ー春雷の章 4- 俺の知っている戦争
「おまえのかあちゃん、でえべそお!」
「おまえのとおちゃん、ちびでぶはげえええ!」
おい、田中、これはなんだ。一体、なにが起きてやがる。俺たちは戦まえの練習を兼ねて、反旗をひるがえした寺を囲んでるんだよな。
「おい、彦助。お前も叫ぶんだぶひい」
「なんで、俺たち、攻め込みもせずに、こんなところで小学生みたいな煽り文句を、大声で叫んでるんだよ!」
「オウ、彦助サン。声を出すのデス。上司に目をつけられてしまいますヨ」
「おまえのかあちゃん、でえべそお!」
「おまえのとおちゃん、ちびでぶはげえええ!」
おい、本当になんだよ、これ。合戦と言えば、刀と刀で鍔ぜりあいながら、首級をとるかとられるかの戦いじゃないのかよ。なんで、包囲しながら、相手に罵声を浴びせるだけなんだよ!
「これのどこが合戦なんだよ。ただ、悪口を言い合ってるだけじゃねえか!」
「いらんこと言わずに従えだぶひい。ほら、上司がこっちをみてるんだぶひい」
「ひ、彦助殿。なにが不満なんですか。ちゃんと戦ってくだ、さい」
「田中サン、ひでよしサン。彦助サンのことは放っておくのデス。わたしたちまで目をつけられてしまいマス」
「おい、そこのやつ、声をださんか!敵に勢いで負けておるではないか」
「なんで、戦にきて、悪口三昧しなきゃならねえんだ。戦わせろよ!」
「貴様は馬鹿か。槍など合わせていたら、けが人がでるではないか。やりたければ一人でいくがよいわ」
俺は50人の隊を束ねる足軽組頭に怒鳴られる。怒鳴りたいのは、こっちのほうだ。なんだよ、怪我したくないなら、戦なんかするんじゃねえよ!
「彦助、お前、もしかして、派手な戦闘を期待していたのかぶひい?軍功物語の読みすぎなんだぶひい」
「なんでだよ。こんな悪口のやりあいしかやらない戦なんて、それこそ聞いたことないわ。男は首級をあげてこその戦だろうが」
「おい、だれか、この馬鹿につける薬をもってくるんだぶひい。夢物語と現実がごっちゃになってる、新入りによくあるやつだぶひい」
「オウ、彦助サンは普段の言動から察するに、こうなるとは予想してましてたが、これは想像以上ですネ」
「ひ、彦助殿、おちついて聞いてくだ、さい。合戦で正面から槍を合わせるのは、ほとんどありま、せん。特にこのような勝負が決まっている場合は、なおさらなの、です」
「じゃあ、なんで俺たち、必死に毎日、訓練してんだよ。意味わかんねえよ」
「ちっ、聞き分けのない餓鬼だぶひい。そんなに死合いたいなら、ひとりで勝手にいけなんだぶひい」
俺は、戦国時代へのあこがれを粉砕された気分だ。こんな罵り合いをするために、この世界に飛ばされてきたっていうのかよ。悔しくて涙が出てきそうだ。
「我らを馬騰するとは許せん!一体、何だと言うのだ。貴様ら、相手になれええ!」
寺側から一人の僧兵が罵声にたまりかねたのか、寺の門から飛び出してくる。そいつは薙刀を振り回し、威勢よく名乗りを上げる。
「我は権左衛門なり。我が薙刀の錆になりたいやつは、前にでろおおお!」
おお、これだ、これ。俺が戦国時代に求めていたのは、これだ。一騎打ち!これこそ、戦の醍醐味だぜ。
「ちょうどよかったんだぶひい。彦助、お前と同じようなやつが敵にもいたんだぶひい」
「へへっ。やっぱ、戦は、こうじゃないとな。で、こっちからは誰が出るんだ?」
「皆の者、弓かまええ。あの者に射かけろおお!」
「お、おい、何言ってやがる。相手は名乗りあげてんだ。男なら一騎打ちを挑まれたら、受けるのが筋だろ!」
俺は足軽隊長に噛みつこうとするところを弥助に羽交い絞めにされた。
「彦助、いい加減にするんだぶひい。お前みたいな馬鹿がどうなるか、ここで見ておくんだぶひい」
「お、おい、やめろ。相手はひとりだろうが。なんで、みんな、弓を構えてやがる。おい、やめろおおお!」
俺の絶叫はむなしく空をきる。敵の僧兵は、むしろのように矢を受け、地面に倒れている。
「なんなんだよ、これ。お前ら、一体、何やってんだよ!」
俺は、右ほほに熱い痛みを感じる。ぶたれた。俺は目の前の小男に右ほほをぶたれたのだ。
「いい加減にしてくだ、さい。彦助殿。夢を見るのは勝手ですが、これ以上、隊を乱すというのなら、わたしがあなたを殺し、ます」
田中は、ひでよしの肩と腕をおさえている。ああ、ひでよしは本気なんだ。本気で俺を殺そうとしているのか。
「おい、彦助。あそこで倒れてる馬鹿な僧兵をよおく見ておくんだぶひい」
そいつは全身を矢で穿たれて、大量に血を流し、地面に突っ伏している。すでに命の灯は消えているのだろう。ぴくりとも動かない。
「あれは、お前の未来の姿だったかもしれないんだぶひい。あの馬鹿のおかげで、お前は命を救われたんだぶひい。手でも合わせてやるんだぶひい」
俺は力なく、膝から崩れ落ち、四つん這いとなった。罵声は再び、続けられた。俺はその飛び交う罵声の中、ひとり、嗚咽をもらしていたのだった。




