ー時転の章 7- 信盛(のぶもり)の解説は続く
信盛の説明はまだ続く
「寝るところは、そこの長屋だ。まだ数が用意できなくて、相部屋になるが、そこは我慢してくれ」
俺とひでよしは、ふむふむと耳をかたむける。
「朝は6時起床。そこから5キロメートルの競歩だ。そして朝飯はそのあとだ。朝飯が終われば、槍、弓、相撲、水練、おっと水練はまだ水が冷たいから4月からか」
水が冷たいなら、なぜ水垢離なんかさせやがった。恨めしそうな目を信盛に向けるが無視される。
「鉄砲の訓練もあるんだが、こちらは火薬の量が足らんから、精鋭部隊だけだ」
「おお。なあなあ、鉄砲といえば、種子島なのか?」
「そうだ、その種子島だ。それくらいは知っているのか」
日本人なら、だれだって知っている。1542年、種子島への鉄砲伝来イベントだ。
「槍の使い方もしらんくせに、種子島は知っているとは変な奴だな、お前」
「へへ。それくらい知ってるさ。火縄で火薬に火をつけて弾を撃ちだすんだろ」
「す、すごいです。彦助さん、物知り、です」
ひでよしがキラキラした目で俺を見つめてくる。もっと俺を褒めたたえていいんだぞ。
「じゃあ、火薬は日本では作れないってのは知っているか?」
「え、漫画じゃ肥やしから作ってるぜ」
「マンガ?なんだそれは。それに肥やしからってなんだよ。肝心なところは馬鹿なんだな、彦助は」
こんな大昔の人間に馬鹿っていわれた。むかつく。馬鹿っていうほうが馬鹿なんだ。漫画の知識を披露するほうが馬鹿なんだが、それには目をつむる俺である。
「正確には、黒色火薬といって、これの材料となる硝石が、日本じゃまったく採れん。そのため、火薬はほぼすべて南蛮人との貿易に頼ってる」
ほうほう、それは知らなかった。やっぱり高校の日本史は役にたたねえ。
「ここは都合のいいことに、貿易港を兼ねている津島だ。だから、ある程度は火薬は入ってくる。問題は、大量に買い込めるほど、まだ俺らには金がない」
「金がないって、俺らに給金はらってるじゃねえか。そんな金があるなら買えるだろ?」
そうだ、そこだと信盛は言う。
「殿は、他国とは違い、兵士全員に給金を払っている。そんな大名、どこにもいやしねえ」
まじかよ。じゃあ、俺、ここに飛ばされてなかったら、すでに野垂れ死に確定してたっていうのかよ。
「正直、お前たちは運がいい。普通なら一生、ただ働き同然で、畑仕事をさせられ、命を戦で使うことになっていたんだ」
俺はごくりと唾を飲み込む。信盛は続ける。
「今は津島のアガリだけで、お前らを雇っている。それで精一杯だ。うちの台所事情としてはな」
「なんで、そこまでして、俺ら兵士に信長は、してくれるんだ?」
俺は不思議でたまらない。他国のように農民を徴兵してただ働きでもなんでもさせて、装備に金をつかったほうが戦に勝てるんじゃないかと。信盛は応える。
「お前の言いたいことはわかる。だが、俺たちが目指してるものは、そうじゃない」
「なんでだよ。圧倒的武力で占領しちまえば、それで戦は終わりだろ?」
ふうと信盛は嘆息する。そして、頭をぼりぼりかきながら応える
「あのさ、お前の村に例えば盗賊がやってきて、占領したとしようか。そしたら、お前は、そいつらを新しい村長として扱うのか?」
あっと俺は、つい声をあげてしまう。
「盗賊は盗賊だ。いくら武力をもってようが、村長にはなれねえ。おれたち軍隊も同じだ。大義名分がなけりゃ土地を手に入れたところで盗賊と変わらん」
なるほど、なるほど。本当、学校の授業より、信盛の話のほうが数倍、役に立つな。
「じゃあ、大義名分ってのはどうするんだ?信長は大名じゃないんだろ。その理屈じゃ、信長は大名にすらなれないじゃねえか」
「お、馬鹿のわりには頭がまわるじゃねえか、彦助。学習が進んできたな」
馬鹿は余計だ。答えをさっさと言いやがれ。このおっさん。
「たとえば、どこかの村から、おらの村を守ってくれって言われるわけだ。そしたら俺らは、軍隊を派遣してその村に常駐できる。これが一例だ」
「ん。要は大名から救援要請をもらうわけか?」
「正解だ。そこがまず第1段階だ。次は、どうしたらいいとおもう?」
「は、はい。大名から統治を任せていいと言わせるの、ですね!」
「お、ひでよしだったっけ。正解。お前、猿に似てる割りには頭がまわるな」
信盛は、よしよしと、ひでよしの頭をなでる。ひでよしは顔を赤くする。まるで猿だ。
「もう少し、彦助にもわかりやすくいうと、どの国にも、守護大名てのがいるんだ」
守護大名ってのは知っている。室町幕府のときにできた、各国を支配する大名家のことだ。
「それくらい知ってるわ。その守護大名に成り代わって戦国大名ができたんだろ」
と、自分でそこまで言って、気付いた。そうか、信長がやろうとしていることがわかった。信盛が言う。
「最終的に、大義名分を自分で作って、守護大名を追い出しちまうってことさ」
まさに下剋上じゃねえか、俺の胸の鼓動は自然と高まる。すげえやつの家臣になっちまったんだなと、そのときは手放しに浮かれていられたんだ。




