ー裸族の章 1- 銭湯にいこう その1
相撲の訓練時間が終わるとともに、今日の訓練はこれで終わりだ。来月4月半ばからは水練も行うらしいが、知ったこっちゃねえ。明日は明日の風が吹く。今日できることは今日やるのだ。
「よっしゃ、昼飯でるんだったよな、昼飯。喰いに行こうぜ」
「その前に、汗とホコリを落としに行くんだぶひぃ。こんな汚い身体でメシなんかたべたくないぶひぃ?」
そういや、俺の身体も汗と土とで、べたべただ。それだけ真剣に訓練してたって証だな、うんうん。
「それもそうだな、どこで身体をあらうんだ?」
この時代、シャワールームなんてあるわけないんだから、どうするんだろと思いつつ、頭をめぐらせる。
「それはですネ。銭湯に行くんですよ」
「へえ、銭湯あんのかあ。近いのか?」
「兵士の皆さんは大体、訓練後に身体を洗いたがるので、信長さまが出資して近くに銭湯を作ってくれているのデス」
「へえ、信長、やるじゃん。そりゃ行ってやらないと罰が当たるってもんだよな」
俺たちはぞろぞろと銭湯に向かう準備をし始める。あれ、そういえば銭湯の値段はいくらなんだ。
「銭湯って、この時代、いくらなんだ、田中」
「牛の絞り乳つきで5文(=500円)なんだぶひぃ。細かいのがなかったら、途中にある両替所にでもよるんだぶひぃ」
そういや支度金に5貫はもらったけど、中身までちゃんと見てなかったな。5文なんて細かい金あったっけかな。
「それと両替所はお金を預けることもできるんだぶひぃ。物騒な世の中だから無駄に大金は持ち歩かないことだぶひぃ」
農村から出てきた田舎者扱いのおかげで、聞かないことまで情報を与えられて、逆に安心できる。田中はあれだな。野球漫画でいうところの解説係りってポジションだな、うんうん。
「なにぶつくさ言ってるんだぶひぃ。メシまであまり時間がないんだぶひぃ。さっさと準備するんだぶひぃ」
「わりいわりい。じゃあ、宿舎寄って、金とってくるわ。ひでよしもいくんだろ?」
「は、はい。お金預けておかないと、怖いです、からね」
あれ、ひとり忘れているような。んん、誰だっけ。
「おい、お前ら。銭湯行くのか?」
ああ、教官の椿を忘れていたわ、そういや。
「なんだ、椿。お前はどうするんだ?」
んんと悩む椿である。なにをそんなに悩んでいるのだろう。たかが銭湯だろ。
「おい、田中。お前が行こうとしてる銭湯ってのは、男女別のとこかい?」
男女別?どういうことだ。銭湯なんだし、男女別なのが当たり前だろ。
「そうだぶひい。信長さまが兵士たちが不埒なことをしないようにと、男女別なんだぶひい。いっしょのほうがよかったぶひか?」
田中はニヤニヤしている。
「え、男女いっしょな銭湯があるのか?それって言わば混浴ってやつ?」
俺はつい興奮しつつ、さらにニヤケ顔になってしまう。
「私はこういうやつがいるから、混浴っていやなんだよね。男女別でよかったよ」
「な、なんだよ、悪いのかよ。男が女好きなのはしょうがないだろ」
4人は、はあやれやれと言った顔をする。
「弥助は思うのデス。彦助さんは女性にもてないタイプだと」
「偶然だね、弥助。私もそう思っていたところだよ」
「あ、あの、彦助殿。男好きじゃないのはわかりますが、そう公然と女好きを言われ、ましても」
「ああ、やだやだなんだぶひい。こんなやついたら、おちおち銭湯にも行けないんだぶひい」
4者4様、好きなことを言いやがる。くっそ。結局、男好きでも女好きでもディスられるのは、いっしょなのかよ。
「い、いいじゃねえか。そ、それより銭湯いこうぜ。時間ないんだろ」
ああ、そうだったと言わんばかりに、皆はまた、銭湯にいく準備を進める。
「あ、私は、熱田神宮の同僚らと行くから。会うのはまた後でだね」
同僚と聞き、俺は喜色ばる。
「おい、彦助。それ以上、何もいうんじゃないぞ」
「彦助は本当に成長しないのデス。ああ、神よ、彦助の頭の中に慈悲をクダサイ」
「彦助、いい加減にするんだぶひい。僕たちまで変態だと思われるんだぶひい」
「ひ、彦助殿のモテない雰囲気がうつりそうなの、です」
「おい、まだ、何も言ってないだろ。なんで、俺がそこまで言われる筋合いがあるんだよ」
再び、皆はやれやれと顔をこちらに向け、いそいそと、銭湯に行く準備を始める。一体、俺が何をしたってんだよ、訴えてやる!
ようやく準備も整い、俺とひでよしは5貫(=50万円)を手にし、集合場所へ向かう。田中、弥助の案内に従い、津島の町の両替所にて、4貫預け、のこり1貫を小銭にくずしてもらう。手数料を少し取られたが、この時代に銀行まがいの預り所があるだけましだと観念する。
「しかし、この、コの字の木片はなんなんだ?」
「コの字が1貫で、10貫なら丁の字の木片と交換なんだぶひい。それをここの両替所と同じ系列のとこに持っていけば、どこでもお金を引き下ろせるってわけだぶひい」
「へえ、うまいこと出来てるもんだなあ」
俺はその木片をまじまじと見る。
「彦助サン。それを失くさないように気を付けるのデスヨ。あと、欠損させてもダメデス。交換できなくなりマス」
「なかなか厳しいんだな。ちょっと力を入れすぎたら、ポッキリ行きそうでこわいぜ」
「そこまで壊れやすくないぶひい。お前、どんだけ馬鹿力なんだぶひい」
俺はリンゴを売っている屋台を見つけ、1個、リンゴを買う。そして、それをおもむろに右手でつかみ
「はああああああ!」
めきょおおおとリンゴは音を立て、ヒビが入る。へへ、どうだ見たか、俺の握力を。
「ああ、リンゴがもったいないんだぶひい。こいつ、親にどんな育たれ方、されたんだぶひい」
「ひ、彦助殿、食べ物を粗末にしたら駄目なん、ですよ」
「オウ、彦助は、なんでこんなに頭がダメな子なんデスカ」
あれ、突っ込みどころそこ?と疑問しながら、俺の右手は果汁で甘い匂いを漂わせていたのだった。




