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潮騒のうた 〜佐久間警部の抵抗〜  作者: 佐久間元三
慕情
17/31

包囲網

 佐久間が学生たちに講義を開始して二週間が経過していた。


 クリスマスを控え、明智大学の学生たちもカップル姿を先月よりも多く見かけるようになった。


 講義での、捜査対象者になった学生たちを、その後、捜査一課と組織犯罪対策第四課共同チームでマークし、徐々に足取りが判明。


 佐久間の読み通り、六名が覚せい剤の中毒症状を発症していることも明かとなった。


 校内での六名の行動は佐久間が見る限り、今のところ奇抜な部分はないが、共通して体臭を気にする仕草や喜怒哀楽の微妙な変化、寒いにも関わらず、汗をかいている等、わずかであるが感じ取ることが出来き、薬の副作用効果がではじめているのは明かだ。


 事態を重くみた佐久間は、四課長の安波や一課長の安藤と連絡を取り合い、覚せい剤の目を摘むべく行動を執ることにしたのだった。


 ~ 学長室 ~


 佐久間は、お忍びで駆けつけた四課長の安波と校長室にて潜入捜査した結果を報告していた。


「・・・以上が、ここ一ヶ月の捜査結果です。捜査対象者六名の行動、言動、足取り全て証拠があがっています。六名中、四名が校内で秋山孝子講師経由で入手したり、秋山講師が都営地下鉄白金台駅のコインロッカーにブツを入れ、それを学生たちが受け取って使用しています。他二名は、校外で暴力団チンピラと接触。この暴力団は、関東風岡組という指定暴力団組織です。しかし、この風岡組は本来覚せい剤取扱い御法度のようなので、チンピラが小遣い稼ぎに行っている可能性もあります。また、二名の生徒は暴力団員からの購入以外にも、東京メトロ線東大前駅のコインロッカーでブツを受け取っていることから、秋山孝子以外の売人もしくは秋山孝子が外部の大学教授や講師と繋がっていることも否定出来ません」


「・・・そんな、六名も。もしかして、全員彼女の教え子ですか?」


「はい。秋山孝子講師の心理学専攻の教え子たちばかりです。逆を言うと、このゼミ以外は被害を確認出来ません」


「馬鹿なことを!・・・で、捜査結果に沿って一斉に学生たちを検挙する気ですか?嫌でもマスコミに嗅ぎつけられてしまう。これが、あなた方警視庁の望みですか!」


 佐久間は、安波と目で合図をした後に静かに回答する。


「押田学校長。前に話した通り、この学校をマスコミに売ったりは決してしません。よく聴いて頂きたい。まず、学生たちを一度に検挙や隔離したら、嫌でも秋山孝子が勘づきます。我々としては、秋山孝子をはじめ売人を検挙したいと考えています。秋山孝子が風岡組とどう繋がりがあるのか、校外の協力者はいないのか等足取りを掴んだうえで、秘密裏に検挙します。秋山孝子検挙後に、学生たちについては外部に漏れないよう休学か留学という形で処理をして頂きたい。そうすれば、大学の名に傷は付かないでしょう」


「・・・秋山ゼミそのものを外部留学させたことにすれば良いのですか?・・・ある意味、冒険だ。私一存で決められることではない!」


「では、臨時役員会を開いてください。理事たちには我々から説明しましょう」


「・・・わかりました。臨時役員会を開きましょう。しかも、役員たちと学校長だけの。前代未聞ですが」


「仕方ない緊急事由です。警視庁からの招集と言えば、押田さんの保身にも繋がります」


「・・・わかりました。で、いつ招集を?」


「今夜にでも、開きましょう。学生たちは今この時も覚せい剤の副作用に蝕まれている」


「校内だと秘密が漏れる場合がありますが?」


「警視庁で行います。理事たちを警視庁の今から教える大会議室へ、今夜二十時に招集ください」


「・・・手配しましょう。本当にマスコミには?」


「約束しますよ。では、私と安波は時間差を付けて校舎を出て準備に入ります。また、後ほど」


 こうして、佐久間と安波は時間差で校長室を後にし警視庁へと戻ることにした。


 ~ 二十時、警視庁大会議室 ~


 大会議室には、捜査一課と組織犯罪対策第四課及び捜査二課も加わった総勢五十名と明智大学関係者七名が参加し、合同で非公式であるが捜査会議が催された。


 司会進行は潜入捜査をした佐久間が行う。


「まず、明智大学の理事の方々。本日、招集を依頼した警視庁捜査一課の佐久間と申します。押田学校長へは警視庁から依頼し、明智大学の学生たちに覚せい剤が出回っているため潜入捜査として協力頂いております。本日まで、理事たちにも情報が行かない様、我々がきつく情報操作した点についてご理解頂きたい」


「・・・学生たちを守る点では仕方ないでしょう。マスコミにもまだ気づかれていないようだ。我々、理事たちを招集するということは、捜査進展があってのこととして話を伺います。潜入捜査の経緯は後で押田くんに聞くとして、話を進めください」


 さすがは、名だたる大学理事たちである。


 一から十まで経緯説明せねばと考えていただけに、この理解ある発言は、心底ありがたい。


「お話が早くて助かります。では、本題に移りたいと思います。まず、売人及び覚せい剤を広めている人間、秋山孝子講師について、今分かっている捜査情報を頼みます」


 四課の井上が、起立し発表する。


「はい。秋山孝子は心理学講師で授業がある日は二十一時頃まで本校で心理学ゼミ生徒相手に卒業論文テーマについて指導。毎週、火曜日は同ゼミの大友と、木曜日には三谷と二十二時頃~明朝まで白金台駅付近のラブホテルで過ごします。おそらく、この時に二人の学生に覚せい剤を売っていると思われます。講義のない月曜日、水曜日は決まって八時十分に同都営地下鉄白金台駅コインロッカーにブツを入れ、それを十一時前後に、ゼミの生徒である津田と小林が受け取り、校内へ持ち込んでいるようです」


「佐久間警部。校内でこの二人が使用している形跡はあるのかね?もしくは、他人に配布している事実確認はどうだね?」


「この二人は、同ゼミですが互いに覚せい剤を使用している話をしていません。他の者もです。つまり秋山孝子ゼミ生徒は互いに覚せい剤を使用していながら互いに知らない状況です。駅から足取りを掴んでいますが、帰宅し自宅に入るまで薬を出したり使用したりした事実はありません。おそらく、自分だけのために売られたものとして、固く秘密を守ったうえで自宅の部屋で吸引等をしているのでしょう」


 井上は話しを続ける。


「残り金曜日ですが、どうやら校外にパイプを持っているようです。毎週、金曜日七時八分頃ですが東京メトロ線東大前駅のコインロッカーにブツを入れる秋山孝子の姿及び同日、十六時過ぎにブツを入れる風岡組の若林というチンピラの姿を確認しています」


「・・・東大駅前。まさか」


 押田は思わず、右手で口を覆うように隠した。


 佐久間はその挙動を見逃さなかった。


「押田学校長。何かお気づきの点は話してください。秋山孝子と東京大前駅にどんな関係が?」


「・・・いや。まだそうと決まった訳じゃあ」


「押田くん。答えたまえ。ここでの隠し事は理事たちの反感を買うよ?」


「は・・い。えー、秋山講師は実は東都大学の鳥羽教授の教え子でして。同じ心理学を専攻しており、月に二回は当大学と交流もあります。ですが、あの鳥羽教授に限って、だって名誉教授ですよ!そんなポジションの人間が犯罪に手を染めるなど」


「・・・おかしくはありませんよ。押田学校長」


 安波は、ポリポリと頭を掻きながら押田に答える。


「得てして、名誉を手に入れた人間は、さらに知名度を高めるために、大金を集め名誉を上げる努力をするもんだ。覚せい剤を捌く政治家や芸能人も多いのはそのためです。地位が高くても、道を外れれば教授もチンピラも同じです」


「安波課長。では、東都大学の鳥羽教授は四課にお任せいたします」


「引き受けよう。井上?」


「はい。風岡組との接点も探りましょう」


「では、話を元に戻します。私の知る限り、学生六名について、僅かですが禁断症状や副作用が見受けられはじめています。現時点であれば、病院による治療が間に合います。しかしながら、秋山孝子ゼミの生徒が六名も一度に消えては、さすがに秋山孝子のみならず、他の学生も騒ぐことでしょう」


 理事の一人が挙手する。


「なら、押田くん発案もしくは理事推薦枠で他校へ交換留学と称し外に出せば良い。ばらけても良いと思うがね。どうだい、押田くん?」


「はあ。なら、応用微生物の生徒や土木学科生徒及び心理学専攻生徒の合計三十人程度思い切って出すというものは如何でしょう?これなら、勘づかれ難いと思います。期間は・・・二ヶ月でどうです?」


「異議無し。では、早々と告知したまえ。刑事さんはこれで宜しいですか?」


「助かります。生徒たちが分離した段階で、一名毎に親御さん説明のうえ、保護しましょう」


「やはり、逮捕となりますか?」


「・・・前途ある学生が、一講師に人生を狂わされることがあってはならない。被害者として扱います」


「本当ですか!それなら、本校として助かります」


「問題は秋山孝子の拘束時期ですが、一課及び二課で情報はないですか?」


 二課の大空が、待ってましたと言わんばかりに挙手をした。


「二課大空です、発言しても?」


「もちろんさ」


「えー、実は秋山孝子のPCアクセス履歴を二課で解析していたところ、おもしろいことが分かりました」


「おもしろいこと?何だ?」


「秋山孝子は、過去に藤堂要や国本明美と接触した履歴があります」


「なんだって!どういうことかね?」


「はい、一課で追っていたヤマにぶつかったと言ってもいいかと。藤堂要と国本明美が偽ブランド販売をしているメンバーに秋山孝子もいた。つまり、覚せい剤も売り捌いていたかもしれません。既に、過去四課の薬物銃器対策課、以前は生活安全部でしたが、逮捕した履歴者の中に、国本明美から購入した偽ブランド品にパケがあったと裏を取ってあります」


 安藤が、思わず立ち上がる。


「一課長としても礼を言う。よく、調べてくれた。ウチの課だけでは辿り付けなかったかもしれない。なあ、佐久間警部」


「ええ。片寄課長、二課の大手柄です。これで、藤堂要と国本明美、そして秋山孝子ライン、もしかすると東都大学の鳥羽教授、風岡組が繋がり、最終的に松田権造まで辿り付けるかもしれません」


 片寄は、ここ暫く二課の不祥事で一課や警視庁内に対して汚名返上を掲げていたため、腕を組んでポーカーフェイスを気取っているが、内心は天にも昇る喜びをかみ殺していた。


「二課では、いつもここまでやるからな。でも、これで一課に少し借りを返せてホッとしとるよ」


「安波課長。一課の人間も手伝わせて頂けませんか?二課報告があったように、国本明美という故人が偽ブランドを売り捌いた際、覚せい剤も売っていた事実をもっと掴みたいんです。また、国本明美は藤堂要と接点があり、藤堂要は松田都議会議員とも関係がありました。一課のヤマですが、組織を挙げて対応しなければ、追えないヤマでもあります」


「わかった。合同でいこう。安藤くん良いかな?」


「ええ。こちらこそ、助かります」


「佐久間警部。では、新事実は新たなチームで行うとして、本題に戻ってくれ」


「はい。明智大学理事たちの提案で、秋山孝子と学生を分離したうえで確保したいと思います。押田学校長、今から教務課と連携し、どのくらいで対応出来ますか?」


「・・・師走ですからね。通常だと、来月末かと」


 この発言に、理事たちが噛みつく。


「来月末とはどういうことかね?すぐ実行すればクリスマスまでには間に合うんじゃないかね?」


「しかし、時間がありません」


「まどろっこしいな、君は。出来んなら、我々が仕切ろう。明日、緊急職員会議を開く。今から全教員へ連絡しなさい」


「は・・・い・・・」


「佐久間さん、そういう訳で我々も年を越したくないんでな。何とか年内に学生たちを病院へお願いしたく頭を下げます。学生たちは、我々の大切な孫じゃ」


「しかと、承りました。では、皆さん。学校の仕切りは理事や学校長にお願いするとして、秋山孝子を重要参考人として十二月二十五日に身柄確保します。それまで各自、引き続き学生たちや秋山孝子、関係者の鳥羽教授、風岡組の若林身辺を洗って頂きたい。こちらの動きを決して悟られないようにお願いします」


「万が一、悟られた時の指揮はどうする?」


「佐久間か安藤課長経由で、二課と四課へすぐ報告を入れます。どこで松田権造が出てくるかも分からないし、途中で秋山孝子を消され証拠隠滅図られても困りますから。二課は、秋山孝子と国本明美のメールやり取りや他の解析が出来るのかも視野にお願いします」


「わかりました。鋭意努力します」


「では、皆さん。半月程度しかありませんが、只今より秋山孝子を重要参考人として包囲網を結成します。各自段取りを開始!」


 警視庁総力を挙げての、捜査に切替わる瞬間であった。


 ~翌日、明智大学。緊急職員会議~


「・・・以上が学校方針です。応用微生物、土木学科、心理学の合計三十三人を理事長推薦で大有商科大学と二ヶ月間交換留学とします。なお、この方針は理事会で決定した事項であり、各教授陣ならびに個人意見は聞きません。命令事項です。では、教務課は速やかに手続きを取ってくださるようお願いします。また、生徒には見返りとして理事会をあげて就職に有利となるよう裏で働きかけることを生徒本人及び保護者へ伝えることを忘れないように」


 緊急職員会議での理事長発言に、職員室中が沈黙する程、高圧的かつ一方的な意思表明であり、誰一人として発言する者はいないかに見えたが、秋山孝子のみが挙手し反論する。


「一方的であり、断固拒否します。このやり方は事前通告もなしで横暴過ぎますわ」


 理事たちは、冷ややかに対応をする。


「一方的なことは百も承知ですよ、秋山講師。だから生徒たちは裏で就職に有利になるように動くんじゃないですか。悪い取引ではないし、相手の商科大学だって同じ条件ですよ。これは政治的かつ戦略的要素もある。経営権のない講師には何の権限もないことは、おわかりではないのですかな?これ以上のことを我々理事から言わせる気ですか?・・・ねえ、押田学校長」


 押田は、汗を拭いながら秋山孝子をたしなめる。


「秋山さん、ここは大人になりましょう。あなただって大学から給料を貰っている以上、サラリーマンなんですよ」


「・・・納得出来ません。私の生徒は私の物です」


 職員室中から失笑が起きる。


「困りますな。生徒はあなたの物ではない。その発言こそ撤回しないとクビですよ。ここは、教育の場であり、言葉には気を付けたまえ!」


 理事の一喝で、秋山は黙った。


「皆さん、ご不便をお掛けしますが、これも当学の名誉と発展のためです。何とぞ、ご協力を」


 こうして、半ば強引な職員会議が終了し、全職員たちは持ち場へと帰っていった。


 秋山孝子は、どうしても納得出来ない様子で廊下を早歩きで移動していく。


(何故、私の生徒ばっかり。もしかして、あれを学長たちが知っている?もしくは生徒から漏れているのかしら?・・・いや、そんなことない。マインドコントロールは完璧なはず。念のため、鳥羽教授に相談しておこうかな、いや、まだ事実関係を掴んでからの方が良いわね)


 その様を見ていた片山理事は、押田にそっと耳元で囁いた。


「もうすぐだ。もうすぐ、当校の膿が警視庁の手でそっと排除される。問題生徒もだ。来春の新規枠のためにも、警視庁は利用するだけ利用すれば良い。・・・押田くん、わかっているね?」


「本当に揉めたら、自らマスコミに情報を売るんですか?警視庁に知れたら、事ですよ」


「なあに、ウチらは被害者面すれば良い。警察に裏取引をされたとね。万が一は全てを悪者にしなければ当学の明日はないんだよ。それと、この事は念のため我らが味方、松田権造議員の耳に入れておきなさい。警視庁の犬が狙っているから身辺を気をつけるようにとね。・・・奴はまだ利用価値があるから恩を売っておいた方が良い」


「どこまで、情報を?」


「そうだな。覚せい剤の話をしたら、万が一、奴が暴力団と接触し我々の口を塞ぐかもしれない。さすがに生命は掛けたくないから、ブランド品捜査で秋山孝子と死んだ国本明美の接点が見つかり、議員の話も出たようですと伝えておきなさい。そうすれば覚せい剤の話は知らずに、奴は動くさ。ブランド品の件でね。しかも、我々は知るところではないから奴に感謝されるだけさ」


「理事長。あなたって人は・・・」


「利用出来るものを利用する。これが世の中の常だよ」


「わかりました。来年の学長選挙お願いしますよ」


「わかっているわい。儂に従順でいる限り、君の席は担保してやるよ」


 片山と押田は、秋山孝子に今後捜査の手が及ぶことをほくそ笑みながら談笑し、後姿を見ていた。


 そんな二人の背後に、うっすらと映る影の存在を知らずに・・・。




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