ー爛漫の章 7- 山の民という説もある
寺攻略の祝いとして、兵の宿舎ではささやかながら宴が催されていた。乾杯の音頭は信長がとっている。俺は今日くらい、いいだろうとアルコールが注がれた杯を手にとる。まあ、嫌だと言っても、俺を囲むやつらがそうは許さないという空気でもあったのだが。
「それでは、みなさん。お手に杯はお持ちでしょうか!」
おおおと兵たちは叫び声を上げる。
「小さい寺の攻略ですが、新兵の皆さん、よくぞ戦ってくれました。これでひと皮、男としてむけたことでしょう」
どこの皮だあと叫ぶやつがいる。それにつられて皆が笑いあう。
「むけてないひとは、女性に手伝ってもらいましょう。このたび、戦に参加された兵士諸君には、少なからずですが遊女と遊ぶための慰労金をだします」
いやっほおおおと、田中と弥助と、ひでよしが叫ぶ。俺も、お、おうと小声でつぶやく。
「女を抱くもよし、うまいものを喰うもよし。好きに使ってください。それでは、みなさん、乾杯の準備はよろしいですかあ!」
皆は一斉に杯を高々と掲げる。俺もつられて、杯を空高く、掲げる。
「それでは、次に続く戦に向けて、皆と勝利を共に。かんぱああああいい!」
かんぱあああいと、皆で杯をぶつけ合う。杯から少し、アルコールが飛び散るが、これも一興なのかと思う。
田中が俺に寄りかかってきて、杯を仰ぐ。弥助は、所せましと並ぶ料理にさっそく手を付けている。
「おおい、彦助、飲んでいるかぶひい?」
ぷはあと、俺に臭い息を吹きかけてくる。こいつ、歯、みがいてんのかよ!
「田中さん、ハイペースデスネ、少しは料理にも手をつけないと、つぶれてしまいマスヨ」
「いいんだぶひい。勝利の酒は、うまいんだぶひい」
俺は、ひと口、アルコールを口に含んだはいいが、アルコール度数の高い、この飲み物に難儀していた。
「ひ、彦助殿。全然、杯が進んでいません、ね。もしかして、お酒は初めてなん、ですか?」
「梅酒は飲んだことはあるんだが、こういう、日本酒ってのは初めてでさあ。なんというか、俺にはきつい」
ふむふむと、ひでよしがそれを聞き、少し待ってくださいとばかりに席を外す。3分後、戻ってきた、ひでよしは俺に飲み物を渡してくる。
「これを試してみてくだ、さい。これなら、きっと飲めるでしょう」
渡されたそれは、透き通るような色合いで、さらに熱せられていた。
「畿内で作られている、清酒です。濁り酒とは違い、こちらはすっきりとした飲みごたえで、お酒が苦手なひとでも飲みやすいの、です」
俺は、本当かよと思いつつも、おそるおそる、杯に口をつける。
「お、これは飲みやすいな。ぐいっといける」
「さらに熱燗にすると、清酒っていうのは飲みやすくなります、ね。ただ、畿内からの輸入品のため、少々、値がはるといったところでしょう、か」
濁り酒は、てんでダメだったが、清酒の熱燗はぐいぐいいける。
「ぷはあ。酒ってのはうまいんだな。これはアルちゅうになるやつも納得だぜ」
アルちゅう?と、ひでよしはハテナマークを頭に浮かべる。
「まあ、なんだ。酒が恋しくて、いつも飲み歩いていることのやつことを言うんだよ」
「ああ、たまに町でそんなやつがいるぶひいね。そういうやつは、遊女にも相手されないんだぶひい」
がばがばと酒の杯を空ける、田中が言う。お前のようなやつが危ないんだよ。
俺は田中をよそに、料理に手をつける。春野菜の煮汁や、これはなんの肉だろう、よくはわからないが手をつける。
「炊き込みご飯がおいしい季節ですヨネ、春は。ドジョウ飯なども、おいしいのです」
弥助はドジョウ飯を食っている。聞くところによると、土鍋に水、ご飯を入れ、熱し、水が沸騰したところで生きたドジョウを入れ、ささがけ牛蒡も追加し、煮込む。最後に味付けとして、味噌をぶっこみ、出来上がりだそうだ。
「俺にもくれよ、ドジョウ飯」
「たくさんあるのですから、取って来ればいいのデス」
「冷たい奴だなあ、減るもんじゃないんだし、わけてくれよ」
「減るに決まってるじゃないデスカ。なに馬鹿なこといってるんデスカ。田中がうつったんじゃないデスカ?」
言うに事欠いて、ここぞとばかりに田中をディスってやがる、こいつ。
俺は渋々、立ち上がり、鍋が並ぶところに行く。たくさん並ぶ鍋の中には炊き込みご飯だけではなく、野菜の煮つけ、魚の煮物、肉鍋などなど色とりどりだ。
俺は、とりあえず、ドジョウ飯をよそい、ついでに肉鍋から、肉のかたまりを皿に盛る。これ、本当、なんの肉なんだろうな。謎肉である。
皿とお椀にいっぱい盛り、俺は、ひでよしたちが座る場所に戻る。
「なあ、この肉、なに?」
「それは、猪の肉だぶひい。食べたことはないんだぶひいか?」
猪の肉かあ。たぬきの肉とか言われたらどうしようかと思ったぜ。
「たぬきは食べるところが少ないので、あまり、お勧めはしま、せん。それに臭いです、から」
ひでよし、お前、たぬき、喰ったことあんのかよ。
「あまりにも、お腹がすいていたので、1度、食べたことがあり、ます。皮は高く売れるんですけど、ね」
「お前は山の民か、なんかなのだぶひい」
「村を出てから、生きるためにいろいろと職を転々としていたの、ですよ。狩人さんにも弟子入りして、山に籠っていた時期もありま、した」




