証拠 1
青木哲男が、芝公園内で狙撃されて二週間が経過した。
東京都中野区にある東京警察病院の一室に青木哲男は入院し治療を行っている。
「よく耐えましたね、青木さん」
見舞いに訪れた佐久間を見ると、青木はホッとした表情で安堵のため息をつく。
「その顔は、山川刑事に質問責めされていますね?」
佐久間からの差し入れを物色しながら、青木はほとほと困った様子だ。
「入院中は、負担を掛けないように言ってあったんですが。私から後で叱っておきます。明日、退院でしたね?」
「おかげさまで。・・・明日、警視庁に伺えば?」
「いえ。世間的に青木弁護士は死んだことになっているので、秘密裏にある場所へ匿います。きっと、ビックリされると思いますよ」
佐久間は微笑むが、青木はきょとんとするばかりだ。
「青木さん、そう言えば憑きものが取れた表情になっていますよ。相当、今まで苦しかったんですね?」
青木は、佐久間の言葉に思わず涙を流す。
シーツを両拳で、ギュッと掴み、今までの苦悩を思い返しているようにも見えた。
「警部さん、全てお話します」
佐久間は、うんうんと頷くと、両手で青木の肩をそっと触れた。
「お楽しみは、明日です。決して邪険にはしませんし、あなたが今後の人生を更正していけるよう一緒に考えましょう」
「・・・はい!お願いします」
~ 奥多摩の割烹料理店の個室 ~
「議員、まあ一献」
「やはり、お前が用意する酒は格別だな。で、今日は?」
「はい。カジノ法案について教えて頂きたく」
「カジノ法案か?お前は正式名称知っているか?」
「いえ、ニュースでもカジノ法案としか?」
「いいか。正式には、特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律案のことだよ。略称ではIR推進法案とも言うな」
「随分と難しそうな法案ですな」
「みんな勘違いしているが、この法案だけでは、まだカジノは開けないぞ」
「どうしてです?」
「この法案の成立でな、国は特定複合観光施設区域の整備を推進する責務を負うことになっただけだ。今後カジノ設置やギャンブル依存症対策などの法整備を進めなければならないという意味だから、そのままカジノが解禁されることはまずないぞ」
「じゃあ、いつ頃、具体的にカジノ施設が出来るんで?」
「まだ、三年以上かかるだろう」
「今すぐじゃないんですか?」
「早とちりするな。だからこそ、今のうちに候補に入るよう商用観光客誘致を目指すんだろうが?」
「商用観光客誘致?」
「そうだ。大型施設を運営するには維持費が莫大に掛かるから、カジノや劇場を併設し利益をあげて、その維持費を賄わなければ、すぐに破綻する。安易に手を出すと大火傷してしまうリスクが高い。だからこそ、各地方公共団体は慎重なのさ」
「へぇぇ。流石に議員は博識だ!」
「おそらく、日本が見本とするのはシンガポールだろうな」
「シンガポールですか?」
「ああ。あの国の象徴ともなっている総合リゾートホテルのマリーナ・ベイ・サンズは、カジノ施設が占める床面積は全体の五パーセントに過ぎないが、利益の大半を生み出し、施設維持の柱になっている。当然、国として模倣するし、視察に行く機会も増えるだろう」
「議員は既に?」
「もちろん。儂は日本でもトップクラスの知識を持っていると自負している。奥多摩の土地に目をつけたのもそうだ。何たって、世界遺産の富士山にも近く、都心へのアクセスも楽だ。自然に富み、都心にも近くまだ誰も集客していないとなれば、大阪か横浜かここくらいだろう。この広大な土地を法整備し、未来に繋げれば将来儂の天下獲りも盤石だ」
「脱帽でございます」
「・・・ところで、青木は始末したんだろうな?」
「はい。風岡組の若い者に殺らせました。私自ら、少し離れたところから双眼鏡で目視しましてグッタリと息を引き取る様を見届けました。しかし、何故あんな公園で佐久間の奴と?」
松田権造の表情が険しくなる。
「なんだって?佐久間って、あの捜査一課の佐久間か!」
「ええ。確か、誰だ!大事な生き証人を!って叫んでましたよ」
「本当か!・・・となると、佐久間は青木がかつて藤堂政宗の個人弁護士だったことを捜査で調べ気づいたということか?・・・やはり、ただ者じゃないな」
「議員?」
「いや、風岡組はすんでのところで儂をまた救ってくれたのかもしれない。何せ、あの男は検挙率トップの敏腕刑事だからな」
「邪魔なら、殺しましょうか?」
「いや、奴のような有能な刑事はこれから儂が総理になった暁には手元に置きたい。何とか弱みを握るよう策を講じるさ」
「・・・議員の策はエグいですからな」
「プッ。言い過ぎだ。まあ、当たっているがな。ところで、鳥羽の守備はどうなっている?」
「東都大学には、鳥羽の生き別れした弟を装い、潜り込ませました。証拠は残さず持ち帰り出来るかと」
「自宅はどうだ?」
「来週にでも回収しておきますよ」
「よしよし、それで良い。捕まるなよ?」
「証拠は残しません。それが鉄則ですのでご安心を」