ー戦乱の章20- 四(よん)さん まともなことを言う
信長の軍は津島の町を出て、かれこれ1時間が経過しようとしていた。今は、那古野の西、5キロメートルにある中村という村を通過している最中だ。
「まさか、この地を通るとは思いま、せんでした。母は元気にやっているの、でしょうか」
「ん?ひでよし。どうかしたのか?この村にひでよしの母さんが住んでいるのか?」
俺がひでよしにそう尋ねる。
「はい。ここは中村という地です。那古野の町が近いので、そこを過ぎれば清州の城までもう1時間と言ったところでしょう、ね。この地が戦に巻き込まれるのではないかと、ひやひやしていましたが、安心しま、した」
「そうか、ここがひでよしの故郷なのか。なんか普通の農村って感じだなあ」
「那古野の町と近いので、他の農村に比べれば、にぎわっているほうだと思い、ますよ?ちなみに那古野城は、確か、信長さまの親族が城主を務めていると聞いたことがあり、ます」
「だれだったぶひいかねえ?確か、信長さまのお父上の兄弟だった気がするんだぶひい。弥助、わかるぶひいか?」
「田中さんがわからないものを、弥助がわかるわけがありまセン。弥助は2年前にこのひのもとの国にきたばかりデスヨ?」
「そうだったんだぶひい。すっかり弥助は大昔からの親友だと思っていたんだぶひい。まだ、2年しか経ってないんだぶひいねえ」
田中が感慨深そうな顔をしている。親友になるには1日あれば十分だ。それを2年も続けてるんだ。こいつらはその2年間に喧嘩だってしてきただろう。そうやって、親友ってもんは、大親友に発展していくんだよな。
俺が物思いにふけっていると、四さんが
「那古野城と言えば、信光さまが城代を務めているでやんすね。信光さまは、信長さまとも守護代・信友さまとも距離を置いているみたいなんやで」
「あれ?四さんってまともなことも言えるんだな。これは意外だ」
「ちょっと待つんやで。わいがいつも世迷言を言っているように聞こえるんやで。彦助くん、いい加減、訴えったるぞ」
「まあまあ。四さん、落ち着いてくれよ。冗談だよ、冗談。裁判所に連れていかれるのは御免だぜ」
「四さん、彦助の言うことなんて、まともに受け答えするのは止めるんだぶひい。彦助のほうがよっぽど世迷言が多いんだぶひい」
「なんだと、田中、訴えてやるからな!」
「敗訴するのは、間違いなく、彦助さんのほうだと思いますケドネ。弥助たちは全員、少なからず、彦助さんの妄想の被害者デスカラ」
「集団訴訟でも起こし、ます?そうすれば、彦助殿は、禁固3年は固いでしょう、し。なんなら賠償金も請求しま、しょう」
「ちょっと待ってくれ。俺は確かに、おっぱいおっぱいと連呼するけど、迷惑をかけたつもりは一度としてないぞ!」
「椿や、風花さんや、菜々たちも集団訴訟の仲間にいれるんだぶひい。あのひとたちも彦助の被害者なんだぶひい」
「そうデスネ。彦助、おっぱい連呼の罪で市中引き回しの上、いちもつを3年、晒しあげの刑なんて、どうでショウカ?そうすれば、少しはまともな人間になると思うのデス」
「確実に、これまで以上に悪化しそうでやんすね。彦助くんはいちもちを晒しだすことに興奮を覚えそうなんやで」
「ちょっと待て。俺はいちもつを衆目に晒す趣味なんか、持ってねえよ!大体、弥助のほうが、そっちの趣味に長けてそうじゃねえか」
「オウ。彦助さん、弥助にはそんな趣味はありまセンヨ。いちもつを晒すのは女性の前か、彼氏相手だけなのデス」
「なんだかいつも通り、話が脱線しています、ね。四さんは、その信光さまが信長さまと距離を置いているという情報はどこから手にいれたの、ですか?」
「ああ、それかいな。わいは、若かりし時は、信長さまのお父上の信秀さまに徴兵されて、足軽として戦ってきたんやで?その時は信光さまも信秀さま側で戦っていたんやけど、信秀さまがお亡くなりになられてからは、てんで、信長さまとつるんでいる様子はないからなあ」
「なるほど。四さんは意外と昔から、戦場に出ていたんだな。だから、尾張の内情には、俺らよりは詳しいわけなのか」
「せやで。信秀さまは、守護大名・斯波義統さまの代わりに北は斎藤道三、東は松平家と今川家と戦ってきたわけやで」
松平家?なんだそれ?三河と言えば、徳川家じゃねえの?
「なあなあ、徳川家って三河の大名じゃなかったっけ?尾張の東は三河だろ?松平家って徳川家の分家か何?」
「徳川家ってなんだぶひい?あと、松平家ってのもよくわからないんだぶひい。確か、聞いた話だと、今川家に滅ぼされた大名家だったぶひいか?」
「あれれ?知らないんでやんすか?松平家のこと。かつては、信秀さまと松平家は仇敵として、長年、戦ってきた相手なんやで?」