現場検証
同時に三名の被害が出た明智大学であったが、幸いなことに、大学の校舎内で殺害されなかったこともあり、強固な情報操作でマスコミに悟られることだけは避けたいと方策を佐久間は頭の中で練っていた。
取り急ぎ理事たちの事情聴取を後回しとし、学長室で全職員からの聴取を行い、職員たちのアリバイや人間関係、一連の情報を把握していたか等を確認しシロであることが分かったため、職員への聴取を完結とした。
聴取を終え、一刻も早く秋山孝子の研究室や殺害された事件現場に駆けつくためだ。
また、どうしても事件解決の捜査指揮を執る以上、自分の目で現場被害状況や物的証拠等を把握しておく必要性があった。
秋山孝子研究室は、山川たちが踏み込んだ段階で想定通り、パソコン類の機器は全て回収されており、床には石灰が一面に散布されて真っ白であったが、この事態を想定し、鑑識官でなく科捜研メンバーをはじめから投入したことが幸いする。
警視庁を出発する時点で、佐久間から証拠隠滅を図られている可能性が高い情報を受けていた氏原が、あらゆる妨害に対処出来るように様々な検査キットを現場に持ち込んだ為、時間的ロスがなく証拠を集めることが出来たのである。
「氏原、すまなかったな。助かったよ」
「前もって聞いて、状況を想定出来たからな。まあ、火事になっていたらお手上げだったが、何とかな」
「で、どの程度分かった?」
「まず、足跡。学生たちとの照合になるが。石灰を撒いている時点で、犯人は慌てつつも、ある程度捜査されることを想定した動きをした。だが、石灰を撒いたくらいでは足跡は消せないよ。今回科学鑑定にも力を入れているから、証拠に繋がるはずだ。次に、指紋や毛髪、衣服繊維についても、ある程度採取出来た。学生と秋山孝子分を排除したうえで抽出しておく」
「エイチ(ヘロイン)やハッパ(大麻)、エス(覚せい剤)の反応は?」
氏原は、満面の笑みで佐久間にVサインする。
「バッチリ残っていたさ。微量かと思ったが、結構出たぞ。何度も研究室で使用していたようだ。あとは、秋山孝子の自宅で出る鑑識結果と照合すれば、本人が使用したのか、生徒に使用したのかが判明するだろう」
「安心したよ。では、残りは他の科捜研メンバーに任せ、氏原は私と今から殺害された三名の自宅に同行してくれないか?みんな、苦戦しているかもしれない」
「わかった。一緒に回ろう」
秋山研究室での証拠保全を確認した佐久間は、氏原と被害者自宅に向かうため、明智大学を後にした。
~ 十五分後、秋山孝子自宅 ~
秋山孝子の自宅は大学と同地区の白金台一丁目にあり、住宅街の一番奥に位置していたが、主要道路に面しており人通りも多い。
(この状況で、殺害を起こしたのか?目撃者や発砲音を聞いた者がいるかもしれないな)
自宅前には非常線が引かれ、佐久間と氏原はテープを潜って中に入ると、玄関に入った正面すぐの階段部分で秋山孝子が変わり果てた姿で横たわっている。
血が階段から床を伝い、玄関まで流れた形跡があり、既に乾いている。
「この分だと昨夜~本日未明にかけ、いや、日が変わるタイミングで襲われたかもしれないな。鑑識官に話を聞いてくるよ」
氏原は、玄関で立ち尽くす佐久間の肩を軽く叩くと遺体を跨ぎ、二階へ上がっていく。
(・・・秋山孝子。突然とはいえ無念だったろう?仇は取ってやるからな)
リビングで鑑識と一緒に現場検証をしている小川に声を掛け、状況説明をさせると気になることを話始めた。
「警部、お疲れさまです。実は、秋山孝子を殺害後にホシはここで、冷蔵庫をあさり食事をしていたようなんです」
「食事を?犯行後すぐに逃げずにか?」
「はい、テレビが付けっぱなしだったことから、もしかすると、テレビを見ながらかもしれません。ホシの心理がわかりません。深夜なので、車の騒音で少しは遮られたとしても発砲音は外に漏れているはずです。私が犯人なら少しでも早く外に逃げ出しますが」
(もし、三名の殺害犯が同一人物であれば、次の獲物を襲うまで時間調整をしたのか?それとも、ここで時間を潰す他の理由があったのか?)
佐久間は、頭を掻きながら思考を犯行時刻に重ねてみる。
(・・・・・・・・・)
「小川、鑑識と話して、ホシが玄関から外に出た時間を割り出しておいてくれ。それと、秋山孝子が殺害される直前まで部屋で何をしていたかもだ。パジャマ姿だったから眠っていたところを、玄関チャイムで起こされ、玄関を開けたら襲われた。逃げようと階段付近でトドメを刺され絶命したのか、二階の部屋で襲われ階段下で絶命したのか知りたい」
「それなら、前者かと思われます。二階寝室に血痕はなく、遺体も階段上を見た方向を指していますので」
「犯人が捜査を撹乱するために、わざと遺体の方向をずらしている可能性はないのか?」
「・・・それは、まだわかりません」
「いいか、小川。初動捜査でミスったら、捜査に支障をきたし遅れをとることになる。些細なことでも思い込みで決めつけるな。あらゆる可能性を考えて捜査するんだ。もし、ホシが仲間と落ち合うために時間を潰し、階段~玄関部で殺害していないとしたら、どこで秋山孝子を殺す?」
「・・・わかりません。寝室かもしれないし、リビングかもしれません」
「もう一度、寝室やリビングを検証し、血痕が拭かれた後がないか確認するんだ。それと、エスを証拠隠滅のためにトイレに流した可能性もある。鑑識にトイレも入念に調べさせろ。床下や天井裏、下駄箱など捜査忘れないように念入りに捜索し、証拠を集めるように」
「はい。もう一度、鑑識官たちと相談しながら現場を洗います」
小川に、詰めの甘さを指摘しつつ、リビングや冷蔵庫、廊下などを一通り見て回る。
廊下に飾られた写真裏や玄関の花瓶が、ベタだが妙に気になり、手袋をはめて確かめると、粉末を入れた小袋が三袋出てきたのだ。
「鑑識官!すぐに来てくれ。エスかもしれない」
リビングで捜査していた鑑識官がすぐ駆けつけ、簡易キットで粉末成分を調べると、反応を示す。
「・・・エスですね。パケにして隠していましたようです。となると、まだある可能性が?」
「ホシはエスを回収しに来たんじゃないかも知れない。・・・となると、秋山孝子はいつ捜査の手が延びても良いように周到に自宅であっても分散してエスを隠していることになる。・・・他の怪しい所も全て探すんだ。おそらく、まだ大量にあるはずだ。パケで出てくる可能性が高いぞ」
佐久間の号令で、所轄署の応援部隊も到着し、一斉に家宅捜索が行われた。
一斉捜索から、一時間が経過。
冷凍庫の冷凍食材袋内、郵便収納袋、表彰状額縁裏や洗濯用洗剤空き箱、生理用グッズ内、タンス下着類の下など、実に六十三袋もの覚せい剤が小袋に分けられて、発見されたのである。
「警部、やりましたね。やはり、主犯は秋山孝子で決まりですね!」
(・・・・・・・・・)
「警部・・・?」
佐久間は、覚せい剤の発見数が想定以上であることに違和感を覚えた。
(あっても、十袋程度かと思ったが)
「氏原、どう思う?本ボシが、あえて置いていった可能性もあると思うんだが。全てのパケについて指紋確認を頼む」
「・・・確かに怪しいな。すぐに調べてみよう」
小川が不思議に思い、尋ねる。
「あの、警部。何か不審な点でも?秋山孝子が主犯ではないんですか?」
「秋山孝子が学生たちにエスを捌いていたことには間違いないと思う。・・・しかし、数が多すぎるんだよ。多分、指紋は残ってないだろう。自宅でパケを隠すのに指紋など気にしないはずだ。後でわかることだが、どれにも指紋がついてない場合は、秋山孝子以外の者が細工したと判断出来る。・・・本ボシは、秋山孝子の射殺死体をわざわざ写真に現像し、福田理事の郵便ポストに入れた。これから何がわかる?」
「犯行を示すということですか?」
「何のために?」
「捜査情報が筒抜けで、お前たちの捜査情報は簡単にバレるぞと言いたいんだと思います」
「・・・二十点だ」
「二十点ですか?他に何があるんでしょうか?」
佐久間はパケを一つ手に取り、小川に渡す。
「本ボシが我々をこの場に引き寄せるために、犯行後、写真をポストに入れたことは間違いない。だがそれは、捜査情報の漏洩を笑うためではなく、エスを我々に発見させる為だったら、どうなる?」
「・・・あっ!」
「本ボシはエスをあくまでも、秋山孝子の所で止めたいんだよ。自分に捜査の手が延びないようにしたいのが見え見えだ。だが、逆にこれで本ボシもエスを捌いていることになる。食事をしたり、時間を潰す行動も、エスがどこかにあるぞという意思表示かもしれない。それと、大事な事を忘れていないか?」
「大事なこと・・・ですか?」
「エスそのものを事件現場に残すということは、現物以外の証拠を残さない意思表示でもある。二階の寝室やリビングにパソコンなど機械媒体は何もなかったんじゃないのか?」
「ええ。パソコンや携帯など機器類は何も残されていませんでした」
「なるほどな。・・・小川、後を頼んだ。氏原、次の現場へ急ごう」
佐久間は、全てを悟ったかの如く、秋山孝子に合掌すると次の現場へ急ぐのであった。
~ 四十分後、押田自宅 ~
現場検証が行われる中、到着した佐久間たちは、詳細報告を受け、押田に対して合掌する。
「佐久間、先ほどと違い、ズカズカと歩き回らないのか?」
「秋山孝子とは違い、押田学校長と片山理事は単なる見せしめだろう。おそらく、二人が捜査情報を本ボシに流し、墓穴を掘ったということだ。・・・知らん振りすれば、噛みつかれなかっただろうに。しかも血痕もまだ乾いていない。時間的にどう見る?」
「明け方四時~五時と見るよ」
「そうだろうね。秋山孝子殺害が午前0時なら、相当な労力を掛けて、あの家で時間を費やしたことになる。・・・つまり、押田と片山の両人は口封じのためにだけ殺された」
「では、どうする?この後、片山理事宅へ行かないのか?」
「他にやらなければならないことが出来た。・・・警視庁へ戻るよ。氏原はどうする?」
「俺も科捜研に戻ることにする。・・・やらなければならないとは一体何だ?」
佐久間は、そっと耳打ちをする。
「本ボシの性格がほぼ読めてきた。私の推察が正しければ、警視庁に戻る頃には、上層部から圧力が掛かっているはずだ。捜査を中止しろとね。安藤課長は惚けてかわしてくれていると思うが」
「圧力が掛かる?・・・どういうことだ?」
「松田権造のことだ。良からぬ噂を聞いたとか難癖を付けて捜査情報を教えろとか、違うアプローチで直接、捜査一課に関わろうとするはずだよ。自分が犯人と言っているようなものだが」
「そんな単純なものかね?」
「ああ。奴は以前、一度、警視庁に乗り込んできたから気質が良くわかる。自分に降りかかる火の粉は真っ先に払いたくなるようだった。・・・つまり、捜査指揮する私が邪魔なんだ。都議会議員として、国家公務員が一番嫌がる権力を使った圧力を掛けてくると読んだ」
「面白そうだ。臨席させろ」
「ああ。良いとも。愉しんでくれ」
(さあ、敵さん。どう動く?)