本ボシの暗躍
秋山孝子と背後関係者を洗い出しながら、警視庁では捜査一課・二課・組織犯罪対策第四課合同で身柄拘束準備に入っていた。
秋山孝子が現在ネット上で利用しているサイトは主に東都大学との連絡コミュニティ、企画販売、心理学セミナー、そして宗教法人くれない会である。
佐久間はこの宗教法人くれない会に着目し、二課を通じて詳細調査を行った結果、くれない会の会員に松田権造の甥が登録されている事実を突き止めた。
また、この宗教法人が設立の際、出資に裏で風岡組が関与していることもわかり、秋山孝子と松田権造、風岡組がこの段階で線上に現れ始めたのである。
「大空、例の藤堂要PCで何かわかったか」
「藤堂要と国本明美で立ち上げていた販売サイト内に秋山孝子がいることは間違いありません。サイトはまだ生きているので、一般客を装い偽ブランドを購入するコンタクトを取っていますが、まだ秋山孝子から返事は来ていません。値段的に偽ブランドにしては通常価格と同等なので、エイチ(ヘロイン)やハッパ(大麻)、エス(覚せい剤)が含まれていると思うんですが」
「いきなりは、さすがに売らないだろう。色々な商品を購入し親密にならないとダメかもしれない。根気良く粘ってみてくれ」
佐久間は山川に、捜査状況を確認。
「山さん、藤堂千秋の動きはどうだ?」
「藤堂千秋に動きはありません。別件ですがこの間、大空の捜査報告を元に、組織犯罪対策第四課で挙げたホシで偽ブランドサイトからエスパケを購入した経緯を確認してみました。先ほどの話に付随するかもしれませんが、一見さんは中々売って貰えないようで、中に仲介者をかました方が良いかもしれません」
「なるほど・・・仲介者か。大空、心当たりはあるか?」
大空は、クビを横に振った。
「仕方あるまい。クリスマスには間に合わないから身柄拘束後に全容を明らかにしていこう。頭を切り替えて、くれない会がどんな宗教法人なのか調べてみてくれないか?・・・明智大学も宗教系の大学であるから、裏で理事たちが繋がっていないとも限らない」
大空は、すかさず佐久間に質問する。
「警部。もしかして、明智大学自体も捜査対象と思ってらっしゃいますか?私にはとても思えませんが・・・?」
「十パーセントの確立で疑っているよ。海千山千の強者たちだ。のし上がるには裏で繋がっていると考えた方が楽だからね。もしかすると、今回ホシを取り逃がし、お粗末な事態となったら、彼らがマスコミにリークしないとも限らん。私だったら、警視庁に裏取引をされたと公表し、世論を味方にするだろう。組織を守るためには冷徹にもなるさ」
「だとしたら、世の中悲しすぎます」
「ああ。せめて教育に携わる者として、信じてみたいところだよ。山さんはどう思った?」
「私は元々聖職者は信じちゃおりません。この前の理事たちは、きな臭いと思っていたところです」
「・・・同感だ。捜査情報が漏れるとすれば、彼らからだろう。念のため用心し、松田権造サイドの動きや風岡組もチェックしておいてくれ」
「わかりました」
「あと、五日が勝負だ。秋山孝子を確保した時点で一気に究明解明といったところだが、あまりにも事態が急に動くかもしれない。各自、何を整理するのか目的意識を持って捜査に臨んでくれ」
「はい。わかりました」
十二月二十三日、八時五十分。
警視庁では、いよいよ大捕物を明後日に控え、タイムスケジュールを捜査会議で詰めていた。
「私と山さんは、四時限目の講義が終了し、生徒が教室から捌けるのを見計らって、秋山孝子を拘束する。そのタイミングで秋山孝子の研究室を抑えてくれ。ゼミの生徒は同日の朝一から、大有商科大学に移っているから不在のはずだ。身柄確保後に物的証拠のパソコンなどを回収。同時に研究室内に鑑識を入れ、エスの成分がないか検証したい」
「了解しました」
「捜査二課チームは、各理事たちの動きを頼む。不穏な行動を取る者はいないと思うが監視して欲しい」
「ひっそりと行いますか?」
「いや、あからさまに監視しているぞと姿を見せつけてくれ。今回は我々の力を誇示した方が良い」
「わかりました。目つきが鋭い者を選別します」
「組織犯罪対策第四課チームは、松田権造や藤堂千秋、くれない会を張って頂きたい。また、不測の事態を想定し、校外へ出るルートを全て封鎖して頂きたい。勿論、捜査一課と合同に行う」
「第四課チーム、了解」
その時だった。
会議室に内線が入り、山川が対応。
「何だって!ちょっと、待ってくれ。警部!秋山孝子がバラされました!」
「ーーーーーー!何だって!どこでだ!」
山川が、電話を佐久間に渡す。
「替わりました、佐久間です。ああ、福田理事ですか?・・・その情報をどこで?・・・え?わかりました。すぐ、学校へ向かいます」
電話を切った佐久間は、珍しく拳を机に叩きつけ感情を露わにした。
「・・・警部!」
「みんな、聞いてくれ。捜査は一旦中止だ。秋山孝子だけではなく、押田学校長と片山理事も殺されたようだ」
会議室が凍り付く。
「一度に三名も?どこでですか?」
「詳細はわからん。・・・が、朝、福田理事宅の郵便ポストに三人の射殺遺体写真が投函されたようだ。場所がわからん以上、一度明智大学で集合し事情を聞いた上で、ガイシャたちの遺体回収を行い解剖に回そう。鑑識官、科捜研メンバーを招集して待機させてくれ。第一機動捜査隊にも声を掛け、我々よりも先に到着出来そうであれば、証拠保全に努めるんだ」
「警部、これも松田権造の仕業でしょうか?」
「・・・わからん。しかし、押田と片山は裏で松田権造と取引をしたかもしれん。情報を流し、口封じで殺されたのであれば、合点がいく。・・・しかし、証拠隠滅が強引過ぎる。もし、秋山ゼミで物的証拠になり得るブツが全て持ち出されていたら、国本明美殺害のホシと同一人物かもしれない。とりあえず、証拠保全だ、行くぞ」
警視庁から、赤色灯を回したパトカーが六台、明智大学へ向け急発進する。
佐久間は、無線で各方面へ初動捜査をするべく細かく指示を出した。
(完全にやられた。少しでも証拠が残っていれば良いが・・・。秋山孝子よ、せめてもの情けだ。お前の生徒たちは私が責任を持って更正させてやる。だから、安らかに眠るんだ)
~ 二十三分後、明智大学 ~
職員室には、全職員が固まって着席している。
「警視庁捜査一課です。福田理事は?」
佐久間の申し出に、職員たちは驚愕している。
「え、佐久間さん?・・・探偵さんじゃ?」
「もう良いでしょう。実は、本学生徒が覚せい剤の被害に遭っている証拠が見つかり、内偵捜査していました。本当は警視庁捜査一課に所属しています。・・・皆さまを騙す結果となり、その点は申し訳ありません。しかし、この大学の名と名誉をマスコミから守るための緊急避難措置でした。ご理解頂きたい」
福田理事が、全職員へ声を掛ける。
「佐久間さんのことは、押田学校長たちが頼んだことじゃ。分かってやって欲しい」
「ありがとうございます。・・・しかし、今は、それどころではありません。福田理事、写真を見せてください。秋山孝子たちはどこで殺害されたか知っていたら教えて欲しいんです」
「・・・三人とも多分自宅じゃろう。河合くん、職員名簿を」
「・・・は・・い。すぐ出します」
佐久間は、河合より職員名簿を受け取ると、携帯で各方面へ指令を出した。
「佐久間だ。秋山孝子は自宅で殺された可能性が高い。自宅住所に急行してくれ。科捜研メンバーも一緒にだ。パソコン等はないかもしれないが、エスの成分は出るはずだ。必ず、証拠を挙げてくれ。住所は港区白金台一丁目二番だ。急げ」
今度は、小川に連絡を入れる。
「佐久間だ。押田学長は自宅で殺された可能性が高い。第一機動捜査隊並びに所轄警察署刑事係に連絡をし現場に急行してくれ。科捜研メンバーは秋山孝子自宅に回した。鑑識官を同行させて欲しい。住所は、文京区本郷三丁目七番だ」
最後に馬淵へ連絡を入れる。
「佐久間だ。片山理事は自宅で殺された可能性が高い。所轄警察署刑事係と捜査一課チームで現場へ急行してくれ。科捜研メンバーは秋山孝子自宅に回したから鑑識官を同行させてくれ。住所は、港区赤坂二丁目十二番だ」
電話にて指令を出した佐久間は、山川と谷後に、すぐ秋山研究室に向かい証拠保全に努めるよう指示をした。
佐久間の鬼気迫る指示を垣間見て、職員たちは、ただただ、これが現職刑事であると認識し畏怖する。
「福田理事。想定外ですが、職員全員に対して任意ではなく通常の聴取をさせて頂きます。穏便に済まそうと我々は配慮したが、捜査情報が事前に漏れ、三名もの被害者が出た以上、職員もしくは理事たちの中に裏切り者がいると考えるのが妥当です。特に理事たちには、知っていることを吐いて頂く。・・・よろしいですね?」
福田は、全身から大量の汗が出た。
言い逃れしたいのは山々であるが、佐久間の眼光が全てを見通すかの如く鋭く、それを拒絶している。
「わ、私だけではない。悪いのは全部、押田学校長や片山理事たちだ。だから、きっと殺されたんだ。・・・後生だから逮捕せんでくれ」
「・・・誰もあなたを逮捕するとは言っていません。事実関係を聴取するだけですよ。まあ、程度にもよりますが。理事たちは警視庁で聴取します。お手数ですが福田理事より緊急招集してください。全員です。・・・これは警視庁の命令です。応じない場合は強制的に身柄を拘束したうえで聴取します」
「わ、わかりました。すぐ招集させますから」
佐久間は、そのまま職員全員に対して発言する。
「では、学長室で職員全員のアリバイや、先週からの行動について聴取します。一人ずつ伺います。決して後に疑われることのないように発言には注意して臨まれてください。では、河合さんから学長室へお願いします。それと、今回の事態でマスコミが嗅ぎ付け、明日にでも学校に押し寄せるかもしれません。本日付けで、少し早いですが冬休みにした方が良いかもしれません。警視庁からは、生徒が覚せい剤の被害に遭っていることを公表しませんので、覚せい剤の話が万が一、出回ったら、学校関係者から情報発信されたと思ってください。この危機を乗り越えるのは、あなたたちの手腕に掛かっていることを肝に命じて行動してください。福田理事は警視庁に招集はしますが、この局面を乗り切る指示をきちんと全職員に対して行ってからで結構です。私もここで世話になった以上、この学校が汚されることは耐えられません。何とか助けたいと奔走したいと思います」
「・・・助かります。みんな、理事たちを至急この学校にまず招集させ、対策会議を開こうと思う。その後、我々理事は警視庁の聴取に協力したい。みんも分かっていることは、協力してくれ。みんなで学校の危機を乗り越えるぞ」
「おお----」
(最大のピンチだが、何とかなるかもしれないな)
各方面で、事実確認作業がはじまり、佐久間も職員全員への聴取を開始する。
本ボシの暗躍に対する精一杯の抵抗であった。