動き出す歯車 2
十二月二十四日、クリスマスイヴ。
佐久間たちは、つかの間の小旅行に出かけた。
早朝の新幹線で、九条大河こと川上真澄と和尚が住む愛知県豊田市の大樹寺に立ち寄り一泊したあと、翌日京都に行くことにしたのだ。
千春は、思いがけぬ小旅行に終始上機嫌である。
「あなたには悪いけれど、たまにはこんな旅行もありがたいわ。命の洗濯とは正にこのことね」
「いつも苦労掛けているからね。冬の京都は初めてだ」
「翔子ちゃん、大きくなったでしょうね。早く会いたいわ」
「そうだね。元気にしているだろう」
~ 愛知県豊田市大樹寺 ~
「やあ、いらっしゃい」
「ご無沙汰してます。ヤダー、翔子ちゃん、大きくなって!こんにちは!」
「こん・・にちゃは」
「んもう〜可愛いぃぃ」
「ははは。そうじゃろ、そうじゃろ」
「死んだ智大ソックリなのよ。少しくらい私に似てくれても良いのにね」
「確かに、似ているね。千春、まずはご主人と妹の翔子さん、それに九条絢花先生に挨拶してからだ」
「そうね。積もる話は後にして、まずは墓前にお参りしてからね」
~ 五時間後 ~
千春は、翔子を昼寝させ、添い寝している。
和尚の千葉隆弘は法事で出かけてしまったので、川上真澄と飲酒しながら、留守番をしていた。
「警部さん、捜査で行き詰まった顔をしているわよ」
「・・・お見通しか」
「何年、好敵手やったと思ってるのよ?・・・ね、今度はどんなヤマを追ってるの?」
「機密三情報だからね。実名や詳細は話せないが、そこのチェスを使って話をしよう」
チェスの駒を並べ、簡単に説明をする。
「まず、これが本ボシと思われる人物、政治家だ」
「次に、これが故人となったガイシャ六人。本ボシに口封じのため、殺害された」
「どんな因果関係があるの?」
「まず、このガイシャ二人は親子。七年前の七夕に父親は謎の失踪。今年の七夕にあった台風で崩れた法面から白骨化した父親が発見。また、違う場所で息子も撲殺され遺体で発見。はじめは台風で流されて溺死扱いだったんだが、医師が違和感を覚えて、解剖に切り替え、判明したんだ。偶然なんだがね」
「まあ、七夕らしい運命的な末路ね」
「この息子を中心に捜査したんだが、このAとBが息子と繋がりがあった。偽ブランド品を販売し、その中に覚せい剤を仕込んでいたんだ」
「それで、どうなったの?」
「Bは大学講師をしていて、学生たち六名に覚せい剤漬けにした。現在、学生たちは病院で隔離されている頃だと思う」
「・・・なんか複雑ね。で、本ボシが捜査の手が延びて来る前にAとBを抹殺したと。それと、残りも関係者かなんかで本ボシと不用意に接触して、口封じで殺害されたってところかしら?」
「さすがにミステリー作家。勘が冴えてるね。だが、このガイシャの中で一名だけ不明なんだ」
「不明?どういうこと?」
「この人物は、先ほど説明した父親の弁護士をしており、七年前に父親と失踪している。遺体はまだ見つかっていない。父親と一緒に出てきても良さそうなんだが」
「ふーん。だったら、話は早い。この弁護士生きているわよ。しかも、本ボシの側近としてね」
「何だって?・・・」
(いや、待てよ。そう言えば、松田権造にはいつも公設秘書がいたな・・・。何か見落としているぞ。・・・国会議員でもない者に何故、公設秘書が付いている?・・・奴は秘書ではない。弁護士の青木哲男か!・・・完全に見落としていた)
「どうやら、分かったみたいね?」
「何故、わかった?」
「そんなの、ミステリー作家の私からすればザラだわ。大抵、敏腕刑事や探偵が躓くのは、初歩のカラクリと相場が決まっているもの。しかし、本ボシも大胆な人間ね。中々、面白い事件じゃない」
「灯台下暗しとは、よく言ったものだ。先人たちの言葉はよく当てはまる。やるべき道がはっきりと見えた」
「ふふふ。それでこそ、我がライバル。まあ、それでも到底、あなたには適わないけれどね」
「いや、今回、ずっと引っかかっていた違和感が取れたよ。早速、氏原に電話してくる。千春はそっと寝かしておいてくれ。・・・すぐ戻る」
「はいはい」
(男の人って、無邪気ね。・・・あの人もそうだった)
大樹寺の境内から、興奮気味に氏原へ電話する。
「プルルルルルル」
「はい、もしもし。・・・佐久間か!ラインじゃないのか?どうした?」
「わかったんだよ」
「何が?」
「七年前、藤堂正宗と一緒に行方不明になっている青木哲男弁護士さ」
「何だって・・・?ちょっと、待て。ここじゃあ、まずい。屋上からかけ直すから待っててくれ」
~ 三分後 ~
「待たせた。エレベーター待てずに駆け上がったから心臓がバクバクいってるぞ。・・青木弁護士がどうしたって?」
「松田権造が捜査一課に来た時に、背後にいた公設秘書がおそらく青木哲男だ。・・・よく考えたら、都議会議員なんかに公設秘書は付かない。我々が勝手に思い込んでいただけなんだ。山さんに秘密裏に知らせ、大至急、特命捜査対策室特命捜査第二係で昔の捜査記録を確認し、青木哲男の似顔絵か写真等を入手してくれ。もしかしたら、整形しているかもしれない」
「わかった。・・・何故、わかった?」
「川上真澄と今、チェスをしていて分かった」
「川上真澄?・・・九条大河か!」
「ああ、好敵手とだ」
氏原は、大笑いする。
「昨日の敵は今日の友だからな。千春ちゃんに言い付けて、奪ってやる」
「千春も一緒だぞ?」
「はあ?一緒だあ?」
「ああ。今日は愛知県、明日は京都に旅行だ」
「全く、お前って奴は。いい加減、九条大河とくっつけよ。九条大河だって、紅の挽歌でお前が運命の人だって言ってたじゃないか」
「私の場合は、千春だよ。誰にもやらん。諦めろ」
「まあ、良い。山さんに言えばわかるんだな?で、その後お前さんはどうする気だ?」
「山さんには、青木哲男と松田権造の背後関係を調べて貰って、風岡組との接点も当たるように話してくれ。私は、旅行から戻ったら、奴を揺さぶる」
「・・・東都大学の鳥羽秀一か」
「ああ。おそらく、生きた証拠は奴だけだから、松田権造が動く前に揺さぶって証拠隠滅を防ぐ策を施すよ」
「わかった。気を付けてな。科捜研も準備を進めておくよ」
「よろしく頼む」
(ふう、青木哲男はこれで整理がつくな。後は東都大の鳥羽秀一か。教え子の死にどんな反応を示すのか?・・・恋愛関係だったのだろうか?大学教授だから頭は切れるはず、それを利用してみるか)
佐久間は、旅行後の行動を頭の中でイメージしてから千春たちの元へ戻った。
「・・・話しはついた?」
「おかげさまでね」
佐久間は深々と頭を下げ、川上真澄にお礼を言った。
「今回は、本当に助かったよ」
「気を付けた方が良いと思うわ。その本ボシさん、相当な悪ね。大胆不敵と言うか。もしかして、側近が裏で操っているのかもしれないわね。あなたのことだから、まだ捜査対象がいるんでしょう?」
「ああ。Bのお師匠さんだ。多分、手強いな」
「ふーん、師匠ね。・・・つまり教授かそれ以上ね。んー?ちょっと待って、私が書きかけた作品で、似たシーンがあったな。・・・あった、はい、これ読んで見て良いわよ。きっと参考になると思う」
川上真澄は、書きかけの原稿用紙を佐久間に見せるとニヤッと笑う。
半信半疑で受け取って読んでみると、釘付けとなってしまった。
「私の思考回路と一緒だ。自分が書いたみたいだよ」
「でしょう?大体、このパターンは決まっているのよ。大学教授が講師や准教授を使い、覚せい剤や大麻を影で捌かせるの。ネズミ講方式ね。あなたのチェスに例えるなら、その大学教授が親玉で下にBが来る。Bと横並びでAが来るか、BがAに指令を出す。BがAに指令を出す方が分かりやすいかな。でもって、Aと息子が横並びで偽ブランドを売り捌くっていう図式になるはずよ」
「・・・全くその通りだ。分かりやすいな。私がホワイトボードで事件整理する形と一緒だよ。となると、父親の存在だな」
「どんな父親でどんな証拠が?」
「七年前に失踪し、白骨化した遺体のポケットに偽ブランドの革がちぎって入っていたんだ。そこから辿り着いた」
「なるほど。となると、父親は息子が偽ブランドに手を染めている事実を掴み、弁護士に相談。もしかしたら覚せい剤のことも掴んだかもね」
「ああ。今だから分かる。おそらく、覚せい剤を偽ブランド品に入っているところを見たか、客のふりをして何らかの手法で入手し、弁護士に相談した。その弁護士が本ボシと繋がっていることを知らずにね」
「・・・ちょっと待って。質問なんだけれど、その弁護士と大学教授は繋がっていないの?あと、本ボシと大学教授は繋がっていないの?」
「覚せい剤が出回ったのは、宗教系の大学だ。その講師を過去に指導したのが、現在は別の大学教授である師匠だ。本ボシの後援会を探っていくと、とある宗教法人に辿り着き、本ボシの甥が会員になっている。また、Bも会員になっている」
「・・・決まりね」
「決まりだな。Bと教授、Bと後援会、後援会甥と本ボシ。直接な繋がりは教授と本ボシで、繋がりの指導をしたのが弁護士。つまり、みんなグルだ」
「となれば、益々気を付けた方が良いわね。その大学教授を突けば、すぐに本ボシに伝わるリスクがあるわよ。・・・どうする気?」
「まともに訴えてもダメ、正攻法でもダメ。しかし教え子が殺害されたんだ。本ボシに簡単に消されるというリスクを話して揺さぶりを掛けようと思う」
「・・・それしかないわね。でも、あなたの身も危険な気がする」
佐久間は笑った。
「虎穴に入らずんば虎児を得ずだよ。危険は承知。そうでもしないと、被害者たちが報われないさ」
「・・・あなたは、いつもそうだったわね。私の時も。あの人の時も、そうやって事件を強引に解決してくれた。でも、千春さん知らないんでしょう?」
「・・・私なら大丈夫よ。刑事の妻だから覚悟は出来ています」
佐久間と川上真澄は思わず、振り向く。
「起きていたのか?いつから?」
「ふふふ。途中から」
「人が悪いわよ、千春さん」
「ごめんなさい。でも、あなた。私のことは心配ないから、あなたの思う通りにしてくださいな。被害者やご遺族のためにも、あなたが解決しなければならない事件なら、あなたの手でね。・・・未亡人になったら、真澄さんと翔子ちゃんとここで暮らしますから」
「大歓迎じゃ」
「和尚さん!」
千葉隆弘もいつの間にか、床の間で黙って茶を啜りながら会話に参加する。
「全く、この寺の住民はお節介な方だらけだ」
佐久間が微笑む。
「当たりまえじゃ。もう、お前たちは家族なんだから」
「・・・和尚さま」
千春は、涙した。
「佐久間くん、そういう訳じゃから安心して捜査して来なさい」
「お言葉に甘えます、和尚」
こうして、楽しい夜が過ぎる。
「明日は、京都ね。思い切り甘えますからね」
「ああ。楽しい旅行にしよう」
暖かい家族に囲まれ、今後の事件解決を改めて心に誓う佐久間であった。