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潮騒のうた 〜佐久間警部の抵抗〜  作者: 佐久間元三
政治とカネ
24/31

鳥羽のプライド

 年が明けた一月七日、文京区本郷一丁目。


 水道橋交差点から、少し路地を奥に入った七階雑居ビル屋上に二人の男が対峙していた。


「明けましておめどとうございます、教授」


「おめでとう」


「しかし、年が明け早々に呼び出されるとは思いませんでしたよ。くれない会が明後日あるのに、そこではまずいんですか?・・・何もこんな真冬の寒空で、しかも、こんな時間に。もう少し早く連絡をくだされば私が料亭を予約しましたよ」


「・・・密談は、絶対に誰にも会わず、そして誰にも聞かれないところで行うものだよ。青木くん」


「そうですか。で、今夜はどんな密談を?」


「秋山孝子のことだ。・・・何故あんな酷いことを?」


 青木哲男はタバコを取り出すと、口にくわえた。


「あれは、風岡組が勝手にやったんです。私どもも大変困っていましてね」


「嘘をつくな!奴らにそんな先回って手を打つ頭はない。どう考えてもあんたか松田権造じゃないか!」


 青木は、くわえていたタバコに火をつける。


「ふう。何か証拠でもあるのですか?何故、金づるを手放さなければいけないのですか?彼女は我々の大切な資金調達部隊でした。大きな痛手なんですがね」


「戯れ言を。国本明美が殺されたあたりから、おかしいと思ったんだ。国本明美と秋山孝子二人とも警視庁にマークされたから殺したんだろう?」


「何のことですか?・・・と言っても、どうやら事情についてある程度調べたようですね?・・・まさかとは思いますが警視庁と接触などしてないですよね?」


「接触したとしたら、私も殺すのか?」


「まさか!鳥羽教授は日本中が知る名士ですよ。そんな名誉教授を我々が殺すだなんて滅相もない。・・・風岡組の品がない連中は知りませんがね。まあ、あなたの出方次第でしょうか。議員せんせいとよく話合って頂いて自分の保身に努められた方が賢明ですよ。秋山孝子亡き今、どうです?くれない会に正式に加盟されては?」


「そんなことしたら、政治資金の流れが焦げ付くだろう?何のために今まで、儂が奔走したと思っているんだ?・・・それを勝手に壊したのはあんたたちだろう?」


「・・・先ほども言いましたが、議員せんせいや私ではありません。言葉には気を付けた方が良いですよ。私の号令一つで風岡組をここに呼んでも良いのですから」


「・・・それは、私の口を塞ぐと?脅すと言うことかね?」


「いえいえ。時に教授は、秋山孝子さんのサーバーの管理者権限アドミニストレータをお持ちでしたよね。それを私に頂けませんか?もう不要ですよね。私が責任をもって閉鎖しておきますよ」


「警視庁が、捜査しているからか?」


「はい。どこまで証拠を掴んでいるかわかりませんが、秋山孝子、国本明美などの情報から、くれない会での繋がり情報が出てきては少々厄介です。大事な国政選挙や都議会選挙前にスキャンダルは絶対にあってはなりませんから」


「松田権造は、今度はどちらで出馬を?」


「・・・思案中です」


「ふん。どうせ悪だくみするなら、国政選挙に出て国会議員として勢力をつけることだ。そう私が言っていたと伝えなさい」


「伝えておきましょう」


「なあ、青木くん。もしかしたら君に会うのも最後となるかも知れない。だから少しだけ君の過去を知りたいんだが。君はもしかしたら、私と同じように松田権造に弱みを握られていないか?」


 急な問いかけに、青木哲男の表情が曇る。


「・・・・・・・・・」


「いや、国本明美が殺された情報を、秋山孝子から聞いた時、少々、私なりに調べたんだよ。君はかつて藤堂政宗の顧問弁護を引き受けていたね。七年前に藤堂政宗失踪に併せ、君は失踪したことになっている。警視庁は知らんだろうがね」


「どこで、そのことを?」


「藤堂政宗は藤堂要の父親ではないのかね?秋山孝子は国本明美に覚せい剤の捌き方などレクチャーしていた。同様に藤堂要にもだ。そういった情報は秋山孝子から教授である私には逐一入っているんだよ」


「・・・そういうことですか。なるほど」


「藤堂政宗とは直接面識ないが、藤堂要は多少知っている。松田権造は二人にも手を掛けたのか?」


「お答えできませんな」


「まあ、良い。でも、これだけははっきりと言ってやろう。私はいつかあんたたちに殺されるだろう。不要になった者は簡単に殺されることは百も承知だ。従順な下僕なら長生きも出来よう。でも、私にも意地とプライドがある。あんたたちに唾を吐いてでも自分の道は譲らんよ。だから早く殺される」


「その点は分からなくもないですが、早死にすることもないんじゃ?」


「青木くん、君は松田権造に陶酔しているのかね、それとも復讐を心の奥底に秘めて行動しているのかね?一体どれが本心だ?」


 青木は、携帯の電源を切り、雑居ビルから周囲を確認すると、再びタバコに火を付ける。


「・・・そんなことは口が裂けても言えませんな。私が陶酔しようが復讐しようが、教授には関係のないことだ。・・・あなたは議員せんせいの本性を知らない。ターゲットを追い込む時は全力でやるし、情けを絶対にかけない。七年前だって、・・・。いや、何でもないです。とにかく教授に話すことはありませんよ」


「・・・そうかね。青木くん、君はまだ私に比べて若いし、いくらでもやり直せる。二人で松田権造に鉄槌を食らわさんかね?」


 青木の表情が一瞬変わった。


「・・・どうやって?」


「君の口調から、君も私と同じように過去弱みを握られたことは何となく肌で感じた。奴の本性を告発するんじゃよ」


「内部告発ですか・・・?した時点で殺されるでしょう。脇は甘くないお人だ」


「そうかな?奴が選挙に出る前に、資金源の証人たちが全ていなくなれば、安心して隙が出来るんじゃないかね?」


「・・・・・・・・・」


「なら、もっとオブラートではなく、はっきり言ってやろうじゃないか。これで、目が覚めるはず」


「・・・・・・・・・」


「松田権造は都議会議員になる前から、資金稼ぎのために少しずつ悪さをしていった。暴力団風岡組と手を繋ぎ、覚せい剤を裏で捌くべく大手商社の藤堂要を利用し、邪魔な藤堂政宗を葬った。その時に顧問弁護をしていた君の何らかの弱みを握り、君を懐に入れたうえで次のプランを決行。藤堂要が作った偽ブランド品の流通ラインに国本明美を残し、また、同時期に弱みを握った儂と教え子秋山孝子を監視役兼指導役として、配置して覚せい剤の流通軸を強化させた。また、風岡組には全員の監視と逸した行動をとった時の抹殺指令を出して証拠隠滅にあたらせている。警視庁が台風で藤堂親子死体を発見して捜査の手が延びてきたことがわかると松田権造は君を通じて、風岡組に関係者抹殺指令を発動。その中に儂も入っているはずだ。・・・どうだ?当たっているんじゃないか?・・・儂が死ねば少なくとも秋山孝子と関連した者はいなくなる。そうすれば、捜査の手が止まるんじゃよ。松田権造はおそらく、これ以上の悪さをしているはずだ。しかし、ここで手を打たねば、いずれ君も奴に殺されるだろう?そうなる前に自首するんだ。脅されてやっているなら、情状酌量の余地があるかもしれない」


「・・・無理ですよ。私はもうこの道から逃れられない」


「それなら、少しその苦悩から解放してやる。本当は儂の抹殺命令受けているのだろう?」


「・・・・・・はい」


 青木の口から小声で、抹殺指令について発令されていることを聞いた羽鳥は苦笑した。


「・・・やっぱり。だと思ったよ。よく教えてくれたね。これで儂も思い残すことはない」


「・・・教授。逃げなさい。私は教授に抵抗された振りをして怪我を装います」


「いや、大丈夫じゃよ。そんなことをしたら君が困る。君は指令通り儂を抹殺するんだ」


「・・・・・・・・・」


「といっても、他人に命を取られるのはごめんだ。だから、そのまま動かないで見ていたまえ。決して、そこから儂のところへは来んでくれ。儂はあんたを撃ちたくないんでな」


 そう言い放つと、ポケットから拳銃を取り出し、銃口を青木へ向けながら、ゆっくりと後ろへ下がる。


「なっ、教授。いっ、一体何を・・・?まさか!」


 羽鳥は微笑む。


「青木くん。儂はこれより旅立つが、君は決して死んではいかん。松田権造に鉄槌を食らわすことが出来るのは、もう君しか残されていないんだ。警視庁捜査一課に佐久間という警部がいる。彼なら、きっと君を救ってくれるだろう。・・・昔、佐久間警部をテレビで見た時そう思ったんだよ。どうか、孝子と儂の分まで仇を取ってくれ。・・・どうか」


 羽鳥は、銃を構えたまま、そのままビル下へ身を投げた。


(・・・・・・教授!)


 数秒後。


「・・・・・・ドン」


 アスファルトに物体が叩きつく鈍い音がしたが、青木は怖くなり、すぐには下を見ることが出来ない。


(・・・この目で確認しなければ)


 青木は、おそるおそる落下した羽鳥教授の様子を柵を跨いで目視した。


「ひっ、・・・おえぇ・・・」


 すでに人の原形を留めていない羽鳥を確認した青木は逃げるように、その場を後にする。


(すぐにここから逃げなければ)


 今まで、忠実かつ冷徹に松田権造の裏方として任務を遂行してきた青木哲男の心奥底に波風が立ち、無性に先ほど聞いた羽鳥の言葉が繰り返し、突き刺さる。


(これで、覚せい剤の関係者はみんな、いなくなった。あとは教授のパソコンをどう入手し、データ削除するかだ。本当にこれでよかったのか?・・・でも私にはどうすることも出来ない。・・・佐久間といったな?・・・もしや、あの佐久間警部のことを教授は話したのか?テレビで見たと言っていたな。同一人物か少し調べてみるか。・・・もしかすると、本当に最後の手段で縋ることになるかもしれないからな)


 青木哲男が去った屋上の片隅で、赤い光がいつまでも点滅していた。


 これが、佐久間の用意した周到な罠とも知らずに。

 

 

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