青木哲男の懐柔 2
宗教法人くれない会。
東京都東麻布一丁目に位置する、宗教法人くれない会は会員数七百名程度ながら、ここ数年で著しく成長した法人であり、東京タワーのお膝元である土地代も破格である。
新年の催しがまだ続いており、参列者も後を絶たない。
白装束に身を包んだ信者たちは、観光バスで乗り付けては次々と体育館へと足を運び、セレモニーに参加しているようだ。
鳥羽秀一証言により佐久間たちは、ここ数日くれない会から徒歩数分にある喫茶店内で、張り込みをしている。
無論、青木哲男と接触するためである。
「警部。青木は中々現れませんね。本当に来るんでしょうか?」
コーヒーのお代わりをし、じっと張り込みしながら佐久間は微笑む。
「じっくり待とうよ、山さん。一月七日に教授が身を投げてから、まだ一週間も経っていない。東都大学や教授の自宅も今の所、強盗や荒らされた形跡もない。私の予想では、そろそろ青木が証拠隠滅に動きだす頃だよ」
「青木は、どうやって大学に忍び込むでしょうかね?」
「もしかすると、青木じゃなく、風岡組を使ってくるかもしれないな。なんせ、青木は教授の飛び降りを目撃していることから、周囲の目を気にしているのかもしれない」
「となると、ここですか?」
「ああ。覚せい剤の証拠隠滅は、武闘派たちに任せ、青木は寄付金の証拠隠滅に奔走するよう松田権造に指示されるはずだ」
「鳥羽教授の件は、四課に任せたのは、そのためだったんですね?」
「ああ。風岡組の取扱いに関しては四課がプロだからね。まんまと捕まるだろう」
佐久間たちが張り込みを開始してから、三時間後。
「警部、・・・警部。青木です。現れました。今、くれない会に入ってきます」
「よし。青木が建物から出てきたら、尾行し人気のない箇所で接触してみよう」
~一時間後、増上寺付近の芝公園内~
「やっと、お会い出来ましたよ、青木哲男さん」
青木は、驚いた様子で振り向く。
「・・・佐久間警部さんか」
「覚えていてくれて、光栄です。先程、くれない会から出てきましたが、松田権造さんも所属しているのですか?」
「何のことですか?松田ではなく、私個人が信者なんです。紹介しましょうか?」
佐久間は手を広げ拒否をする。
「宗教法人にはお世話になりませんよ。死んだら普通にお寺の墓に入るだけです」
「そうですか、残念です」
山川が、険しい表情で威嚇する。
「弁護士さん。本当は、寄付金の証拠隠滅に来たのではないですか?松田権造の指令で?」
核心を突かれた青木は、一瞬動揺する。
「い、嫌ですよ、刑事さん。税務署じゃあるまいに」
(少し、動揺したな。揺さぶってみるか?)
佐久間は、背後に山川を回らせ、自分は正面に立って青木と対峙する。
「青木さん、あなたの動きも思惑も既に警視庁は証拠を掴んでいますよ。観念した方が罪が軽くなりますが?」
「ーーーーーー!」
(証拠?証拠って何だ?・・・どこまで知っている?)
「どこまで知っているかって顔をしていますよ。全部です」
佐久間の揺るぎない発言に、今度は表情に出る。
「全部?なら聞かせて頂きましょうか?」
青木も弁護士の端くれと言わんばかりに佐久間を挑発する。
「良いんですか?話すのは構いませんが、聞けば後には引かなくなりますよ?」
(はったりだ。そうに決まっている。乗り切ってやる!)
青木は真顔で、切り返す。
「別に大した事ではありません。場合によっては名誉毀損で訴えれば良いだけだ。その度胸が佐久間警部にあるなら、どうぞお聞かせください」
佐久間はニヤリと微笑し、ベンチへと誘導する。
二人ともベンチに腰掛け、山川は立って周囲を警戒している。
「では、お話しましょう。回りくどい話は時間の無駄です。核心からお話しましょう。一月七日、あなたは、都内文京区本郷の雑居ビルで鳥羽秀一と接触し、鳥羽秀一が身を投げた場所に居合わせている。そして、救助もせずに、その場から逃げ出した。これだけで、不保護罪か単純遺棄罪に該当しませんか?確か法定刑は三月以上五年以下の懲役ですよね?」
「ーーーーーー!」
「続けましょう。あなたは、七年前に藤堂要が取引妨害を松田権造からされている理由で藤堂政宗から個人弁護を引き受けた。しかし、七月七日藤堂政宗だけが失踪。この時、あなたも一緒に行方不明となり、警視庁は二人を捜索したが発見されなかった。それもそのはず、あなたは整形し松田権造側近として、そして藤堂政宗は松田権造の手に掛かり、都内大田区羽田空港一丁目の護岸に遺棄されたんですから」
「ーーーーーー!」
「私は、昨年に明智大学へ潜入捜査をし、学生たちが覚せい剤に蝕まれる前に救いだしました。秋山孝子は、くれない会に薬を売った利益を寄付金と称し納付していた。鳥羽教授も、松田権造に脅され、やむを得ず手を貸した。そして、今あなたは、松田権造が国政へ討って出ようとする前に、きちんと精算するよう指令を密命を受け、証拠隠滅に来ていた。どうです?違っていたら、私は刑事を辞めても構いませんし、訴えて頂いて結構です。私は、感だけで捜査をしている訳ではない。証拠が固まってきたから話をしているんです」
青木の顔から、真冬であるにもかかわらず大量の汗が出ている。
「青木、吐いた方が良いぞ?佐久間警部に全部暴かれる前にだ。全部、警部の口からでたらお前は終わりだ」
「う、ううう。い、や、実は・・・」
その時だった。
「パーーーーン!」
一発の銃声が、公園内に響き、鳩が一斉に飛び立つ。
「青木ーーーー!。山さん、追って!」
「はい!」
山川は、銃声が発した方向へと走り出す。
(・・・・これは!)
「け、けい・・・ぶ・・さ」
瞬時に、佐久間は青木を抱きしめ、耳元で囁く。
「大丈夫だ。すぐ救急車が来る。致命傷にはならないようだ。助かるぞ。しかし、死んだふりをしておけ。この場は私を信じろ。絶対に助けてやる。家族も一緒にだ。だから死んだふりを」
青木は、息を引き取ったふりをして、佐久間は大声で叫んだ。
「誰だ!大事な生き証人を!・・・助けてあげられなかったじゃないかーー!」
野次馬が集まり、やがて駆けつけた救急車へ、グッタリした青木を抱えた佐久間が乗車するところへ、山川が帰ってくる。
「警部!すみません、取り逃がしました。青木は?」
「・・・死んだよ。とりあえず、病院へ」
救急車の扉が閉まり、サイレンと共に公園から路上へ出る。
「すみません。私がいながら」
悔やんで、下を向く山川に佐久間がたしなめる。
「いいんだ、山さん。青木さん、もう良いですよ」
山川は、目をこすった。
青木が、重傷ながら目を開けたのである。
「け、警部!これは一体?」
「消防の皆さんも、このまま警察病院へ急いでください。助かる生命も本当に助からなくなってしまう。青木弁護士が撃たれた時、わずかに急所が外れていたのがわかったんでね。抱きしめて死んだふりをして貰ったんだ。絶対に、どこか遠くから青木弁護士が死ぬ様を監視していると思ってね」
「警部・・・さん。松田は私まで口封じを・・・?」
「ええ。鳥羽教授から言われていたんです。あなたも自分と同じように松田権造に脅されているはずだとね」
「・・・・・完敗です」
青木は、右腕で顔を隠しながら、涙する。
「青木さん、死ぬのはいつでも出来ます。まずは治療を優先しますが、話してくれますね?」
「・・・・・はい」
「よし!」
山川は、グッと拳に力を入れる。
「まあまあ、山さん。これからだよ。青木弁護士を誰にも見つかれないように治療したうえで、匿おう」
「あそこで良いですか?」
「ああ。よろしく頼むよ。私は、治療を受けている間課長たちに説明して次に備えるよう手配する」
「・・・少し、眠りたい」
「ええ。ゆっくり休んでください。もう大丈夫ですから」
青木は、安心したかのように笑みを見せると、気を失った。
この後、救急車は秘密裏に警察病院へ青木を搬送し事なきを得たのである。
佐久間は、安藤や片寄たちに青木身柄を確保したことや松田権造を包囲すべく、次の作戦に移行したことを告げ、課長たちも、上層部へ秘密裏に報告すべく動きだした。
佐久間たち最期の戦いが始まろうとしていた。