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ー春雷の章 8ー 田中の策

 俺とひでよしは見回りを終え、田中の元へ戻ってきていた。


「おつかれなんだぶひい。何事もなかったかぶひい?」


「あ、ああ。何もなかったぜ。脱走兵もいなかったし、なあ、ひでよし」


「え、ええ。特にかわったことはありません、でした。静かなものでした、よ」


 ふうんと田中は疑わしそうに俺たちを見る。


「まあ、何もなかったのならいいんだぶひい。女、子供まで斬ってたら、夜、ねれなくなるもんだぶひいからね」


「な、なんだよ、何もなかったって言ってるだろお」


 俺は田中に心中を言い当てられて、どきまぎしてしまう。


「静かにするんだぶひい。何もなかったんだから、堂々としてるんだぶひい」


「そうなのデス。彦助(ひこすけ)さんとひでよしさんは何も見なかったのデス。私たちが保証するのデス」


「田中。弥助(やすけ)。お前ら、いいやつだな」


 俺はほろりと涙が出そうになる。


「こんなとこで泣くんじゃないんだぶひい。まったく彦助(ひこすけ)はすぐ感情が顔にでるやつなんだぶひい」


彦助(ひこすけ)さんたちは良いことしたのデス。恥じることはなにもないのデス」


 ほんと、俺はいいやつらに知り合えたんだな。誇りに思えるぜ。


「の、信長さまも、責めることは言わないと思い、ます。逆らったといえども、領民なのですし、手荒なことはしないで、しょう」


「まあ、そうなんだろうなんだぶひい。元々、この寺を攻めるのも、殺すためじゃないんだぶひい。おとなしく、信長さまの言うことに従えばよかったんだぶひい」


「で、この寺のやつらはどうなるんだ、このあと。まさか皆殺しってことはないよな」


「まあ、首謀者はよくて投獄。悪ければ打ち首デショウネ。他の兵士たちは捕らわれた後、信長さまの兵に吸収でショウ」


「じゃあ、あの女性の旦那さんも助かる可能性があるのか、よかったぜ」


「でもそれは、これ以上、反抗してこなければの話なんだぶひい。追い詰められたやつらは自暴自棄になりやすいんだぶひい」


「し、勝負自体はすでについているの、です。ただ、首謀者の住職が自棄やけを起こさなければなの、です」


 くっそ。事態は運任せってことかよ。これ以上、騒ぎを起こすんじゃねえぞ、寺のやつらめ。お前らの奥さんたちが露頭に迷っちまうだろうが。


「俺、寺のやつらを説得してくるぜ。そしたら、丸く収まるんだろ。行かせてくれよ」


「駄目なんだぶひい。そんなことしたら、彦助(ひこすけ)、お前、捕らわれて捕虜にされちまうんだぶひい。最悪、お前も死ぬんだぶひい」


「くっそ。何か手がないのかよ。俺はこのまま、指をくわえたまま、見てることしかできないのかよ」


「ひ、彦助(ひこすけ)さん。信長さまを信じましょう。きっと、何か手を考えてくれて、います」


「信長って言えば、寺を丸ごと焼いちまう極悪非道って話だろ。ゆうちょに構えてられるかよ」


「信長さまは、父親の平癒祈願をしていた坊主どもを寺に閉じ込めて焼いたという噂はありマスが、あれは、役に立たなかった上に、多額のお布施を願いでたからだという話なのデス」


「そ、そうですよ。罪のないひとを焼き討ちすることは、今までなかったの、です。ですから、信長さまは領民から人気が高いの、です。彦助(ひこすけ)さんも、それを知って、仕官したんでしょ」


 俺は知っている。いや、現代に生きるものなら誰でも知っている。そう、比叡山の焼き討ちだ。将来、信長は比叡山を焼き討ちするってことを俺は知っている。だから、心配でたまらないんだ。


「もしかすると、信長は今は善人ぶっているだけで、極悪非道かもしれないじゃないか」


「信長さまに限って、それはないんだぶひい。あのひとは理由もなく、そんな焼き討ちなんてしないんだぶひい。彦助(ひこすけ)、だれかと勘違いしてるんじゃないぶひいか?」


 くっそ。俺が未来人だって言っても馬鹿にされるのがオチだ。未来からやってきて、信長の残虐非道ぶりを知っていると言っても、らちがあかないだろう。


 だが、確かに、この世界にきてから、俺の知っている常識などまるで通じないことばかりだった。女、子供だって武器を手にとれば兵士とみなされ、殺される。もしかしたら、信長は、こいつらの言う通り、ものすごくいいやつなのかもしれない。だが、こいつらの言ってることだって、正しいかわからないんだ。


 俺は気持ちだけがはやる。一刻も早く、寺に乗り込み、あの逃げ出した女性の旦那さんに、彼女たちは無事だと伝えたい。なにか手立てはないのか。


「やれやれ。彦助(ひこすけ)、お前、今にでも寺につっこみそうな顔をしてやがるんだぶひい。何か?逃がした女、子供はお前の知り合いだったんだぶひいか?」


「そんなんじゃねえよ。ただ、伝えたいんだよ。こんな無意味な戦いで旦那さんが死んじまったら、可哀想じゃねえかよ」


 田中はやれやれとした顔を俺に向けてくる。そして、おもむろにどこかへ行く様子だ。


「ちょっと待ってろなんだぶひい。上に話をつけてきてやるんだぶひい」


 そういうと、田中は陣幕のほうに歩いて行く。田中、何かしてくれるのか、頼みにしていいのか。



 30分後、田中が戻ってくる。その手には、紙と弓矢を携えていた。


「上には話をつけてきたんだぶひい。矢文で降伏文を寺に送るんだぶひい。でも、これでうまく行くかどうかは運しだいなんだぶひい」


「すまねえ、田中。この借りは必ず返す」


 俺は、田中に頭をさげて礼を言う。


「あと、こっそり、こちらの矢文も送るんだぶひい。こっちには、逃した女、子供の無事をしたためてあるんだぶひい。これはお前が勝手にやったってことにするんだから、お前が射るんだぶひい」


「何からなにまで、すまねえ、田中。恩に着るよ」


 そう俺は言い、田中から矢文と弓を受け取る。


「この貸しは、遊女1回分でいいんだぶひい。とびきりのいい女と遊ぶから、金を用意しとくんだぶひい」

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