ー戦乱の章22- 三河の作物はどこに消えた?
「以前、私が今川家の武将に仕えて、足軽をしていたと言いました、よね?その時に、食べる物がなくて、草をもいで食べていたと言いましたが、あれは何かの比喩表現ではありま、せん」
「え?じゃあ、秀吉が今川家の足軽をやってた時は、三河ではちょうどタイミング悪く、飢饉が起きたのか?」
「そうではないの、です。飢饉が天災によるものではなく、人災により起きたの、ですよ」
「どういうことだ、それは?飢饉なんて、ひとの手によって起きるわけがないだろ。何か?今川義元は雨が降らないように天の祈ったわけなのか?」
「彦助、何を言っているんだぶひい。稲は少しばかり日照りのほうが、良く育つんだぶひい。逆に雨が降り過ぎるような冷夏のほうが、稲が病気になって、飢饉が起きるんだぶひい」
へー、なるほど。そう言えば、元々、米ってのは、温かい地方じゃないと育ちにくいって話を友人から聞いたことがあるな。俺が現代にいたころは、歴史に詳しい友人が聞いてもないのに、歴史のうんちくをよく語ってくれたものだぜ。
最近の学説では、稲作は中国大陸から朝鮮半島を渡り、伝えられたのは嘘であって、真実は東南アジアから輸入されたものだったかな。たしか、古代米のディーエヌエーを調べたら、中国と日本の米は違っていて、東南アジアの米とほぼ同じだって言ってたな。
「じゃあ、今川義元は日照りじゃなくて、雨ごいの儀式を熱心にやっちまったってことか?それで人災って感じで飢饉になったわけと」
「だから、雨ごいのしすぎとか豊作祈願の手を抜いたとか、そんなことではありま、せんよ」
じゃあ、なんだよ。飢饉でもないのに、ひでよしが何で食べる物に困ったんだ?
「はっ!そうか、食べ物を買う金がなかったのか。そりゃ、信長のとこ以外の兵士はお給金がでないもんな。そりゃ、金がなけりゃ、草を食べるしかなくなるわけだ」
「だから、お金とも関係はありま、せんって。そもそも、食べる物自体がなかったん、ですよ。三河の地では」
「んー?食べる物自体が三河にないの?誰かが三河で採れる作物を奪って行ったってことか?」
「そうです、その通りです」
「三河に生息している山賊たちはすごいんだな。三河中の作物を奪って、どうしようってんだ?」
俺の言いに、ひでよしが、はああああああと深く長いため息をつく。な、なんだよ、そんな反応の仕方。ちょっと失礼じゃありませんか?
「なんで、彦助殿は、そこまで考えが及んでおきながら、最後のオチがそうなるん、ですか。三河は今川家の従属国なんですよ。誰が三河で採れる作物を奪っているかなんて、想像に難くない、でしょうに」
「ああ!そうか、今川義元が、三河の国の作物を奪っているわけか。でも、草しか食べる物がないレベルで搾取するのは、領主としておかしくないか?例え、三河が従属国と言えども、実際は今川義元の国って言っても過言じゃないじゃん。義元って馬鹿なの?」
「やっていることは馬鹿の極みでやんすね。自分とこの領国と言ってもいいところに重税を課すんですからな。でもな?そもそも、自分の領国だと思ってなければ、どうや?」
「んー?今川義元は、三河の国を自分の国だって思ってないってこと?じゃあ、自分の領民でもないやつらがどんなに困ろうが知ったこっちゃないから、好き放題に搾取しまくるって理屈なのか?でも、それって、なんか、おかしくね?だって、実際に、治めてるのは義元の奴じゃん。長い目で見たら、三河の国も、遠江、駿河と同じように平等に扱ったほうが、民も喜ぶだろうが」
「義元は、三河の民が死のうが生きようが、どうでも良いと思っているんじゃないかいな?駿河、遠江のために、作物を作ってくれる家畜か何かと思っていると考えていいと思うんやで」
「なーんか、よくわからない話だよな。従属国といえども、自分とこの民が飢え死にしちまうんだぜ?なんで、そんなに三河をいじめる必要があるんだよ」
「もしかしたら、松平家の若様が原因なのかも知れないんだぶひい」
田中が、何かを思いついたかのように神妙な顔つきになってやがる。
「ああ、なるほど、そういうことでやんすか。田中くん、中々するどいやんな」
ん?どういうこと?
「要は、松平家の若様、元康さまだったけぶひい?そのひとに、将来、三河を任せるつもりなんだぶひい」
「え?でも、そうなると、松平家はまた、復活するってこと?」
「その通りやで。そうなると、元松平家の家臣たちは、その元康さまを担ぎあげて、従属国でありながら、反旗をひるがえす可能性が産まれるわけやな」
「そう、ですね。だから、義元は三河の民たちを苦しめているわけ、ですね」
「ちょっと、待ってくれ。馬鹿の俺でもわかるように説明してくれ。従属国なんだろ?いくら、その元康って奴が、松平家を復活させたとしても今川家の従属国は従属国のままじゃん」
「少し考えれば、わかることナノデス。元松平家の家臣たちは、完全に今川家に対して、魂までも売ってはいないと言うことなのデス。あわよくば、独立した大名家として、松平家を復活させたがっているのデス。それを知っているからこそ、義元は、三河の民たちの反抗する意思も力もくじこうと、しているのデスヨ」