ー絢爛の章11- そば屋の清庵(せいあん)
「なんや、お前さんら、うちのそばにけったいなもん、乗せやがって」
うん?と思い、声がするほうを見ると、齢40かと思われる、職人風のおっさんが居た。
「なんだよ、おっさん。俺らがそばをどんな食べ方をしてもいいだろ」
「かーっ、いけねえ。お前はそばの楽しみ方を知らねえ。そんな天麩羅を入れるのは、俺の打った、そばに対する冒涜だ」
「清庵さんかぶひい。驚かすんじゃないんだぶひい」
「田中、このおっさんのこと、知っているのか?」
「清庵さんは、ここのそば屋の店主さんなんだぶひい。頑固ものだけど、そばを打つその技術は天下一品なんだぶひい」
「その割には、この店、流行ってないように見えるけど、本当にそうなのか?」
「田中さんの話は本当なのデス。腕は確かにいいんデスヨ。でも、口を開けば、これですからね。せっかくのそばの味なのに、これでは客が逃げてしまうのデス」
「うるせえ。俺は昔からこんなしゃべりなんでえ。俺んとこのそばの味のわからねえやつなんざ、おとといきやがれってんだ」
ああ、これは納得だ。現代でも、がんこ親父のラーメン屋とか、うっとおしいだけだもんな。水を注文しただけで、追い出された記憶があるわ。ギルティ!とか意味わかんねえよ。
「おっちゃん、水くれ、水」
「おお、ちょっとまちな。すぐ持ってきてやるからよ」
そう言いながら、清庵さんが奥に消えていく。あれ、意外といい人なのか?
「へい、お待ち。水だ。特別に無料にしといてやるよ」
俺は清庵さんから水をもらってしまったため、飲むしか選択肢がなかった。
「で、清庵さんは、私たちに何か用、だったのですか?」
ひでよしが、清庵に尋ねる。あっという顔をした清庵は、まくし立てるように言う。
「春のそばって言うのは、匂いが薄いんだ。そこに天麩羅なんざ入れたら、せっかくのそばの匂いが消し飛んじまうぜ」
へえ、そんなもんなのか。でも、天ぷらそば、おいしいぜ?
「味のほうも、秋より実は春のほうが、そばはうまい。ぜひ、そばをそのままで食べてくれ」
「そうは言っても、もう天麩羅、入れちゃったしなあ」
「てやんでえ。それなら、もう1杯、そばを作ってやるから待ってな」
清庵がそう言うとまた、奥に消えていく。
「なしくずしに、そばをもう一杯、喰わさせられるっぽいけど、この店、どうなってんだ?」
「まあ、清庵さんは、ちょっと頭がおかしいんだぶひい。腕は確かなんだけどぶひい」
「喰わずに帰ると、のちのち面倒くさそうナノデ、ここは我慢して、食べていきまショウ」
「それなら、追加で、おむすびを頼んでいい、ですか?やはり、そばを食べるなら、おむすびは欠かせないの、です」
ひでよしが、まだまだ喰う気まんまんだ。そうだな、俺も、もっと食べたいところだったし、ものはついでだ。
「おおい、清庵さん。おむすびも追加でお願いするよ。おかかと、梅をふたつづつ」
ほらっしゃああいと、店の奥から清庵さんの声がする。注文が通ったのかいささか心配だが、まあいいだろう。
10分もすると、店主の清庵さんが盆に汁かけそばを4つ持って現れる。
「おむすびも、持ってくるからちょっと待ってな」
忙しそうに動く清庵さんであったが、他のお客さんをほっぽらかしていいんだろうか。奥さんと思われる人が相手をしているが、書き入れの昼時だ。いくら繁盛していないからといっても大変だろうに。
「はい、おむすび、お待ちっと!さあ、素のままで、うちのそばを味わってくれ」
俺はおそるおそる、そばに箸をつける。そして、そばをつるつると口の中に通す。
「う、うまい!清庵さん、そばだけなのに、うまさが胃に染みわたるぜ」
「ほんと、口は悪いが腕だけは確かなんだぶひい。せっかくの腕前が泣いているんだぶひい」
「てやんでえ。そばと女房に対してだけは、俺は素直なんだよ。通ぶったやつらに、俺のそばなんか喰わせてられるかってんだ」
「繁盛すれば、奥さんも助かると思うのデスガネ。その口を治すつもりはないのデスカ?」
「こちとら、おぎゃあと産まれて、この方、この口だ。恨むなら、お天道さまを恨みな」
やれやれと弥助は諦め顔である。
「そばの旨みと、天麩羅の油と、おむすびの交互の喰い合わせが最高なの、です」
ひでよしは新たにもってきた、汁かけそばに天麩羅をつっこみ、食している。
「てめえ、そこの猿顔!なんで、天麩羅をつっこんでやがる。俺の言ってることがわかんねえのか」
だが、ひでよしは、きょとんとした顔でのたまう。
「おいしいおそばに、これまたおいしい天麩羅を乗せているの、です。そうすれば、天下一のそばが、さらにおいしくなるの、です」
「わかっちゃいねえ。お前、わかっちゃいねえ」
涙を流す清庵さんである。いい歳こいて、なんで泣いてんだ、このおっさん。
「とりあえず、清庵さんは、天ぷらそばを食べてみて、ください。色眼鏡をかけているのは、清庵さんのほうですよ」
泣いている清庵さんの前に、ひでよしが丼を差し出している。おいおい、どうなるかわかんねえぞ、そんなことしたら。
清庵さんは、渡された丼を手に持ち、じっと見つめている。そらそうだろうな、自分のそばを汚された気分なんだろうな。
ええい、ままよと言いながら、清庵さんが、がつがつと天ぷらそばを食べ始めている。
「うめえ!うめえじゃねえか。これは、本当に、俺が打ったそばなのか?こんな味、見たことも聞いたこともねえよ」
俺は、ずっこけて、椅子から落ちそうになる。




