ー熟成の章 1- 信長の目のつけ所
いたたたた。後頭部にたんこぶが出来たんじゃないのか、これ?少しは手加減してくれよ、椿さんよ。
俺は頭をさすりながら、頭の中で椿に文句をつける。口に出した日にゃ、もう1発、飛んできそうだからな。
「ふんどしも新しいの買ったことだし、そろそろ風呂に行くんだぶひい。昨日は、戦から帰ってきて、すぐ酒宴だったから、身体をあらえなかったぶひいからね」
「オウ。弥助は水垢離をしたのデス。埃は洗い流せて、幾分かましなのデス」
「まだ春先で寒いというのに、よくやりますよ、ね。弥助さんは。見ている、こっちまで寒くなってしまい、ます」
ほんと、まだ3月も終わりで4月にも入ってないというのに、頭から桶一杯の水を被るなんてやるもんだなと、逆に感心してしまう。頭のネジが1本、どこかに飛んでいったのじゃないかと思ってしまう。
「なあ、弥助。寒いのによく、水垢離なんか、できるよな。その精神力は一体、どこから生まれるんだ?」
「弥助の生まれ故郷は、基本、水風呂なんデスヨ。ですから、産まれてからこの方、慣れているのデスネ」
なるほど。頭のネジが飛んでたのは産まれてからだったのか。それなら理解もできる。
「じゃあ、お湯を使って身体を洗うのは、弥助にとっては邪道になるのか?」
「そんなことはありまセンヨ。温かいお湯、大好きデス。何か弥助のことを勘違いしてまセンカ?彦助さんは」
んん。確かに言われてみれば、勘違いしていたのかも知れない。いくら、普段のメンバーが猿、豚、黒人だからと言って、知らずに俺は偏見の目で彼らを見ているのではないか。そういう疑念がわき上がってくる。
「また、何か彦助が考え事をしているんだぶひい。どうせ、くだらないことだと思うぶひいがね」
「それもそう、ですね。彦助殿は、こう考え込んだあとは、いつも変なことを言いだします、からね」
「この前の戦で、鞭打ちの罰を喰らったのが、さらにいけなかったのでショウカ。おかしさが明らかに増しているのデス」
「うっせえ!まるで俺が変人のような言い方をするんじゃねえよ。何か?俺は、お前たちの目から見たら、よっぽど変なのか?」
3人は黙って、うんうんと頷く。
「まあ、変なのは出会った当初からだったけどぶひいね」
「そう、ですね。変な恰好もしてました、し」
「弥助は彦助さんが織田家に仕官できたこと自体が不思議なのデス。変ですカラネ」
「あ、でも、信長さまは変人を好むから、そうとも言い切れないんだぶひい。相撲取りに傾奇者、商人、坊さんとか、何かしら変わったものを持っているひとを好んで家臣に誘っているんだぶひい」
「じゃ、じゃあ。私はもしかして、猿顔だから、織田家に仕官できたってこと、でしょうか?」
ひでよしの顔にはハテナマークがありありと描かれている。意外とそうなのかもしれないな。こんな猿顔、探そうとしても滅多に見つからないくらいだしな。
「んー?それだけじゃないと思うんだぶひい。ひでよしには僕らにはわからない何かを持っているのかも知れないんだぶひい。信長さまはそういうところの目のつけどころは、すごいんだぶひい」
「弥助は黒人がめずらしいから、奴隷の身から拾ってもらえたんですが、ワタシも意外と人となりを見られていたのですカネ?」
「そうなのか?弥助の優れているところかあ。伸長もでかいし、力もあるし、考えてみれば、いろいろとあるよな」
「弥助さんは、ひとが良さそうなので、絶対に信長さまを裏切らないと思われた、のではない、でしょうか?」
ふむ。そういう見方もあるわけか。あれ?じゃあ、田中は?
「え?僕ぶひいか?僕はこう見えても、出身の村では相撲で負けたことは一度もなかったんだぶひい」
「え、まじで?田中って強キャラだったの?」
「いや、町に来て見たら、同じような腕の相撲取りは、ごろごろしていたんだぶひい。でも、僕は諦めずに相撲界に名を残そうと、当時はがんばっていたんだぶひい」
「そうなのか。誰にだって壁ってもんはあるよな。俺も県大会4位が最高だったしなあ。俺もどうしても、それ以上には勝ち進めなくて、何度も涙を流したもんだったよ」
「ケン大会っていうものが何かはわからないけど、彦助も充分に強いんだぶひい。でも、ある日、僕は完膚なきにまで叩きのめされたんだぶひい」
「俺と同程度の田中を完膚なきにまで叩き伏せて、心を折るような相手って一体、どんなやつなんだ?」
俺は、弥助のような外国人を想像する。俺のいた時代では、特に中国のモンゴルとか、ハワイから外国人力士がやってきて、相撲界を席巻しているんだ。田中が外国人力士に負けたと言うのなら、そいつは俺にとっても、将来の壁となるはずだ。
「田中、そいつは一体、どんな奴だったんだ。南蛮人だったのか?」
「それは」
田中が何かを言わんとしている。俺は、ごくりと唾を飲みこむ。
「信長さまなんだぶひい」
「へ?」
田中の意外すぎる返答に、俺の口からでた声は、その一文字だけであった。




