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ー稽古の章 8- 教官と俺

 そういえばとふと俺は思った。なんで巫女が弓の教官をやっているのかと


「教官殿。質問があります」


「あ、なんだ?言ってみろ」


 木刀を片手に皆にケツ罰刀ばっとを馳走しながら、教官と呼んだ女性・椿が俺のほうに向く。


「なんだ?つまらないことだったら、容赦しねえぞ」


「あ、あの!教官殿は何故、弓の稽古をしていただけるのでしょうか」


 俺はおそるおそる、教官の顔色を伺う。


「あー、信長さまに頼まれちまったからねえ。信長さまの家は熱田神宮に多額の寄付をしてくれてるんだ。でさあ、まあなんというか」


「なんでありますか、教官殿」


「給金がいい。お前らの3倍はもらってる」


「おれらの3倍って、月6貫(=60万)ですか。もらいすぎじゃないですか!?」


「そのかわり、お前みたいな新人の教育してやってんだ。もらいすぎじゃねえよ」


 そう言われては返す言葉もない。実際、俺も高校の部活のときは、後輩の指導はめんどくさかった。何かと物覚えがいいやつは楽だが、そうでないやつの場合は大変だ。


「あー、だりい。おい、彦助(ひこすけ)。お前、私の肩をもめ」


「教官殿の肩をもめるとは大変な誉れであります」


「そういうのはいいから、しっかり揉みな。へたくそだったらケツ罰刀ばっとだからな」


「肩もみなどは部活でもよくやっていたので、得意であります」


 実際、高校1年のときは、相撲部の先輩のマッサージをよくさせられていた。その甲斐もあってか、得意といえば得意だ。俺は意気揚々と教官の肩を揉む。


「んー、そこそこ、もうちょっと強く。ああ、いいぞいいぞ」


 教官の椿は、思いのほか、俺のマッサージに喜んでいる。そういえば、女性の身体に触れるなど、男兄弟の俺にとっては、母親の肩を揉む以外では、ほぼ一切、機会がなかった。


 教官殿は、肩を揉まれて気持ちよくなったのか、時折、短く、んっとか、あっとか息を漏らす。正常な18歳男子の俺には、その声は刺激が強すぎた。


「おお。いいじゃねえか、彦助ひこすけ。お前、兵士なんかやめて整体師になっちまえよ」


「おほめに預かり光栄です。教官殿」


 冷静を装いつつ、俺は気が気ではない。教官の髪からただよってくる匂いがこれまた、たまらない。俺は気付けば、くんかくんかと鼻を動かしている。


 着物の襟の部分から、首、そして結い上げた髪の生え際。それをちらちら見ながら、俺はごくりと生唾を飲み込む。俺ってうなじフェチだったけと思いながらもくらくらしそうな頭を精一杯、鼓舞しつつ、肩もみに専念する。


「おい、彦助ひこすけ


「は、はひ。教官殿、なんでしょうか」


 おれはどぎまぎしながら、応える。なんだろう、匂いを嗅いでたのがばれたのだろうか。


「お前、なんで兵士になろうと思ったんだ。見たところ、今日から訓練開始したみたいだけど」


 俺は匂いを嗅いでいたのがばれてなくて内心ホッとしつつも、教官からの意外な質問にどう答えたらいいものか、逡巡した。まさか、現代日本から、こっちの世界に飛ばされて、たまたま、ひでよしと知り合って、と正直に言ったところで、どうしようもないからだ。


「ええっとですね、なんといいますか」


「言いにくいことなのか?だったら別にいいけど」


 俺は必死に昨日と今日までに勝手につけられた俺の設定を思い出す。


「お、俺。農家の三男坊だったんですよ。でも、そこで部屋住みだったかな。うん、それそれ。それで、そのまま家にいるくらいならと、津島の町にやってきて、一旗あげにきたんですよ」


「ふうん。どこにでもよくある話ってやつか。お前の家族は冷たかったのか?」


「い、いえ、そんなことはなかったです」


 俺はつい、現代日本の母親と父親、そして兄のことを思い出す。まるでもう1年以上も会って無いような感覚だ。こっちに飛ばされてきたのは昨日だっていうのに。


「まあ、男ならだれでも一旗あげようっておもっちまうもんなんか?」


「は、はい。男ですからね」


 教官は、ふうん、そんなもんかと呟く。


「私にもさ、兄貴がいるんだよ。8人家族なんだけどさ。うちはそんな大人数、喰わせていけないってことで、私は熱田神宮に入れられて、うまいこと巫女になったのさ」


「へえ、教官にそんな過去があったんですね」


「信長さまから、もらった給金の半分以上は実家に仕送りしてる。そのおかげか、他の兄弟たちはいくさにでなくてもやっていけるみたいだ」


「えっ、いくさって、教官も出てるんですか?」


「そりゃそうだ、熱田神宮の巫女なんだし、当然だろ」


 なるほど、教官の腕は実践で鍛えたものなのか。しかし、この時代は神社の関係者まで戦闘できるとは思っていなかった。


「熱田神宮は武闘派でならしてんだ。そりゃ、戦闘だってできる。その腕を見込まれての信長さまからの要請だ。いざとなればいくさの場にだって出るんだよ」


 そんな事情など、つゆほども知らなかった。俺は思わず動揺してしまう。


「お前んとこの兄弟だって、いくさに出てたんだろ。農村はもちろん足軽としてかり出されるし、神社や寺だって、兵隊を持ってる。何を驚いてるんだ今更」


「い、いえ。俺、ほとんど家から出させてもらえなかったんで、ちょっと、その辺は疎くて。すいません」


「なにか理由があったんだろうね。まあ、その辺は詮索しないでおくよ。こんな時代だ、いろいろあるもんだし」


 俺は、理由もなく胸がちくちくする。なんだろうと思っていたが、この胸のちくちくの理由がわかるのは、だいぶあとになってからであった。

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