ー春雷の章 9- 夜があける
長い夜が明ける。津島の町ちかくの寺での攻防は続いていた。俺たちは朝飯の準備をし、決戦間近に備えて英気を養うことになった。
「味噌汁がうすいんだぶひい。もうちょっと味噌を足すんだぶひい」
「オウ。田中さん、塩分は取り過ぎてはいけないのデス。顔がむくんでしまいマスヨ。あっ、遅いですね、もうパンパンデス」
「うるさいんだぶひい。顔がパンパンなのは元からなんだぶひい」
ひでよしは、2人のやりとりを見て、はははと笑っている。
「オウ、彦助さん、どうしたのデスカ。わたしたち2人の鉄板ネタなのデス。笑ってくださいヨ」
「ああ、すまねえ。考え事してたんだよ」
「ひ、彦助さん。まだ、昨夜のことを気にしているん、ですか?」
「まあな。あの親子、無事に逃げれたかなってさ」
「そんなに気にすることはないんだぶひい。近くには村もあるし、きっとそこに逃げ込んでるんだぶひい」
ならいいんだけどな、と俺は思う。
「そんなにしかめっつらをしてては、ご飯がおいしくなくなるのデス。しっかり食べるのも、兵士の役目なのデス」
「ああ、そうだな。お前らの言う通り、きっと無事なんだろうな。ひでよし、味噌汁、俺にも、よそってくれよ」
「は、はい。今朝の味噌汁は干し大根を刻んで煮たものです。あとは、とろろ昆布も入ってます」
「握り飯も喰っとくんだぶひい。中身は梅だけだけど、滋養強壮にいいんだぶひい」
「梅だけかあ。俺、おかかとか昆布とか、あとシャケも好きなんだよなあ」
「握り飯の具材にシャケ、ですか。それだと、握り飯からはみ出てしまいま、せんか?」
「ははは。シャケをあぶって、それをほぐした身を入れるんだよ。切り身をそのまま使うわけがないだろ」
ひでよしは恥ずかしいのか、顔を真っ赤にするのであった。
「ひでよしは身長は低いけど、意外と大食いなんだぶひい。ひでよしのパワーの源は大食いにあるんだぶひいかね」
「は、はい。そのせいで食費がかさんじゃうん、です。いつもは稗や粟を混ぜて、ご飯をかさまししてますけど、もっとたくさん食べれるようになりたいです」
「それなら出世しなくてはいけまセンネ。弥助は出世には興味はあまりありませんが、ひでよしさんは出世に興味津々ぽいのデス」
「は、はい!偉くなって、白い米のご飯をおなかいっぱいに食べるのが夢なん、です。いけませんか?」
「いい夢なんだぶひい。ひでよしが出世したら、僕を部下にしてほしいんだぶひい。そしたら、僕も白い米をたくさん食べれるようになるんだぶひい」
「おいおい、お前ら、だれか忘れてないか?」
俺は胸をふんぞり返し、右手の親指で自分を指さす。
「ん、こいつ、また何か言い出したんだぶひい。ひでよし。味噌汁に変な薬でもまぜたんだぶひいか?」
ひでよしはふるふると顔を横に振っている。てか、田中、失礼なやつだな。
「この!飯村彦助さまが大出世してやるって言ってんだよ。お前ら、俺が偉くなったら、しょうがねえから家臣にしてやるぜ」
「せいぜい頑張ればいいんだぶひい。期待はしてないけどな」
「弥助も、ひでよしさんには期待はしていますが、彦助さんはチョット」
「あ、あの、彦助さん。ひとには向き不向きっていうものがありますので、あまり無茶はしないでくだ、さいね?」
俺はぐぬぬと唸る。
「今に見てやがれよ、お前ら!俺は城持ちの大名になってやるからな。そのときになったら、家臣にしてくださあいって泣きついてくるがいいぜ」
「もう、朝なんだぶひい。夢は寝てるときに見ておくんだぶひい」
「ハハハ。弥助は彦助さんを応援しておくのデス。万が一、いや、億が一にも可能性はあるかもしれないですカラネ」
「では、彦助さんは、わたしのライバルって言うことになるのです、ね。よおし、わたしも負けてられません!」
「よお、お前ら、おもしろそうな話をしてるじゃないか、うん?」
ん、この声は、佐久間信盛のおっさんか?俺は後ろを振り向くと、おっさんが立っていた。
「お前ら、出世したいのか、うんうん。若い奴らは夢があっていいな」
さも、おっさんくさいことを言いやがる。さすが、おっさんだ。
「ん、俺はおっさんじゃないぞ、お兄さんだ。まだ29歳だ。ぴちぴちだぞ」
俺の心をよむんじゃねえ、おっさんがあああ。
「まあ、殿についてれば、才能があるやつは出世ができる。俺も最初は一兵卒からのスタートだったんだぞ、意外だろ」
「コネかなにかで出世したわけじゃなかったんだぶひいか。それはすごいんだぶひい」
「まあ、実際は、信長さまの父親の信秀さまの代からなんだが、出世したのは、信長さまに仕えてからだな」
信盛のおっさんは、俺とひでよしの肩をつかみ
「能力のあるやつが出世してくれるなら、俺は大歓迎だ。でも、むやみやたらにつっこむんじゃねえぞ。死んだら元も子もねえからな。特にこんな小競り合いで怪我されちゃたまらん」
「出世といっても何をすればいいデスカ。小競り合いくらいしか、今までないじゃないデスカ」
「なあに、すぐに大きな戦がやってくる。腐るんじゃねえぞ、お前ら。こんな小競り合いでも真剣に戦うんだぞ」
信盛のおっさんはそういうと、去っていく。大きな戦か。俺も小さいことにうだうだ言ってるひまはないなあ。




