ー戦乱の章44- お酒で水分補給はできないだと?
信長の軍は野営地の設置も終わり、夕飯の時間へと移行する。兵士たちは10人ぐらいの塊となり、それぞれ火を起こし、汁物を作ったりして、各々、昼間の野戦の勝利を祝いあっていたのである。
「ああ、酒が飲みたい。せっかく昼間の野戦で坂井大膳を討ち取ったんだし、今夜くらい、祝杯をあげてもいいんじゃねえのか?」
「うーん。私も飲みたいのはやまやまなん、ですが、さすがにお酒を戦場に持ってきてはいません、でしたしね」
「そうぶひいねえ。冬場の合戦は冷えるから、持ち歩くことは多いぶひいけど、逆に暑い日にお酒を飲むと、なんだか体の調子が悪くなるぶひいからねえ」
「田中さん。お酒は、水分の代わりにはならないからデス。ほら、お酒を飲むと余計に喉が渇くじゃないデスカ」
「ああ、そうなんだぶひいか?僕はてっきりお酒は水の代わりになると思っていたんだぶひい。弥助の言う通りだと、飲み屋に行ったときにお酒をガバガバ飲んでしまうのは、水分を取れなかったからなんだぶひいね?」
ん?どういうこと?お酒でも水分は充分とれるんじゃねえの?だって、お酒を飲むと小便がめっちゃちかくなるから、あれは要らない水分を身体から出しているってことになるんじゃ?
「弥助くんの話を清州の医者から似たようなことを聞いたことがあるんやで。風邪を引いたら玉子酒を飲むんやけど、あんまり飲みすぎたら、余計に体調が悪くなるんやで?風邪を引いたときは、特に普通の水をとったほうが良いって言ってたやで」
「というわけですので、明日も体力を使うので、彦助さんはお酒を控えてクダサイ。まあ、お酒自体、もってきてないのデスガネ」
ふむ。そもそも酒がないのか。それじゃあ、諦めるしか手がないなあ。
「まあ、わいは、寝つけの一杯をひっかけるために少量持ってきているんやけどな。って、ちょっと、皆はん、何、目をぎらつかせているんでやんすか!」
「僕も寝つけの一杯がほしいとおもっていたぶひいよ。なあ、弥助。適量なら、別に飲んでも構わないぶひいよね?」
「そうデスネ。いつもあほほど飲んでいる田中さんが言うと、説得力皆無デスガ、寝つけに一杯程度なら、構わないではないのデスカ?まあ、ワタシは医者じゃないので、よくはわかりまセンケドネ」
「四さん、ちょっとで良いから、わけてもらえま、せんか?私もやっぱりお酒が欲しいの、です」
「なんだよ、なんだよ。結局、お前ら、全員、飲みたいのかよ。仕方ねえなあ。四さん、ほら、早く酒を出してくれよ」
「彦助くん、何、仕切り始めているでやんすか。これはわいのお酒やで。なんで、皆に配らなならんのや!」
四さんの言いに、俺とひでよしと田中と弥助が、うん?と言う顔付きになる。
「俺たち、マブダチ。マブダチ、皆に分け前を与える。これ、尾張でも同じ」
「そう、ですね。私たちは親友です、ものね。皆で酔っ払えば怖いものはない、です」
「彦助と、ひでよしの言う通りなんだぶひい。ほら、四さん、早く酒を出すんだぶひい」
「弥助はできることならワインを飲みたい気分なのデスガ、四さんに免じて、安酒で我慢するのデス」
俺たち4人の言いに、四さんは、はあああと長いため息をつく。
「ああ、こんなことなら、酒を持ってきていることは黙っておくべきやったわな。しゃーない、ほな、みんな、お茶碗を出すんやで」
「うっひょおおおおおお!さすが四さんだぜ。よっし、俺はとっておきのメザシの干したやつを皆に提供するぜ」
「お前、どこにメザシを隠し持っていたんだぶひい。しかし、よくぞ、出してくれたぶひいね。なら、僕もとっておきのものを出すんだぶひい」
田中がそう言うと、打飼袋をごそごそと漁りだし、イカの塩辛を取り出す。おお、こいつ、何てものを隠しもってやがったんだ!
「ぶひひっ。誰かが酒を持ち込むと思っていたから、肴を準備していたんだぶひい。無駄にならなくて良かったんだぶひい」
「田中、てめえ、やってくれるぜ!くっそ、こんなことなら、俺も酒をもっと大量に持ち込んでおくべきだったわ」
「うーん。小荷駄隊が到着してれば、少々のお酒くらいは配られていたと思うの、ですが、まさか1日程度で野戦が終わってしまうとは、思ってもいません、でしたから」
「そういえば、今回の決着は早かったデスネ。一気に攻め入るとは聞いていまシタガ、まさか初日でこちらが相手の倍の兵力であったからと言って、坂井大膳の首級まで取れるなんて思ってもいませんデシタ」
「そうでやんすね。戦って言うのは大概は睨み合いだけで終わるもんやけど、信長さまの戦いは尋常じゃないんやで。こりゃ、攻城戦も、早く終わらせるつもりなんかいな?」
「どうなんだろぶひいねえ。しかし、四さん、もうちょっとお酒を持ち込むことは出来なかったぶひいか?これじゃ、ちびちびと楽しむことしかできないんだぶひい」
「しょうがないやんか。わいも皆が持ち込んでいると思っていたんやからな。まさか、彦助くんが真面目に水しか持ってこなかったのには驚きを隠せないんやで!」