潜入捜査 2
教務課河合に校内施設を案内されながら、佐久間は学生がたむろしている学生食堂、図書館、部室や掲示板前などを注視しながら把握した。
また、職員たちの性格や特徴を聞き出すため、わざとゆっくりと周り時間を稼ぐよう心掛けた。
「河合さん、本当に丁寧に案内してくれて助かります。学生たちはいつの時代も集まるところは同じなんだと実感しました」
佐久間の発言に共感したのか、河合は積極的に親身になって距離を縮める。
「はじめてです。小さなことかもしれませんけれど、学生たちが何に興味があって何に不満を持っているのかとか、職員たちは何も話しません。大きな声で言えませんが、本気で学生のことを心配する職員はほとんど皆無かもしれませんね。みんな、自分の出世や研究成果発表の成功しか頭にないんです」
「本当ですか?昔は教授と一緒に学食を食べながら未来について語ったものですが」
「一年生~三年生は、単位を取るだけで教授や講師と個人的に接触することはありません。卒業論文でテーマ毎に教授を選んでゼミを組んではじめて接触するくらいでしょうか。教務課も事務的要素が出た時くらいしか学生と会話をしませんし。佐久間さんが想像する以上に、大学は閉鎖的空間だと思います」
「職員同士、飲みに行ったりコミュニケーションを図ったりしないのですか?」
河合はクスッと笑いながら、挨拶する学生に手を振り返す。
「まさか?職員同士仲良くなんかないですよ。不倫している職員同士は別ですが。教授は尊厳をかざして威張るだけだし、助教授や講師は窮屈な思いで教授のご機嫌とりながら席を狙っているし。医者でいうなら白い巨塔の世界と同じです」
「どの組織も同じなんですね」
「組織?嫌ですわ、佐久間さん役人みたいです」
(・・・しまった。役人はまずい)
「いえ、探偵事務所も組織で動いておりましてね。上司部下が存在するんですよ。報連相やコンプライアンス部もありますよ」
「まあ、探偵事務所さんっていうから、二・三人の小さな事務所とばかり。失礼ですよね」
佐久間は、自販機でコーヒーと紅茶を購入し河合に差し出すと河合は遠慮気味に受け取る。
「いいんですよ。規模など大したことないです」
「佐久間さんって本当に紳士なんですね」
「それより、今朝挨拶した時に私が話をした二名について教えて頂いても?」
「はい。えーと、秋山講師と根本助教授ですね。なんでしょうか?」
「そうですね。それぞれどんな分野で教鞭を?」
「秋山講師は、心理学専攻です。他人とあまり群れをなさないですね。妖しい色気があって、男性学生や男性職員からはチヤホヤされているんじゃないですか?あまり良い噂は聞きませんが。彼女がタイプなんですか?」
佐久間は思わず両手を広げ全否定する。
その仕草を見た河合はホッとした表情を見せた。
「佐久間さんの好みは派手系ではなく、地味系ですか?」
「そうですね。蹴ると折れそうな華奢な感じで、どちらかというと地味な女性が好みです。影がうすい人には目がいってしまいます」
「良かったです。・・・えーと、次は根本助教授ですが、会議の発言でもわかるように保守的です。教授たちに気に入られるように公の場で反論しますが、今日のように理詰めで責められたら、黙ってしまうので周囲からは馬鹿にされていると思います」
「そうですか」
「噂では、根本助教授が秋山講師に結婚を前提にくどいたことがあったらしいですが、一蹴されたようですよ」
他愛もないやりとりをしながら、佐久間たちは講義を行う教室を訪れた。
「ここで、佐久間さんに教鞭をお願いすることになります。約二百十人、講義に参加すると思います」
「一学年、二百十人ですか。机は一列十人×縦に七列。横に三列。配置はよくわかりました。少し講義の教壇と学生たちの間が空いているのが気になりますが問題ないでしょう」
「緊張します?」
「いえ、全く緊張しませんよ」
「やっぱり。今朝の職員会議でも堂々としていたしこの分では講義も問題ないですね。後日、パワーポイント資料を私にデータ送信ください。セッティングいたします」
「助かります。ではお言葉に甘えます」
佐久間は講義する時のイメージを瞬時に頭の中で整理し作戦を練った。
「講義は最短で何時頃でしょうか?」
河合は、手持ちの学科割表を見ながら
「約二週間後の十一月十三日頃でしょうか。ちょうど上妻教授の授業が休講予定なので、そこかと」
「わかりました。準備を進めておきます」
(下準備としては、上々だな。講義まで校内捜査と目星の人物特定をするか)
佐久間は河合と教務課へ戻り、講義準備を開始することにした。