ー時転の章 9- 夢はあきらめちゃダメだ
しかし、ちゃんこはどの時代でも美味い。まさに日本のソウルフードだ。なぜ無形文化遺産にならないのか不思議でたまらん。
「よ、よく食べますね。彦助殿は」
お、「さん」づけから、「殿」づけに変わったか。感心感心。俺は粟のメシを、ちゃんこと同時にかきこみ、お茶で流し込む。
「ただメシは、ありがたくいただく性格なんだ。ひでよし、お前も喰えよ、背が伸びねえぞ」
ひでよしは見たところ、身長150センチメートル程度である。この栄養が足りない時代だからといっても、平均からはかなり低いほうだろうと思う。しかも、この猿顔だ。さぞかし、彼女もできたことがないのであろう。うんうん、そうであってくれ、頼む。
「ひでよしってさあ。彼女はいるの?」
「い、いえ。いません。いたことはありません」
ひでよしは顔を赤くして否定する。そうかそうか
「俺と一緒で、彼女いない歴いこーる年齢か。仲間だな!」
俺はつい嬉しくなる。
「やっぱ男は友情を大切にしないといかんぜよ。なにが女だ、こっちからお断りだぜ」
ひでよしは目を丸め、こちらを見つめてくる。
「あ、あの。彦助殿は、女性より男性が好きなんで、すか?」
俺は、ぶうううと盛大に飲んでいた茶を吹きだす。
「あ、あの。ひでよしくん?僕は至って、のーまるです。そっちの趣味はありません」
「え、てっきり、そうなのかと思ってしまいま、した。一緒の部屋に寝るので、これで一安心、です」
佐久間信盛から言われた部屋割りでは、俺とひでよし含む4人で同じ長屋を使うことになっていた。そういえば聞いたことがある。信長は確か、森蘭丸とかいうやつと、そういう関係だったとの話だ。
「いいか、よく覚えておいてくれ。ひでよし。俺は女性が大好きです。でも女性に好かれたことがないだけです。それだけです」
自分で言ってて、なんだか涙がこぼれてきそうだ。
「じゃあ、わたしと一緒ですね。安心してください。わたしもこんな容姿なのでモテたことはありません」
ああ、菩薩さまや、菩薩さまが、俺の目の前に居る。ひでよし、俺たちズッ友だからな。だが、数年後、この猿顔に裏切られることになるとは、このとき思ってもいなかったけどな。
「なあ、ひでよしはさ、夢とかあるの?」
「夢で、すか?」
「そう。なりたいものって言うやつかな」
「そ、そうですね。白い米のご飯を腹いっぱい、家族に食べさせられるようになりたいです」
「ははは、それはまた具体的な夢だな」
ひでよしは、またもや顔を赤くする。顔芸だけで食っていけそうだな、こいつなら。
「そ、そういう彦助殿は、どうなんですか。なりたいものとかはないんですか?」
「俺?俺はねえ」
ふと、昔のことが頭によぎる
「力士になりたかったんだよな。こうみえても、中学から高校まで6年間、相撲部だったんだぜ、俺」
「チュウガク?コウコウ?よくわかりませんが、とにかく6年間も力士になろうとがんばってたんですね、すごいです!」
「たださあ、身長があまり高くならなくて、それに体重も思ったほどつかなくてさ」
俺はあまり思い出したくないことを思いだそうとしていた
「大会で、いい成績が出せなくてさ。結局、去年の夏には諦めちまったってわけさ」
それからは受験勉強に精を出し、大学受験を経て、春からキャンパスライフだったんだよな。こっちに来たのは今日の昼間だったのに、まるで長いこと、この時代に居る気分だ。
「あ、あの。彦助殿。諦めたらいけません。彦助殿なら立派な力士になれます。わたしが保障し、ます!」
ひでよしが応援してくれる。彼の全力をもってだ。
「はははっ。俺を散々、投げ飛ばしたお前が何いってやがる」
「夢を諦めないでくだ、さい。こんな世の中ですが、こんな世の中だからこそ、夢を捨てないでくだ、さい!」
「おいおい。なんで、そこまで言ってくれるんだ。今日、知り合ったばかりの俺にさ」
「私の弟、ひでながは、わたしが兵士になることで、夢を諦めま、した。そんなひとを、わたしは2度と見たくないん、です」
「ははっ。そら、お前の都合じゃねえか。でもよ、ありがとな、ひでよし」
やべえ、ちょっと涙でそう。ちょっとハンカチ、ないかな。こりゃ困った。
「わかった、わかった。ひでよし、そこまで言われて、諦めるようじゃ、男がすたっちまう。いいぜ、俺は力士になるぜ」
「は、はい。がんばってくだ、さい!」
「しっかし、兵士をやりながら、力士もやるってか。こりゃ明日からの訓練、がんばらねえとな」
「まずは私に勝ってください。そこから、です!」
俺は、この時代にやってきた初日に、友達と相撲の師匠が同時にできた。
母さん、俺、がんばるよ。また力士になる夢を追いかける。だから願っててくれ。息子が立派になって帰ってくるのを。




