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ー稽古の章 2- 米俵担いで10キロ行軍です

 ドッテンドッテン、ピーヒャラヒラ、ピーヒャラヒラ、ドンドンドン


 朝いちからの20キログラムの米俵を担いでの5キロメートル競歩(遅刻組のやつらは10キロメートルだ)の訓練が始まった。列の先頭は米俵だけじゃ物足りないのか、太鼓と笛を叩き、吹きならしてやがる。


「ああ、うるせえ。朝からこれじゃ、ご近所迷惑じゃねえか!」


 俺は、誰に言うでもなく叫ぶ。行軍のルートは津島の町の外周を回り、あろうことか町のど真ん中を突っ切るといったものだそうだ。


 行軍を行うものたちのなかには、朝からふんどし一丁という姿の者までいる。はっきりいって、珍走団と言って過言ではない。


「大声出す元気があるのは感心ですね。彦助ひこすけくんでしたっけ」


 隣に俺と同じ背丈の男がやってくる。寺で修業の身の坊さんが来ている、作務衣さむえだったっけ、それの半そで、半ズボン姿の男が米俵を担いで歩いている。


「あれ、信長。お前、なにやってんだよ」


 俺はついすっとんきょうな声を上げてしまった。なんで偉いお前まで朝いちの競歩やってんだよと。


彦助ひこすけ。お前、「さま」を付けるッスよ」


 その隣を歩くのは前田利家まえだとしいえである。


「そうだぜ、一応、これでも俺たちの殿とのなんだ。「さま」は一応つけとけ」


 そういうのは佐久間信盛さくまのぶもりである。彼はえっほえっほとリズムよく米俵を運ぶ。


「一応とはなんですか。これでも、あなたたちのお給金出してる身なんですから、もう少し敬う気持ちをですね」


「ああ、始まったッス、信長さまの説教。ちょっと信盛のぶもりさま、朝から信長さまを焚き付けないでくれッス」


「いや、そうじゃなくてよ。なんで偉いお前ら全員、こんなことしてんのって聞いてるんだよ」


 俺は突っ込みをいれるような感じで、皆に聞く。


「この訓練はですね。遥か昔、楠木正成くすのきまさしげもやっていたのですよ。足腰の鍛錬は基礎中の基礎です。織田家うちでは全員、もれなくやってもらっています」


 信長がそう言う。すると、前のほうからゼーハーゼーハー言いながら集団から遅れはじめているものたちがいる。見た目は役人と言った感じだろうか、眼鏡をかけた集団である。


「ひーひーふー、ひーひーふー。信長さまは鬼なのじゃ。役人まで米俵を持って運ばせるなんて、鬼畜生のやることなのじゃ」


 息もたえだえながらも文句だけは欠かせない男が歩いている。


「なに朝から愚痴ってるんですか、貞勝さだかつくん。元気よくいきましょうよ」


 信長はその男が背負ってる米俵をばーんと叩く。その衝撃で、役人風の男が大きくよれる。


「あ、あぶないのじゃ。誰じゃ。こんなことをするのは!」


「先生ですよ、先生。信長です」


「ひ、ひい、鬼じゃ鬼がきたのじゃ!」


 なんだかわからないが、コントが始まった。


「ああ、結局いつものメンバーがそろったッスね」


「信長に絡まれたくなかったら、あのおっさん、後ろを歩けばいいんじゃねえの?」


 俺は思ったことを率直に聞く。彦助ひこすけくんはいつも素直でいい子ねと、近所のおばさん連中からは評判だった。その素直さで聞いてみた。


「最後尾には、信長さまより怖いのがいるッスよ」


「ああ、河尻かわじり殿が気合のはいってないやつを竹刀でぶっ叩くんだよな。俺らでも危険」


 河尻かわじり殿ってのは、あのひとか。たしか朝から信盛のぶもりさまといっしょに怒鳴ってた。鬼のような形相をしてたので、怖かったのは覚えている。


「お前ら、遅刻組で10キロメートル走るんだろ。河尻かわじりどのは、最後までついてくるから油断するんじゃねえぞ。しばかれるぞ」


 信盛のぶもりが俺たち一行を脅してくる。やめてくれよ。初日の朝からハードすぎるぜ。


「は、はい!信盛のぶもりさま、叱咤激励、ありがとうござい、ます!」


 これのどこが叱咤激励なんだ。どうみても恫喝どうかつだろ。ひでよしは、少し俺と感性がちがうような気がするぜ。


「ぶひぃ。あれほど遅刻するなと言ってたのに、堂々と寝坊しやがって。彦助ひこすけの心臓には毛が生えてるんじゃないのかぶひぃ」


 田中太郎が愚痴をこぼす。鬼教官がよほど怖いと見える。俺だって怖いさ、心臓に毛なんか生えてねえよ。


「初日から寝坊なんて、彦助ひこすけ殿は大物になるデス。3年寝太郎になるのデス」


 道をふさぐレベルの大男の昔話だったっけ。そんな物理的に大物になるのはいやだ。


「ちゃんと謝っただろ、お前ら。グチグチうるせえんだよ。大福おごってやらねえぞ」


 俺は精一杯、抗議する。だが悪いのは俺だ。すまねえな、みんな。鬼教官の竹刀を喰らうときは、一緒に喰らおうぜ。俺たち仲間なんだからよ。


 ドッテンドッテン、ピーヒャラヒラ、ピーヒャラヒラ、ドンドンドン


 間の抜けた太鼓と笛の音が続いていた。俺たちの訓練初日の、しかも朝いちの競歩はまだ5キロメートルも達してなかった。


 ほんと、先が思いやられるぜ。

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