ー戦乱の章32- 死刑はエンターティメント
「ほら、いい加減、目を覚ませよ。みんな、いっちまうだろお?」
俺は縄でふんじばった奴を起たせようと、試みる。だが、そいつはいっこうに立ち上がろうとせず、あぐらをかいたままである。
「彦助、何をやっているんだぶひい。さっさとそいつを連れてくるんだぶひい」
田中が呆れた顔で俺に言ってくる。
「そうは言ってもよお。こいつが動かないんだよ。なあ、お前。別に命を取ろうってわけじゃないんだから、大人しくついてきてくれよ」
何故か、捕まえたはずの俺のほうが懇願する立場になっている。なあんか、まちがっているような気がするんだよなあ。
「腹に蹴りでもいれたらいいんじゃ、ない、ですか?そしたら、嫌でも動き、ますよ?」
うわ、ひでよし、こわいわ。いくら動かないからと言って、腹に蹴りいれてどうしようってんだ。
「彦助さん。縄の先端を首級に巻き付けてはどうデスカ?そっちのほうが穏便に事は運ぶのデス」
「いや、まて。そこのどこが穏便なんだよ!こいつが、逆らいでもしたら、首級がしまって、あの世行きじゃねえか」
「まあまあ、彦助くん。そない心配せんでも、死にたがる奴なんていないんやで?弥助くんの言う通り、やってみたらええんやな」
四さんが弥助のやり方に同意する。うーん。腹を蹴るか、縄を首級にかけるか、ふたつにひとつ。こんなの決めようがないようなあ。
「なあ、お前。腹を蹴り上げられるのと、縄を首級にかけられるのと、どっちがいい?」
「どっちも嫌に決まってるだろ!わかったよ、歩きますよ」
そう言うと、そいつは、すくっと立ち上がる。なんだよ、立てるなら素直に従ってくれりゃあ、いいものをよお。
「ようやく立ち上がったぶひいか。じゃあ、みんなの後を追うんだぶひい。いくら、捕虜を連れて歩いているからと行って、行軍に遅れるようじゃ、信長さまにお叱りを受けるんだぶひい」
田中の一声の下、俺たちは、それぞれ、ひとりずつ、捕虜を縄でふんじばって歩くことになる。連れている奴らは先ほどの戦いで怪我をしているのか、うううと呻いたり、痛そうに足を引きずっている者もいる。
かく言う、俺が引き連れている奴も、腕が痛いのか
「ちょっと、縄がきついんだ。緩めてくれないか?」
と言い出す始末である。お前、さっき、俺の懐剣を奪い取って、首元に突き付けたじゃねえか!
「さっきのはすまないと思うよ。押し倒されると思ったんだよ」
「誰が、好き好んで男なんか押し倒すかよ。いらんこと言ってないで、さっさと歩けってんだ」
「彦助。相手が男と言えども、戦の最中に、乱暴するのはやめておくぶひいよ?信長さまがすっとんできて、首級をはねられるぶひい」
「弥助は一度、見てしまったのデス。信長さまが女性に乱暴しようとする兵たちの元に現れて、刀をすらりと抜き出したと思ったら」
弥助の言いに俺はごくりと唾を飲みこむ。
「刀の刃が欠けるのがもったいないと、また鞘に戻してしまったのデス」
俺はつい、ずっこけそうになる。
「おい、なんだよ。その乱暴を働いた兵に制裁を加えるんじゃないのかよ!」
「いえ、制裁は加えまシタヨ?それが刀ではなくて、ノコギリですけどネ。生きたまま、首級をノコギリで斬り落としたのデスヨ」
「こっわ、本当に、こっわ!なんだよ、生きたままノコギリで首級を斬り落とすって」
「まあ、刀で首級を斬り落とすとか、よほどの達人ではないと、無理です、からね。大抵は木材を伐採するために使う分厚い斧とか、ノコギリのほうが効率は、いいです」
効率うんぬんの問題じゃない気がするんだけどなあ。
「彦助は打ち首の現場とかは見たことはないんだぶひい?」
「ああ、見たことはないな。そう言うときって、斧を使うものなの?」
「斧の場合もあれば、日本刀の時もあるんだぶひい。まあ、刀を使うときって言うのは、そいつがよっぽど罪人の時なんだぶひい」
「うーん?言わんとしてることが、よくわからないんだけど?」
「彦助さん。先ほど、ひでよしさんが言いましたけど、達人でもない限りは刀の一振りで首級を斬り落とすのは難しいんでデスヨ。だからこそ、あえて、罪人を苦しめるために刀で斬るわけデス」
「うへえ、想像しただけで、メシを喰う気分になれなくなっちまうわ。お前ら、よくそんな打ち首の現場なんかに行けるよなあ」
「まあ、死刑の執行は、見世物的な意味合いもあるぶひいからねえ。彦助にとっては意外かもしれないぶひいけど、庶民たちはこぞって集まるもんぶひいよ?処刑場に」
「罪人に石を投げるって言うのも、楽しみ方のひとつです、からね。お子さんとかは、よくわからずにきゃっきゃっと投げるもの、ですよ」
「ヨーロッパでは、町中の人が笑いながら罪人に石を投げていまシタネ。どこの国でも、その辺は変わらないのでショウカ?」
「わいは実の兄貴の嫁さんに手出そうとしたら、村人たちに石を投げられて、村から追い出されたでやんす。今となっては懐かしい思い出なんやで?」
四さん、それは全面的にあなたが悪い。