ー戦乱の章 7- 陰陽師・安倍晴明(あべのせいめい)
「聞いた話で申し訳ないのデスガ、なんでもヨーロッパを支配したローマの皇帝が太陽の動きを測定したそうなのデスネ。その結果、月を基準に1年を換算するよりも太陽を基準にしたほうがより正しく、1年を計算することが可能とかなんとかだったと思いマス」
「ふーん。それで1月の日にちがバラバラになったら意味がないような気がするんだぶひい。月を基準にして、閏月を数年に1度、いれたほうが、僕としてはわかりやすくて助かるんだぶひい」
太陽暦と太陰暦の話なんだな、これは。今、俺が飛ばされてきた戦国時代は1554年7月らしいのだが、これは旧暦と言われるもので、実際の現代の新暦とは違うんだろうな。ちなみに、閏月をいれるのは、正確に言うと、太陽太陰歴と言うらしい。まあ、分類の名前については、俺も授業でならっただけで、どうやって閏月を入れているのかは知らん。
「閏月と言うか、ひのもとの国の1年の暦を作っている職業の方がちゃんといるん、ですよ」
「ん?それって、大名とかが決めているわけ?」
ひでよしはふるふると首を横に振っている。あれ、ちがうのか?
「彦助、大名たちが決めてたら、国ごとに暦が違ってしまうんだぶひい。大名よりもっと偉いひとたちが決めるんだぶひい?」
「え?じゃあ、時の帝が暦を決めているわけ?帝の仕事って、豊作祈願とか、諸国の寺社仏閣をお参りするものだと思ってたんだけど?」
「彦助くんの言うこともやっているでやんすね。熊野参詣や、豊作祈願など、神事に関わることをやっておられるやで。それだけじゃなくて、朝廷に仕える陰陽師たちが、閏月をいれる年を決めているでやんす」
「へえ。陰陽師って本当にいるんだなあ。平安時代の安倍晴明は知っているけど、そこから600年以上、経った今でも存在しているとは思わなかったぜ」
「安倍晴明と言えば、陰陽術で京の都にはびこる怨霊を鎮めたりして活躍したひと、でしたね。物語にもよく出てくる人物なので、子供たちにも人気のひと、です」
「なにやら不思議な術で空を飛んだり、鷹に変身したりも出来るんだったぶひいかね?安倍晴明は」
「アレ?人の姿で空を飛べるなら、わざわざ鷹に変身する必要がないのデハ?鷹から人間の姿に戻る時に、素っ裸になってしまうのデスヨ」
「それもそう、ですね。もしも、鷹へ変身している最中に、術が解けたら、素っ裸で空飛ぶ、安倍晴明が出来上がってしまい、ますね?」
俺は、素っ裸で空を飛び、いちもつをぶらぶらとさせている安倍晴明を想像して、ぶっと口に含んだお茶を噴き出す。
「でも、大空を素っ裸で飛ぶのは気持ちいいかもしれないんやで?大空を舞いながら、おしっこをしたら、どんな気分なんやろな」
「そういえば、鳥って、空を飛びながら、おしっこや糞をします、よね。安倍晴明も、空を飛びながら、おしっこをまき散らしていた可能性があり、ます」
「それは迷惑な話なんだぶひい。鳥のおしっこや糞なら、運がついたと思えるけど、安倍晴明のものなら、最悪な気分になるんだぶひい」
俺は、京の都の空を素っ裸でとびながら、おしっこをまき散らす安倍晴明を想像する。うん。ただのスカトロ野郎だ。今まで、かっこいいと言うイメージがどこかに飛んで行ってしまったぞ。
あれ?変身モノで思い出したわけだが、子供に大人気のウルトラメンは、あれ、服を着てないよな?素っ裸なのか、設定的には。素っ裸の上から怪獣たちの光線を受けたり、チョップを喰らうわけなんだが、今、思い返せば、ウルトラメンは変態なんじゃねえのか?
相撲だって、プロレスラーだって、ちゃんとマワシをつけているし、パンツもはいている。決して、素っ裸ではない。やべえ。俺は触れてはいけない禁忌のことを考えているのではないか?
俺がうーんと頭を悩ましていると、ふんどし一丁の郵便配達の兄ちゃんがやってきて、何かを田中に渡している。それを受け取った田中がフルフルと震えだしている。そして、田中は俺たちに背を向け、その手紙らしきものを広げ、中身を確認している。
「田中さん。どうしたのデスカ?誰かからの手紙のようデスガ」
「な、なんでもないんだぶひい。さあて、明日の戦に備えて、今夜は飲みに行くんだぶひい」
ん?なんか、こいつ、怪しいぞ?いつもの田中なら、手紙の内容を教えてくれても良いはずだ。
「おい、田中。誰からの手紙なんだ?なんでもないなら、誰からもらったくらい言えるだろ?」
「ほ、本当になんでもないんだぶひい。ひでよし、今夜は飲み比べといくんだぶひい。つぶれたほうが相手におごるってことで良いぶひいか?」
「ダメですよ、田中さん。明日は戦なの、です。ほどほどで止めておきま、しょう」
話題を変える田中に俺は訝し気な視線を送る。田中は俺の視線を気付いていながら、顔を背け、手紙をふところにしまうのである。絶対、何か隠してやがるな、こいつ!