やっぱり今からでも良いから俺と一緒になろう!こいつはアホだ!」
「ふふふ」
「冗談だよ、冗談。勿論、秋山孝子や藤堂親子、学生たちそして生き残った全ての人へだ!」
「じゃあ、言うぞ。乾---杯!」
人の魂を揺さぶる佐久間の捜査は、今後も続く。