ー時転の章 4- 俺にはチート能力がないのか
おいおい、どういうことだよ。なんで、俺が地面に突っ伏してるんだよ。何かの冗談だろ、一体なにをしやがった。
「だ、大丈夫ですか。立て、ます?」
ひでよしは手を差し伸べてくる。その手を俺は無造作に払う。
「なにしやがった。俺が負けるはずがねえ。もう1度だ」
のっそりと立ち上がる俺の膝は、ガクガクと笑っている。一体、何が俺の身に起きたんだ。あ、あの、と、ひでよしはおそるおそる、こちらに尋ねてくる。それが余計にしゃくにさわる。
「なにかイカサマかましたんだろ、てめえ!」
「ひでよしくんは、イカサマなんかしてませんよ。不服なら、もう一度、とってみなさい」
信長のやつが、ひでよしの肩をかつぐ。いいだろう、もう一度だ。俺の実力を見せつけてやる。
「双方、見合ってえ、はっけよい、のこった!」
どすううううん。これで4度目の負けだ。何度やっても、こんな小男に、勝てない。なんでだ。
「なんでだ、なんで、俺は、ひでよしに勝てないんだ!」
悔しさに涙があふれてきそうだ。相撲の腕前には自信があった。だが、その自信も20センチメートルも低い、ひでよしに完膚なきまでに叩き壊される。
「しかし、呼吸を読めとは言いましたが、ここまで見事に読み切りますかね。ひでよしくん。きみ、才能があります」
「信長。てめえ、ひでよしに何を吹き込みやがった!」
「おい、お前、さまをつけろッス、さまを。誰だかわかってるッスか」
うるさい、この信長の付き人風情が。今は、お前の話を聞いてるんじゃねえ
「ふむ。あなたの癖を教えて、呼吸を読めばいいと教えただけです。あとは、ひでよしくん自体のセンスの良さですね」
「癖だと?そんなことだけで、ここまで俺がやられてたまるか」
「それももっともな言いですね。そこであなたに質問です。あなた、人を殺したことはありますか?」
何を突拍子もないことを言ってきやがる、こいつは。
「そんなのあるわけがないだろ。俺は平々凡々な一般人だぞ」
「そこです。そこがいけないのです」
信長は、右手に持った扇子をこれみよがしに広げて、こちらをそれで指さし言う。
「あなたは試合をしていたのかもしれませんが、ひでよしくんは殺し合いを申しでていたのですよ」
え、今、なんて言ったんだ。殺し合いだとかなんとか。
「まだ、よくわからないって顔してますね。そういうところが、あなたのダメな点なのですよ。あなた、ひでよしくんと同じ身長、体重だったら、今頃、とっくに死んでますよ?」
急に体中に悪寒が走る。そうか、さっきから膝がガクガクしていたのは、そのせいだったのかよ。
「なんだよ、殺し合いって。言ってることの意味がわかんねえ」
俺は、相手を否定することにより、精一杯、虚勢を張る。今できる唯一の抵抗策だ。
「俺は試合をしてんだ。殺し合いなんて、ひとつも聞いてねえ」
「ふむ。そうですか」
信長は、ぱちんと扇子を閉じる。そして、両目をカッと見開き、俺の目を見つめる。なんだ、この雰囲気は。気持ちが悪い、吐き気がする。
「や、やめてくれ。俺を見るのはや、めて、くれ」
ふっと、信長の目はいつもの優し気な目に戻る。すると、信長から感じていた圧は消え、身体の緊張が解ける。だが、全身からの冷や汗は止まらない。
「今のを感じましたか?感じれる、あなたはそれだけで優秀とも言えるでしょう。ですが」
くっ、膝が笑ってやがる。立っていられねえ。俺は片膝と片腕を地面に付き、ぜえぜえはあはあと、荒い呼吸をする。
「鈍いほうが、この時代を生き抜くにはちょうどいいんです。あなたがどこから来たのかわかりませんが、よほど恵まれた環境だったのでしょう」
「どういうことだ」
「この、ひのもとの国は死で包まれています。あなたのような人は、一歩でもこの町を出れば、生きていけないくらいに荒んでいます」
信長は、俺を稀人を見るかのように見つめてくる。興味をもってくれるのはありがたいが、生きた心地がしない。
「あなたは、面白い。興味がわきました。そこのひでよしくん共々、ワシの家臣にしてあげます。くれぐれも早死にしないように注意してくださいね」
「おい、お前、よかったッスね。信長さまに認められて。これで晴れて、俺らの仲間ッスよ」
「ぶひい、俺も仲間だ。よろしくな」
信長の付き人と、相撲取りの田中太郎が、俺に声をかけてくる。付き人は身を起こせとばかりに、俺に手を差し出してきた。その手を取り、俺は起き上がる。
「いやあ、彦助だっけッスか。お前、信長さまの殺気を喰らって気絶しないとは、素人にしては中々やるっすね」
「あれが殺気だと。俺は本当に殺されるかと思ってた」
「ははっ、命があって良かったッスね。そういえば、お互い、まだ自己紹介をしてなかったッスね」
「あ、は、はい。わたしは、中村出身のひでよしで元農民です。こちらは飯村出身の彦助、です」
「なるほどなるほど、ふたりとも、食い扶持を求めて、村からでてきたってところッスかね」
こいつ、さっきから感じてたけど、えらい軽いノリだ。
「言い遅れたッス。俺は、前田利家。前田家の4男坊っす」
前田利家は、にかっと笑い、こちらに握手を求めてきたのだった。