ー戦乱の章31- 戦国快男児 四(よん)と猿の奏鳴曲(ソナタ)
俺が縛り上げようとした奴は、俺が縄を緩めることで自由になった左腕で俺のふところの紐に結わえてあった懐剣の柄を握り、すらりと中身を奪い取る。
そして、ぎらつく刃を俺の首元にあてて叫ぶ。
「お前ら、うごくんじゃねえ!こいつの命が惜しかったら、お前らがふんじばってる奴ら全員、自由にしろ」
くっ。俺、絶体絶命のピンチじゃねえか!頼むから、田中、弥助、ひでよし、四さん、言うことを聞いてくれ!
「ふう。何を馬鹿なことを言っているんだぶひい。彦助をどうにかしたかったら、勝手にするんだぶひい」
ですよねえ。こいつらが俺の命なんて、これっぽちも大切にしてくれるわけがないんだよなあ。
「彦助さん。椿さんたちには、彦助さんは立派に戦って命を落としたと伝えておきマスネ。まさか、捕らえようとした者に逆に捕らわれて殺されたなんて、恥ずかしすぎて、不名誉すぎるので黙ってオキマス」
「ちょっと、待て!本当にお前らの仲間を殺すんだぞ、言うことを聞きやがれ」
まあ、目の前のこいつがいきどおるのもわからんでもない。だが、俺たちは金で雇われた兵だ。血の繋がりも同郷のよしみもまったくもってない。いわば、完全な他人なんだよなあ。
「彦助殿。短い間でしたが、彦助殿のことは、決して、忘れま、せん。墓は用意できませんが、お坊さんに念仏くらいはしてもらえるよう、計らっておき、ますね?」
「ああ、わいたち5人の冒険もここまででやんすか。明日からは、戦国転生 馬鹿と猿の奏鳴曲から、戦国快男児 四と猿の奏鳴曲に変更やで」
何、メタなことを言ってやがるんだ、四さん。俺はまだゲームオーバーじゃねえよ!
「お前ら、本当に良いのか?こいつを殺しても良いって言うのかよ!」
こいつが握る懐剣がカタカタと震えている。おや?こいつ、もしかしてためらってるのか?よし、この隙だ!
俺は、むんずと、そいつの左手首を両手で掴み、えいやと小手投げをかます。そいつは虚をつかれ、ドスンと地面につっぷすことになる。
「くっ、離せ、離しやがれ!」
俺は、そいつの左腕に左ひざを乗せ、両手で頭を掴み、幾度か地面に叩きつける。そいつはうぐ、うがっと何度かうめき声を言い、失神に至る。
「ふう。危なかったぜ。田中、弥助、ひでよし、四さん。こいつの注意を引きつけてくれてありがとうよ」
「全く、いつも言っているだろだぶひい。戦場で油断しちゃダメだって。もう少しで本当に椿を泣かせることになるとこだったぶひい」
「弥助たちの演技がうまく行ってよかったのデス。敵さん、慌てふためいていまシタネ。しかし、ちゅうちょせず、彦助さんをぶすりと刺してしまえば良かったのにデス」
「そう、ですね。彦助殿が傷つけられれば、こちらとしても、冷静に対処は難しかった、ですね。何故、彦助殿を手負いにしなかったの、でしょうか?」
「あれ?皆はん、演技やったんすか?わい、てっきり、ほんまのことかと思ってしまったんやで?ああ、これで、四と猿の奏鳴曲の夢が潰えたやんすか!」
そんな夢、すぐに捨てちまえ!昔から今でも、これからも、馬鹿と猿の奏鳴曲は永遠です!
さて、こいつ、どうしたものかなあ?縄でふんじばったところで、ぎゃあぎゃあ騒ぎそうだし。でも、放っておくと、また誰かを捕まえて大騒ぎするのは眼に見えている。
俺はとりあえず、地面に転がる自分の懐剣を拾い、腰に結わえている鞘にそれを収める。本当、危ないところだったぜ。敵の血を吸うはずの愛用のたぬきの柄が彫られた懐剣が、まさか、自分の首元にあてがわれるとはな。もしかしたら、こういうことがまた起きるかもしれない。
手癖の悪い奴を相手にするときは、要注意だな。そういう奴を相手にするときは、なるべく距離を置いて戦うのが懸命なんだろうな。漫画の宮本武蔵だって、組みあっている相手の小太刀を盗んで、それで相手を切り伏せるシーンがあったような?
「なあ、こいつ、どうする?このまま、放っておいたら、ダメなような気がするんだけど?」
「とりあえず、縄でふんじばっとけだぶひい。あまりにも暴れるようだったら、その辺の木にでも、釣るしあげときゃいいんだぶひい」
木か、木ねえ。って、ここ、草原だから、手ごろな木がねえよ!
「困りましたネ。まあ、彦助さんが責任もって、連れていくってことで良いんじゃないデスカ?」
「ああ、厄介ごとがふえたなあ。俺の命を狙うような奴なんて連れていきたくねえよ。ひでよし、お前が捕まえている奴とこいつを交換してくれよ?」
「いや、ですよ。そいつは彦助殿が担当なの、です。彦助殿が面倒、見てくだ、さい!」
「そうだようなあ。あっ、四さん!」
「皆はん、何をやっているでやんすか、他の人たちはもう移動を開始してるでやんすよ?」
四さんはすでに自分の捕虜を引っ張って先に行っている。くそっ、あいつめ、厄介ごとを押し付けられる前に逃げやがった!