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EARTH FANG  作者: 石燈 梓(Azurite)
序章
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序章~終わりから始まる物語



 夏至の太陽は、青白い光を放ちながら、黒い森の上をかすめるように横切って、山の向こうに消えた。

 天頂は濃い藍に染まっているが、木々の梢はぼんやりと淡く輝いて、闇の訪れを拒んでいる。

 村の広場では、大きな篝火が焚かれていた。低くゆっくりと打ち鳴らされる太鼓の音に合わせて、頭のついたゴーナ(熊)やユゥク(大型の鹿)の毛皮をかぶった男達が、儀式用の槍を手に、その周囲を歩いている。時折舞い上がる火の粉が、磨かれた槍の穂を夕日に照らされる白鳥の翼のように輝かせ、色とりどりの化粧を施した彼等の顔や腕を照らし出した。

 掛け声があがり、太鼓の音が速くなった。女達の鳴らす口琴と、男達のトレン(板琴)の音が重なり、踊りが始まった。

 獣の皮をかぶった男達は、一人ずつ火の前に進み出て、自分が模しているテティ(神)の歌を歌った。

 山に棲むゴーナ(熊)の歌。ユゥクの群れを率いて野を駆ける、狩猟の女神の歌。梟の神ハッタが見下ろす人里の風景。木の女神と雷神の恋の物語……。

 その中に、森を支配する狼の歌はなかった。ナムコ(村)に棲む老テティを、はばかったのだ。

 人々の踊りを見下ろせるよう、やや高い場所に作られた木製の台座に、彼は寝そべっていた。

 身体は並の狼より大きく、尾を含めれば、優に五ナイ(二メートル)を超える。長い毛は、昔は霜のような銀色に輝いていたが、今では艶を失い、ぼさぼさになっている。

 密集した毛に覆われた皮膚には、無数の傷跡があった。左耳は裂け、肩の傷は特に大きく、引き攣れている。

 爪は磨り減っていた。氷河の底より深い蒼色だった瞳も、白く濁り、かろうじて炎の輪郭が見える程度だ。

 それでも……首を持ち上げ、ぴんと耳を立てて、彼は、異形の男達を見詰めていた。踊りの輪の中心で揺れている、黄金の炎を。光を目指す生のひたむきさで。

 傍らには、若い娘が寄り添っていた。

 水鳥の羽毛の皮衣を羽織った娘は、狼の巨体にもたれて腰を下ろしていた。恐れている気配はない。男達の歌には興味がない様子で、彼の耳の傷跡をなぞり、太い首を抱いて、ほつれた毛を撫で続けていた。

 指の間を毛が通り過ぎる感触に眼を細め、娘は、うっとりと囁いた。


「セイモア。大好きよ、あなた」


 狼は動かなかった。かつて高い空を飛ぶ鳥の羽音を聞き分けた耳も、今は衰え、わずかな抑揚を聞き取るのがやっとだ。

 やわらかな声が、繰り返す。


「愛しているわ、私のテティ……」


 狼は、ファサリと尾を振った。



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