証拠 2
一月三十一日、東京都港区南青山二丁目。
松田権造が事務所を構えているビルから、わずか三十メートルしか離れていない某マンションの一室で佐久間たちは打合せを行っている。
このマンションは、松田権造を見張るために捜査一課と二課合同で探した物件である。
松田権造事務所が出入りする大通りから、一本道が外れており、こちらのマンションへの出入りは決して相手側に知られることなく可能である点で有効と判断したのだ。
昨晩、青木哲男退院を機に松田権造や風岡組たちに顔が割れていない捜査官にて、このマンションに移送し、佐久間と山川は時間差で駆けつけた。
「青木さん、お待たせしました。今日から暫くここで過ごして頂きます」
「・・・驚きました。正に松田権造事務所から目と鼻の先だ。でも、ここは奴からは絶対に気づかないでしょう。私がいたとしても、気づきません」
「私は、隠すのが好きなんです。木を隠すなら森ですよ。遠くでコソコソするよりも、懐でジッとしていた方が得策です。もう一つ、青木さんにはビックリして頂きます。どうぞ、入ってきてください!」
佐久間が浴室の方に声を掛けると、奥から鳥羽秀一が登場し、青木は心底驚き、声が出ない。
「な、・・・・あ・・・・」
佐久間と鳥羽は顔を見合わせ、大笑いする。
「本物ですよ、青木さん」
「騙して済まなかったな、青木くん。この通り儂はピンピンしておるよ」
青木は、涙を流しながら、鳥羽秀一と固く握手する。
「よかった。・・・本当によかった。スミマセン、本当に今までスミマセン」
鳥羽も溢れ出す涙を拭い、青木の肩に手をかける。
「良いんじゃよ。あんたも儂も佐久間警部に救われたんじゃ」
青木は佐久間の方に視線を向けると佐久間は黙って微笑んでいる。
「青木さん、ここまで来るのに結構大変でした。今回ばかりは私だけでは無理でしたよ。組織をあげての成果です」
玄関チャイムが鳴った。
「ピンポ----ン」
「おお、来た来た。警部、私が」
山川はニヤニヤしながら、玄関へ出迎える。
「まだ時間はあります。それよりも今日は退院祝いです。関係者を集めました。紹介しますよ」
「関係者?」
青木も鳥羽も事態が掴めない様子だ。
「おー佐久間、大勢来たぞ!」
マンションには、鳥羽秀一の身投げを救ったメンバーや捜査二課、組織犯罪対策本部第四課、特命捜査対策室特命第二係、各課の課長たち計十四名が押しかける。
人数の多さに、羽鳥も青木も畏怖し、下を向くが佐久間は、二人を抱きかかえた。
「大丈夫です。みんな、仲間ですよ。お二人は十分更正し、社会復帰出来ます。今日はお二人とみんなの慰労会です」
「慰・・労会?」
「ええ。もちろん、多少は過去のことを話して貰いますが、逮捕するために聞くのではありません。全員が過去から本日まで、この事件のカラクリを追ってきた人間ばかりです。青木さんと羽鳥さんが今日までどんなに苦悩され松田権造に苦しめられてきたか知りたがっています。ここにいる全員で苦しみを共有しましょう。先程も言いましたが、戦友ですよ」
捜査官の一人が声をかける。
「その通り。警察だ、容疑者だと言う前に今日は飲みましょう。まだ任意の段階だ」
「お前・・・な?そういうことを口にするなよ」
「んほん。では、みんなが無事であることを感謝しつつ、飲みますか?課長、無礼講で宜しいですか?」
「ああ。もちろんだ。こんな夜があっても良い」
「おーい、小川!ピザと寿司手分けして運んでくるぞ」
こうして、青木・羽鳥の感動対面は気づけば大宴会になっていた。
~ 三十分経過 ~
酒が程よく回り、青木も上機嫌になり、気になったことを羽鳥に尋ねる。
「教授。あの時、教授は私の前で間違いなく身を投げました。あれは一体?」
「あれは、何回も練習した成果だよ。実は、すぐ下の階で佐久間警部たちがマットをベランダで持ち待機していたんだ。儂は印を付けた位置から寸分も狂いなく、下の階に落ち、佐久間警部たちは瞬時に受け止め、部屋に隠す。暗がりで手摺りに付けたテープは、わからないはずだ」
「拳銃で、私の行動を抑止したのは?」
「あれは、あんたが飛び込んで来ないようにだ」
「青木さん、申し訳なかったです。あそこで教授には一度死んだことにして頂かないと、あなたと松田権造を引き離すことが出来なかった」
「引き離す?」
「ええ。松田権造は、国政に出たがっていることは、我々警視庁は掴んでいます。選挙に出る前に、覚せい剤などの始末をつけるために、関係者を見境無く殺し始めた。教授を殺害した後は、青木さん。あなたの番であると予想したんです。そのため、一刻も早くあなたの生命を守るために松田権造と不和協音をさせたんです」
「そこまで読んで、行動を?・・・お見それしました」
羽鳥が、日本酒を青木に注ぐ。
「何があった?・・・儂はあんたに死ぬ前話したぞ」
「・・・。私もずっと脅されていました」
青木は、日本酒を一気に飲み干すと、目に涙を溜めながら重たい口を開き始める。
「七年間。私は、藤堂政宗の個人弁護をしていました。息子の藤堂要が大手商社で取り扱っている商品を巡り、松田権造から妨害を受けていたんです。法定でも独占禁止法に抵触するなど、多方面で仕掛けてきましたが証拠は十分揃っていて、勝算は藤堂政宗側にありました。実は、これは個人的なことなんですが、私の娘が難病でしてね。裁判しながらも病院と事務所を往復していました。人工透析に金が非常に掛かり、どうしても裁判に勝訴しなければならなかった。・・・そんな時です。病室で風岡組の風岡一と名乗る男と松田権造が現れたのは・・・」
部屋にいる誰もが、耳を傾ける。
「裁判に負けなければ、娘の生命はないと。組の若い衆が真夜中に忍び込んで透析チューブを外しに来るとね」
「・・・何てことを」
「それだけでは、ありません。妻のことを話始めたんです」
「奥さんの身に?・・・まさか?」
「ええ。自宅に駆けつけた妻は、組員たちに犯され、薬漬けにされていました。即効性を高めるために通常の五倍の覚せい剤を打たれてね。既に廃人です」
「あの外道どもが!」
山川がプルプルと震える。
「妻のことは、正直諦めました。何としても自分の生命にかえても娘だけは守りたいと。血の涙を流して松田権造配下に加わることにしたんです」
羽鳥は大粒の涙を流した。
「よくぞ、話した。儂と同じようにあんたも辛かったな」
「ここにいる誰もが同じことをしたかもしれないですね」
「ああ。警察に相談したら、即効で娘は殺される。苦渋の決断だ」
「情状酌量が確定ですね」
佐久間は、青木に尋ねる。
「青木さん、娘さんは今どこの病院に?」
「港区東京慈恵医大病院系の病院に入院しています」
「すぐに我々の目の届く病院へ移送しましょう。まだ間に合います」
「しかし、風岡組が常に娘のベット脇に座っていますが?」
安波は笑いながら、青木に話かける。
「なら、四課の出番だ。ウチの課員を今から向かわせよう。逆に公務執行妨害で逮捕してやる」
「みなさん・・・あ、ありがとう。ありがとうございます」
「いいんですよ。もうあなたは十分に辛い試練を受けてきた。今度は我々が守る番です」
その場で安波から課員たちへ青木の娘確保指令が出され佐久間も同じタイミングで科捜研氏原へ電話を入れる。
「氏原か?今から東京慈恵医大付属の病院に裏で交渉し我々の息のかかった病院へ青木哲男の娘を移送出来るよう四課の連中と連携してくれないか?」
「・・・わかった。事情は聞かん。声色で察するよ。四課の誰と調整すれば良い?」
「安波課長。科捜研氏原にも応援して貰います。誰と調整をすれば良いですか?」
「遠藤とやってくれ」
「もしもし、遠藤だそうだ。よろしく頼む」
「わかった。任せておけ」
電話を切った佐久間は、ニコリと微笑む。
「これで、もう大丈夫です。今夜中に無事移送完了でしょう」
鳥羽は感嘆のため息をつく。
「ほおお。組織ってのは機能すれば強いはな」
「ええ。機能すれば、大抵の状況は打開出来ますよ」
安藤が、静かに青木哲男と鳥羽秀一に質問をする。
「二人とも。情状酌量で執行猶予がつくよう、警視庁の面子にかけて働こう。その代わり、洗いざらい教えてくれ。藤堂要、藤堂政宗の死と松田権造が何を画策しているかをだ」
「私からもお願いします。松田権造を国政に進出させることは絶対に阻止しなければなりません」
青木と鳥羽は、互いに目で確認しあい、真っ直ぐに佐久間たちを見た。
「全てをお話します。どうか、松田権造を止めてください」
全ての証拠が揃う瞬間だった。