大雨特別警報
七月五日、二十時。
台風三号による大雨特別警報が運用後初めて東京都二十三区全域に発令された。
発令に合わせ、東京都内では全鉄道機関が運休や遅れなどによる東日本大震災以来の大パニックとなり、多くの帰宅困難者で駅構内が溢れたのである。
洪水に見舞われると逃げ場のない地下鉄については警察、消防、自衛隊による封鎖処理が取られ、高層オフィスビルは協力して帰宅困難者を受け入れ始めた。
政府もマスコミを通じ、テレビ放送による帰宅困難者対応協力を都内全域の施設に要請し、徐々にではあるが人々が最寄りの施設に避難し始めた為、最悪の事態は免れる結果となった。
〜 都内、霞が関駅 〜
「警部、やっと幹線道路から帰宅困難者が見えなくなりました。どうやら、政府の対応で最悪の事態は免れたという訳ですな?」
山川は、豪雨の中見回りから帰ってくると非常線内に入り佐久間に報告する。
「良かった。こんな日に無理に帰宅するよりは自分の会社や高層ビルに逃げ込んだ方が賢明だと思うよ。雨足の速い台風だそうだから、あと数時間の辛抱だろう。しかし、東日本大震災以来のパニックだったね」
「ええ。捜査一課をはじめ庶務課まで応援に出る程ですから。今日ばかりは犯罪は起きて欲しくありませんな」
「このまま、台風が何事もなく過ぎ去ってくれれば良いんだが。・・・自然の力にはあまりにも我々人間は無力だと思い知らされるね」
「あと数時間、頑張りましょうね。警部」
「ああ、私が飛ばされたら助けてくれよ?山さん」
冗談を言いながらも、このまま無事で終わらない不安を佐久間は拭えなかった。
〜 都内、江戸川区 〜
二十三時、台風三号が東京都内を通過している頃、一本の110番通報が入る。
「こちら、通信指令室。最寄りの城東警察署並びに城東警察署東大島駅前交番は応答せよ」
「・・・こちら東大島駅前交番どうぞ」
「江戸川区小松川一丁目、大島・小松川公園付近で人が流されている110番通報有り。至急消防と連携し人命救助にあたれ。繰り返す。江戸川区小松川・・・」
「東大島駅前交番、了解した」
「城東警察署も了承。至急、増援部隊を派遣する。五分程時間を要す」
「了解」
東大島駅前交番の芝﨑、千葉は現場に急行する。
大島・小松川公園に入り、護岸付近に人集りが出来ており容易に場所特定が出来た。
「危険です。川は増水で二次被害のおそれがあります。警察に任せ、直ちに避難してください!」
芝﨑が大声で避難を促すが、台風の暴風と雨音にかき消され人々に届かない。
仕方なく、現地に駆け寄り人々を制しながら、要救護者を助けようと河川に目を向ける。
護岸中腹の中木に、成人男性が運良く引っかかっており、増援部隊が来れば何とか救助出来そうな状況だ。
「千葉さん、ロープを」
千葉は交番から持って来た麻ロープとトラロープを繋ぎ、芝﨑に手渡すと芝﨑は自分に素早く括り付け、増援部隊の到着を待った。
二分後、城東警察署から増援部隊五名と救急車が到着し、増援部隊によるロープ補強と点検後、芝﨑たちが一致団結しながら果敢に救助にあたり、何とか要救護者を岸に引き上げた。
「おい、大丈夫か!」
何度話掛けても返事をしない要救護者に心臓マッサージを施すが、息を吹き返さない。
「芝﨑!ダメだ。・・・あとは、救急搬送し医者達に委ねよう」
(溺死なんかするな!生き返れ、戻ってこい!)
芝﨑と千葉は、鳴り響く救急車のサイレンに願掛けし無事を祈りながら見送った。
現地には、先ほどの人集りはなくなり横殴りの雨と暴風がより強くなる。
「ここは、もう危険だ!撤収!」
城東警察署の中島による号令とともに全員素早く撤収し、次の指令に備えるため各自持ち場に戻っていく。
ドス暗く、層の厚い雲が凄いスピードで移動するのがわかる。
降りしきる雨空を見上げ、この後何事も起こらないでくれと祈る芝﨑であった。