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ー春雷の章 5- 鞭はしゃれにならない

 いくさは勝負のつかぬまま、夕方になり、寺の包囲を続けたまま、交代で見回りを行うことになっていた。俺たち4人は遅番であり、先に4時間の休憩を与えられた。


 ひでよしは笹の包みから味噌を取り出し、鍋に水を入れ、そこに干飯ほしいいを沈める。


「ひでよし。ついでに、こいつの分も作ってやるんだぶひい」


「ああ、すまねえ。ひでよし。手間かけせちまって」


「い、いいのですよ。わたしたちは運命共同体なの、です。それより身体は大丈夫、ですか」


「殺されなかっただけ、ましだと思えだぶひい。初日から命令違反なんて、なかなかないんだぶひい」


 田中は寝そべり、右腕をひじつき、その上に顎を乗せて支えている。


「いてて。鞭ってすっげえ痛いんだな。たった3発で死ぬかと思った」


 俺は昼間の命令違反により、鞭打ち3発の刑を喰らったのだった。本来、あそこまで逆らえば死罪も免れぬところを、新入りということと、田中、弥助やすけ、ひでよしの弁明もあり、窮地を救われた。


「ありがとな、田中、弥助やすけ、ひでよし。迷惑かけちまった」


「けっ、少しはしおらしくなったんだぶひい。明日からは、しっかり働くんだぶひい」


「オウ。夢から覚めるには少々きつい仕置きだったのデス。でも、よく耐えれましたね。普通なら三日は目を覚ましませんよ」


「ははっ。すげえ痛かった。でも、あそこで気を失っちまたら、すべて終わりだと思ってよ。耐えた」


 鞭打たれた背中は、皮膚が裂け、肉があらわになっている。未だに猛烈な痛みが俺の身体をむしばむ。


「ひ、彦助ひこすけ殿。かゆができましたよ。さあ、食べてください」


「サンキュウ。ひでよし。はふはふ。ああ、うまい」


「俺たちも喰うんだぶひい。いくさは、まだまだ続くんだぶひい」


弥助やすけが採ってたきた野菜もありマス。これも鍋にいれてくだサイ」


 弥助やすけはどこからか取り出したのか、白菜を渡してくる。


「お前、畑から失敬してきたやつじゃないんだろうなぶひい。僕まで鞭打ちとかやめてほしいんだぶひい」


 織田信長は分捕りを禁止している。それが野菜1個であろうが、刑は免れないということだそうだ。きびしすぎだ、信長軍。


「安心してくだサイ。お金はちゃんと払っていますカラ」


「わ、わたしも白菜食べたい、です。分けてもらえませんか?」


 弥助やすけは手際よく、白菜を人数分に切り分けていく。


「まあ、馬鹿がひと皮むけた記念日だから、とっておきをだしてやるんだぶひい」


「うわあ、干肉じゃない、ですか。いいんですか、使っちゃって」


 田中が、干肉の塊を削り、鍋に落としていく。俺らの鍋はいくさ場に似つかわしくなく、豪華なものになっていく。



「ふうふう。うめえ。まさか(いくさ)場でこんなうまい鍋が食えるなんてな。この時代は、木の根っこでもかじっていると思ってた」


「ハハッ。木の根っこではありませんが、松の皮はおいしいですよ」


「え。まじで、木、食べるの?」


「籠城のときには非常食になるんだぶひい。鍋で味噌と一緒に煮詰めれば、やわらかくなってさらに栄養満点なんだぶひい」


「ま、松の実も油で炒めるとおいしいの、です。明日の朝は、そうしましょうか」


「松の実って、松ぼっくりたべるの。へえええ」


「松ぼっくりの皮の部分を剥くと、実があるのですヨ。それを食べるのデス」


 俺は知らないことだらけだ。料理も知らなきゃ、(いくさ)も知らない。それでも、ここの3人は俺を見捨てたりなんかしない。


「へへ。お前らのおかげで、なんだか、元気でてきた。すまなかったな、心配かけちまって」


「馬鹿が元気になると、またろくでもないことをしだすんだぶひい。もう少し、おとなしくしておくんだぶひい」


「まあ、そう言うなって。俺、明日から頑張るからよ」


「オウ。やっとやる気になりましたカ。これで、我が隊は100人力なのデス」


「け、怪我はしないでくださいよ。ここはまだ訓練の一環、です。本番はまだなんですから、ね」


「怪我というのなら、鞭打たれたけどな。すげえ痛い」


 田中は俺の服をめくり、背中を見る。そして少し驚きの顔を見せている。


「お、おい。彦助(ひこすけ)。お前、確か、3発も背中を鞭打たれたんだぶひいよね」


「ああ、そうだぜ。皮がさけて、肉が見えて、血がにじみ出たぜ」


「おかしいんだぶひい。もう、かさぶたができあがっているんだぶひい。大体、3発も打たれたら、耐えれるわけがないんだぶひい」


「オウ、田中の言う通りなのです。傷の治りが早いのデス。鞭の後は火傷みたいにただれるものなのデス」


「そ、そういえば、信長さまに出会った当日、彦助(ひこすけ)殿を投げ飛ばした際、彦助(ひこすけ)殿は、右ひじに血がにじんでいましたが、夜にはなおっていま、した」


 田中と弥助(やすけ)が怪訝な表情で俺の顔を見てくる。いや、まってくれ、俺に言われても何がなんだかわからない。大体、背中の傷なんて、自分で見ることすらできないんだ。


「こんなに傷がふさがるのが早いなんて、普通ないんだぶひい。まるで昔、ばあちゃんから聞いた、ある伝説を思いだすんだぶひい」


 俺はごくりと唾を飲み込み、田中の台詞の続きを聞く。


「昔、ある山に、大男が住んでいたんだぶひい。そいつの肌は赤黒く、頭には一本、角がついていたと言われていたんだぶひい」


 俺はその容姿を聞き、あるものを想像する。


「そいつは村に降りてきては、娘をさらっていき、ついに都から討伐隊が組まれたぶひい。でも、そいつに槍を突き付けても、矢で射ても無駄だったぶひい」


「どういうことだよ、槍でも矢でも死なないって」


「そいつは傷がすぐふさがったらしいんだぶひい。不死身の肉体なんだぶひい。そして、ついにその男は【鬼】と呼ばれるようになったんだぶひい」

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