ー芳醇の章 1ー 信仰の徒
そば屋の清庵さんは、天麩羅を仕入れに店を飛び出していってしまった。
俺たちは清庵さんの奥さんに勘定を渡して、店をあとにすることにした。ちゃっかりと2杯目の汁かけそばの値段も払うことになり、なるほど、この店は、この奥さんのおかげでもっているんだなあと感心したものだ。
後日談になるが、清庵さんの店で出される天ぷらそばは津島の町を席巻し、毎日、行列ができる、そば屋に生まれ変わることになるのだった。
「さて、昼飯も喰ったし次はどうするんだ?」
「風呂でもいくかぶひい。そのあとは、お楽しみの時間なんだぶひい」
「そうデスネ。身体はきれいにしておかないといけまセンネ」
「田中、弥助。何、そんなにわくわくしてんだ?やっぱり、春で天気がいいからか?」
俺は、ふんふんと鼻を鳴らす、田中と弥助を不思議な顔で見ていた。
「彦助殿。あなたは、わくわくしないの、ですか?」
ん?ひでよし、なんでだよ。
「お風呂に行ってから、遊女といちゃいちゃしに行くに決まっているではない、ですか」
ひでよしのほうが逆に不思議そうな顔をこっちに向けてくる。見るな。俺をそんなに見るんじゃねえ。
「ほんと、お前たち、遊女が好きなんだな。感心するわ。ここまでくると」
「そんなことを言ってられるのも、いまのうちなんだぶひい。お前は、おっぱいのすばらしさがわからないからなんだぶひい」
「おっぱいは好きだ。それは認める。だが、それは好きな娘のに限るに決まっているだろ」
「オウ。おっぱいは皆に平等なのです。好きな娘のおっぱいも、遊女のおっぱいも、彼氏のおっぱいも、皆、神秘の塊なのデス」
「弥助。最後のだけは同意できんぞ」
オウ、シット!と弥助は叫んでいる。誰が好きこのんで、男の胸をもまなきゃならんのだ。
「試しに、田中さんのおっぱいをもんでクダサイ。神秘の一端を体験できるのデス!」
こいつは本当に何を言っているんだ。往来のど真ん中で力説することじゃないだろう。
俺は冷めた目で弥助を見る。しかし、弥助はその視線を気にせず、田中の後ろに回り、彼を羽交い絞めにする。
「弥助、お前、一体、何をするんだぶひい!」
「田中さん。おっぱいのすばらしさを彦助さんに伝えるため、身を捧げてクダサイ」
「お前は何をとち狂ってるんだぶひい。何で彦助に胸を揉まさなきゃならないんだぶひい」
「信仰、それは人間にとって大切なことのなのデス。しかし信仰は時に身を犠牲にしなければならない時がキマス。今がその時なのデス!」
おい、誰か、この馬鹿を止めろ。このままでは俺が田中の胸を信仰上の理由で揉まなくなってしまうじゃないか。
「あの、弥助さん。ちなみにどこの宗教なのでしょうか。そのおっぱいを揉まなければならないという、のは」
ひでよしがおそるおそる、弥助に尋ねている。おい、やめろ。惨状をこれ以上、振りまくようなことをするな。
「オウ。言い忘れてましたね。それは偉大なデウスを信仰する教えなのです」
ひでよしがふむふむと弥助の言葉を聞いている。
「主は言われたのデス。あなたの右乳を揉まれたのなら、そっと、左乳を差し出しなさいト」
「お前、絶対、それ間違ってるだろ!そういうやばい発言はやめろ」
弥助は首を右にかしげている。
「ホワイ?なぜですか。偉大なる主がそうおっしゃられたのデス。それとも、弥助の信仰が間違っているというのデスカ」
弥助の顔は大まじめだ。この手のやつは始末がおえないのは、いつの時代でも同じなのか。
「さあ、ひでよしさん。彦助さんの手をつかむのデス。そして、田中さんのおっぱいを揉ませ、皆で主へ感謝を伝えまショウ」
「ううん。いくら弥助さんの頼みとあっても、彦助殿がかわいそう、です」
いいぞ、ひでよし、もっと言ってやれ。
「やはり、お互いの同意がないのに、無理やり揉ませるのは、ひととして間違っていると思うの、ですよね」
互いの同意があろうがなかろうが、俺は田中の胸を揉む気なんてねえよ!
「それもそうなのデスネ。田中さん、あなたは彦助さんにおっぱいを揉まれることを誓いますか?」
「ぶ、ぶひい?嫌に決まっているんだぶひい!」
「オウ、ノウ。では、彦助さん。あなたは田中さんのおっぱいを健やかなる時も、病めるときも揉むことをここに誓いますか?」
どこの結婚式の神父の台詞だよ!もし、神父が式の最中にそんなこと言い出したら、袋叩きだろ!
「誓いません。田中の胸を揉む気なんて、これっぽちもありません!」
「でも、彦助さん。訓練の最中に、いつも田中さんのおっぱいを揉みしだいてるではないデスカ。あれは遊びだったのデスカ?」
「それは、相撲の訓練だろうが!こんな町の往来で、ひとが勘違いするような言い回しをするんじゃねええええ」
「彦助。お前、訓練中に激しく僕の胸を揉んでくるのは、そういうことだったんぶひいか」
違うわ!田中、顔を赤らめるんじゃねえよおおお。
「あははは。きみたち、いつも思うけど、ほんと馬鹿だねー」
ん、その声は菜々さんじゃないか。それに、椿と風花さんまで。頼む。どうか弥助を止めてくれ!




