潜入捜査 1
十月二十九日、八時三十分。
明智大学総務課で臨時職員会議が開かれた。
無論、十月二十五日に学長にネゴし佐久間が探偵として臨時講師として明智大学へ招かねた形をとったからである。
「皆さん、おはようございます。今日は学校長独断ではありますが、我が校の防犯対策に必要と判断し臨時ではありますが、探偵事務所に協力を依頼し、何度か生徒に教鞭を執って頂く予定です。皆さんもご承知の通り、昨年から危険ドラッグや大麻など芸能人や他校の生徒による話題が後を絶ちませんので、麻薬に関する知識や抑制方法など、わかりやすく解説して頂くのが狙いです。詳細は佐久間さんより挨拶がてら説明して頂くものとして、教務課で彼の授業枠を編成してください。単位は特につきませんが学校長名の元、大学一年生~大学四年生まで学年別に設定をお願いします。では、佐久間さん」
佐久間は、押田学校長より挨拶を求められるまでの間、職員会議に出席している職員全員の表情を観察していた。
欠伸をしている者、机下で何か携帯らしき物を操作している者、そして麻薬のキーワードに対して目を伏せたり、目が泳いだ者を重点に監視していた。
(あの女性、表情が変わったな。・・・奴か?)
佐久間は、職員全員に対して元気よく、そして愛想よく挨拶を行う。
「皆さん、はじめまして。大有探偵事務所の佐久間と申します。学校長とは、業界を通じ学生の犯罪抑制効果を狙った警察による講義や教育委員会での指導講習過程で知り合い、長年顔馴染みであります。今回、公式に生徒さんへの犯罪抑制に関する講義を依頼されたので、私ども探偵事務所としても最大限にお力になりたく、警視庁の方々にも明智大学さんで教鞭を執ることについて相談し、普通はテレビニュースなどでは報道されない闇の部分も生徒に伝える許可を得ましたので、全生徒対象で講義させて頂きたいと考えています。・・・えーと、そちらの女性・・・失礼ですがお名前は?」
秋山は、突然、佐久間に氏名を聞かれ動揺しながらも、周囲の職員に悟られることのないよう受け答えをする。
「秋山です。秋山孝子と言います。心理学講師ですわ。何か私に出来ることがあればお手伝いします。勿論、講師ですので髙橋教授の許可が必要ですが」
(・・・やめてよ。何、この探偵?)
佐久間は、協力姿勢の秋山講師に一礼すると微笑しながら全職員へ呼びかけた。
「ご紹介中に協力の意向、誠にありがとうございます。基本的には私共の探偵事務所と警視庁から預かっている資料で事足りると思いますが、スライドやパワーポイントを使用したいので講義会場の機器に関してサポートをして頂きたい。これらはどこにお尋ねしたら良いのですか?」
教務課の河合が挙手をする。
「教務課の河合と申します。私に言って頂ければ基本的に問題ないと思います。この会議の後、学食や本校の施設など、ご案内します」
「ありがとうございます、河合さん」
河合は、ポッと頰を赤らめる。
そんな様子を面白くないと思ったのか隣席の職員が続けて挙手をする。
「佐久間さん、応用微生学部の根本です。質問しても?」
「はい、根本さん。何でしょうか?」
「先ほど、闇の部分と仰いましたが具体的にどのような内容を生徒に聞かせるのですか?」
「危険ドラッグや大麻、覚せい剤などに冒された患者がいかに人生をやり直すまで時間を要するかわかりやすく教えるつもりです。病棟への隔離や人生で一番となる大切な時期に回り道をすることを説明し、リスクを避けることが狙いです」
「人生に生き甲斐どころかドロップアウトする生徒が出たらどう責任を?」
「ドロップアウト?」
佐久間は大笑いしながら、根本に逆に尋ねる。
「根本さん、あなたの発言は生徒の心を信用していない過保護な発言だ。生徒たちは高校を卒業し一定水準をクリアした聡明な大人になりかけの子たちばかりですよ。良い物しか教えないことが大学のあり方でしょうか?明智大学、学生の本分は当然本業の専攻でしょうが、生きて社会で貢献していくために実生活面の光と闇を説いてやることこそ、親心でもあると思いますが。全くの幼稚な発想で嫌になります。他の職員も同意見なら私の出番など必要なく職員たちで生徒を指導し社会に出せば良い。それが現実困難な社会となったから我が探偵事務所に相談されたと解釈していますが、如何でしょうか?」
「ぐうぅぅ」
根本は、佐久間の反論に何も言い返せず黙って下を向き着席した。
「まあまあ、佐久間さん。その辺で。皆さん、おわかりのように生徒たちに必要な学業以外の事案はプロに任せたいと思います。学校長命令です、良いですね」
職員一同は、佐久間の理論整然とした様子と学校長鶴の一声に反論できず、頷くしかなかったのである。
「では、臨時職員会議を終了します。佐久間さん、教務課河合さんについて施設を見学されてください。それから当面、色々と大変でしょうが佐久間さんなら大丈夫と安心しました。期待してますよ」
「お任せください。では、河合さん。お世話になります。細かく施設を見た回りたいのですが」
「はい。大丈夫です。校舎内を隅々案内しますわ」
(やれやれ。どこの組織も抵抗勢力は存在するか。潜入捜査よりも、余計な労力がかかる時は、簡潔に処理するとしよう。・・・秋山孝子か。直感だが奴に間違いだろう。マークしている大友一平は奴とどこで接触しているかを当たってみよう)
潜入捜査開始する佐久間であったが、捜査開始前に少しだけ疲労感を覚えるのを感じ取っていた。