ー春雷の章11- 生きていればきっと
寺は制圧され、住職と僧兵、それに組する侍たちが捕らえられた。けが人は多かったが死亡者は見た目より少なく、俺はつい安堵する。
女、子供たちは寺内の一部屋に集められており、たいして逆らう意思もないようなので、放置されていた。捕らえられた侍にかけよるように女性がしがみつく。それを無理やり兵士たちははがし、距離を置かせる。
「捕らえたものは一度、城に連れて行き見分はするが、まあ、それほど心配するな。重度の犯罪者じゃない限りは釈免されるさ」
佐久間信盛が、女性たちの前に立ち、そう告げる。
「まあ、首謀者の住職がどうなるかは、さすがの俺にもわからん。せいぜい、殿に命乞いをするんだな。おい、連れていけ」
兵士たちは、縄でつながれた敵兵を連れて、寺をあとにしていく。連れられて行く住職は声にならない声で何かを叫んでいる。
俺はその姿を見て、小競り合いではあったが、戦が終わったんだなと実感する。飛び交う怒号、矢の雨。そして、その中をかいくぐり、敵門に張り付き、それをこじ開けた。
「やっと終わったんだぶひい。今日もめでたく命を繋げられたんだぶひい」
その田中の言葉を聞く俺は、右目から涙が一筋、流れ出す。
「あ、あれ。おかしいな。なぜか、涙が流れてくる」
「ひ、彦助殿。大丈夫、ですか。どこか痛むのですか」
ひでよしが俺の顔をじっと覗き込む。俺は気恥ずかしくなり、そっぽを向く。
「彦助さんは、初めての戦で高ぶっているのでショウ。直に涙は収まりますヨ」
気付けば、両の目から涙があふれてくる。そして、両腕も痺れだし、ぷるぷると小刻みに震える。なんだか急に寒気がしだしたのだった。
「ははっ。なんだよ、これ。震えが止まらねえや」
俺は、体育座りになり、手で肩をつかみ縮こまる。その膝の間に頭をうずめ、ただ涙が流れるままに任せた。
「彦助殿」
ひでよしが、それ以上、何も言わずに、ただ、肩をつかんでいた手の上に手を重ねてくる。その手のぬくもりを感じながら
「俺は、俺はうまくやれたのかな」
「ええ。彦助殿は、よくがんばり、ました」
「おーい、お前ら。いつまでそうやっているつもりなんだぶひい。後片付けを手伝うんだぶひい」
田中は、火のついた個所が延焼しないように寺の周辺を見て回っていたようだ。気付けば、戦闘終了から小一時間が経過しようとしていたようだ。
「田中さーん。こっちは大丈夫そうなのデース」
「わかったんだぶひい」
「田中、弥助、すまねえ。もう落ち着いてきた」
俺は、のそりと立ち上がり、周りを見渡す。壊れた門。落ちた屋根瓦。地面に染みついた、誰のかはわからない血の跡。うち捨てられた槍。そして倒れた敵兵の死体。
それらをぼんやりと見ていると、視界のはしに、ひとの姿がうつった。そのひとの姿はどんどん、寺のほうに近寄ってきて、門のところで兵士に止められていた。
「ん。あの白い服。もしかして、昨夜、俺たちが逃した女性か?」
「そ、そうですね。戻ってきてしまったのでしょうか」
女性は子供を連れ、境内の中に入ってきて、恐る恐る、倒れている敵兵の顔を確認していく。見知った顔が居ないことを確認したのか、その顔は安堵の色になっていく。俺は女性のほうに近づき
「ここにいた侍連中なら、城のほうに連れていかれたぜ。確か、重度の犯罪者でもない限り、釈免されるって言ってたから、そんなに心配しなくてもいいんじゃねえかな」
「そうなんですか。信長さまは、お優しいのですね」
そこまで信長のことを知らないので、俺はそれ以上、なんとも言えなくなってしまう。見かねた田中が助け舟を出してくる。
「お前さんも含め、女や子供が、ここに残っても生活できないだろだぶひい。上に話をつけてやるから、とりあえず、俺らの長屋のほうにくるんだぶひい」
「女、こどもをてごめにしようとしたら、うちの兵士は信長さまから処罰されるので、身の危険も少ないのデス。ここにとどまるよりかは安全なのデス」
それを聞いた女性たちは集まりだし、なにやら相談をしあっている。
「あ、あの。私たち、お金とか持ってなくて。で、でも身売りでも、なんでもしますから連れて行ってくれませんか」
田中は、ぽりぽりと頭をかきながら
「そんなことにはならないようには、かけあってみるんだぶひい。あああ、これで僕の恩給の話はふいになっちゃかもだぶひい」
田中はそういうと、上官を探しに、その場を離れていく。
その間、女性たちの相手は弥助が担当することになり、俺とひでよしは地面に放り投げられた槍や弓矢の回収をしていく。
それらで台車がいっぱいになるころには、田中が戻ってきて、皆に告げる。
「上とは話をつけてきたんだぶひい。とりあえずは、津島にある、兵士たちの宿舎で働いてもらうことになるんだぶひい。給金も出るから安心してほしいんだぶひい」
女性たちが明るい顔になっていく。
「本当にいいだべか。兵士さんたちの慰みものになる覚悟もできてたってのに」
「だから、僕たちはそんなことはしないんだぶひい。ちゃんとお金を払って、町の遊女たちと遊べる分は、給料はでているんだぶひい」
女性たちはそれを聞いて安心したのか、目じりにたまった涙をぬぐうものたちまでもいる。
「とりあえず、替えの下着くらいはあるんだろうだぶひい。日が落ちるまでには、ここから立ち去るつもりだから、とっとと準備をするんだぶひい」
女たちは、急ぎ足で寺の中へ荷物をとりに行く。その後ろ姿を田中は満足そうにみる。
「オウ。田中さん。なかなか無茶をするのデス。弥助には目に浮かぶのデス。上官に叱られた田中さんの姿が」
「僕にも彦助の馬鹿がうつったのかもしれないんだぶひい。まあ、良いことしたと思えば、気分はいいものなんだぶひい」




