松田権造の思惑
鳥羽秀一が雑居ビルから身を投げた日、松田権造は奥多摩の割烹料理店の個室で、風岡組若頭の藤森と密談をしていた。
「議員、まあ一献」
藤森は、幻の大吟醸クナシリを注ぎ、滅多に飲めない大吟醸に、松田はすっかり上機嫌だ。
「ぷはぁ、やっぱりこの酒は最高だ」
「・・・議員、言われたとおり守備は上々です。少しやり過ぎましたか?」
「・・・いや、警視庁も思い知っただろう。一番の切れ者と言われる佐久間も失脚した今、怖いものは何もない。青木にも鳥羽を始末するよう言っておいたから、お前の下、えーと誰だったかの?」
「若林ですか」
「そう、若林だ。若林に連絡が行くんじゃないか?」
「若林なら、先日の三人と一緒に始末しておきましたが?」
松田の表情が曇る。
「なんだって?・・・お前たちは簡単に始末しすぎじゃないのか?万が一の時は、儂の身代わりで自首させられないではないか?」
「その時は、別の者を送り込みます。あくまでも念には念を入れた処置です。ご理解ください」
「・・・まあ良いが。組長は知っているのか?」
「いえ。風岡組はヤクは御法度ですから。組長にバレたら私も殺されますわ」
「・・・そうか。互いに危ないな。羽鳥を殺したらしばらく大人しくしているとするか。選挙も近いしな」
「議員は、もう出馬の方向性は決まったんですか?」
「ああ。都議会はもう飽きた。やっぱり国会で答弁しないと、金も集まらん」
「議員集会の集客数も断然違いますからね。風岡組もその際は、沢山買わせていただきますよ」
「・・・期待しているよ」
「ところで、明日はどちらへ、ご一緒すれば良いんですか?」
「奥多摩だ。お前も藤堂要はよく覚えているだろう?実は、覚せい剤を捌くのとは別に奴には奥多摩の開発に関して暗躍させていたんだ」
「ほう。あの大手商社の坊やですか?でも、殺しちゃいましたよ。まだ生かしておいた方が良かったですか?」
「いや、ある程度買い手と背後関係が掴めたから、問題ない。ただ、向こうの背後がお前たちと同業者でな。関西系じゃよ」
「関西系?」
「関西極地組と言ったかの。知っているか?」
「・・・ええ。組長通せば、話つきます」
「そうか!なら、話は早い。お前から筋を通しておいてくれよ」
「わかりました。組長に話すにしても風岡組に幾ら入るか情報は欲しいですな」
「まあ、そうなるわな」
「・・・幾らくらい身銭入りますか?」
「・・・二百億」
「二百!なら、一発ですわ」
「ああ。相当根回しをしたからな。周囲に何重もの偽情報を仕込んである。偽情報を掴んで何億、何十億と損をし、自殺する者や廃業する会社も出るだろう。それも含めて最後は吸収するつもりだ。昔から、お前には助けられたからな。今回の報酬は儂とお前の組で五分五分だよ」
「・・・議員。組長も一生仲良くすると思います。私も助かります」
「そうか?・・・これからも期待するぞ」
「ええ、勿論ですよ。議員、今夜は特に綺麗どころを用意しました。明朝までお楽しみください」
「最高の酒と最高の女か。今夜は張り切って頑張るとするか」
二人の愉しい夜が始まる。
同じ東京で、羽鳥が身を投げ出すとは知らずに。
~ 翌朝、奥多摩 ~
「ここが、開発エリアですか?」
「ああ、壮観だろう。この砂利獲りだけでも八十億は軽く儲かる。逆に偽情報を掴んだ者は、同じ金額を失うだろう」
「いやあ、世の中情報ですな!議員とお付き合いしてから勉強になるばかりです」
「人には得て不得手があるからな。儂は本来、議員なんかより純粋な金儲けが好きなんじゃ」
「そんなこと言わずに天下獲ってくださいよ。松田総理ってお呼びしたいものです」
「ふふふ、からかうなよ。まあ、でも国会に出るからには天下を獲るのも男の夢だな」
「その通りですよ、松田首相!」
松田権造は上機嫌だ。
「将来、砂利を獲ったあとは何が出来るんです?」
「大型リゾート施設だ。この間カジノ法案が通っただろう?・・・裏情報だが、カジノは一つの都市だけではない。横浜などの大都市をはじめリゾート施設に隣接し建設されていく。この広大な土地を利用しリゾートを誘致、カジノまであるとなれば全国から人が集まり、金を落とすだろう。未来永劫、懐には金が入ることになる。お前の組も、関東を支配できるくらい儲けさせてやる」
「組をあげて協力させて貰います」
「うむ。では、今回の一連が片付いた時には、わかっているな?」
「はい。青木哲男を排除し、新たな優秀な弁護士を議員に付けてみせます。しかも、日本トップクラスの弁護士をです」
「お前もわかってきたな!あの男は従順だが、過去のことでいつ反旗を翻すか正直わからんからな。仕事は出来るが、所詮、田舎の個人弁護士止まりだ。あの男を始末すれば、儂の所業を知る者はお前以外にはいなくなり安泰だ。・・・よろしく頼んだぞ」
羽鳥秀一が、身投げをし、自分のこれまでしてきたことに疑問を感じ始めていたところに、雇い主である松田権造が静かに暗殺を決意した瞬間であった。
皮肉にも、この松田権造の思惑が後に青木哲男を奮起させ、松田の破滅へと繋がっていくのである。